第669話 足し算ではなく

「本っっ当~にお前は出ないんだな?」

「だから出ないってば! だってみんなの邪魔になるだろうし」

しつこくなる確認に、さすがに頬を膨らませた。どうして家族会議が始まったのか……大魔法について教えてほしかっただけなのに。人々に恐怖を植え付ける計画が進まなくて良かったのは良かったけれど。

「確か祭典の出場メンバーは事前登録だよね? いいんじゃない、登録していなければ勝手に出ることはできないし」

その口ぶりだと、オレが勝手に出ようと企んでいるみたいなんだけど。そんなことしないってば……今回は。

「セデス兄さんは出たの? 貴族学校の人たちも出るんだよね?」

「そうだね。だけど僕は魔法使いじゃないから、出ていないよ」

オレはキョトンと目を瞬いた。てっきり、クラス全員でやるものだと思っていたのだけど。


「みんなでやるのが大魔法なんじゃないの? セデス兄さんだって、誰だって魔力がないわけじゃないでしょう?」

「魔法使いでないと、魔法を放つことが難しいですからね。杖などもそれなりにお金のかかりますから、不要な人に買ってもらうわけにはいかないでしょう?」

なるほど。オレはなくてもあんまり問題ないけど、普通は杖か杖代わりの道具が必要だった。貴族学校だと杖のレンタルなどもあるらしいけれど、オレたちの学校にそこまで予備はなさそうだ。

オレは小さな指にはまった小さな指輪を見つめた。

「やっぱり、杖はなかったらダメなものなんだね……そこは考えなきゃいけないね」

この指輪みたいに、ラキが作ってくれないだろうか。魔石ならオレ産のものがいくらでもあるんだけど、指輪って作るの大変なんだろうか。

「そもそも、マリーは魔法使い以外も参加などと考えたこともありませんでした」

「そうよね、『魔』の祭典なんだから、魔法使いのものだとばっかり」

2人も参加はしたことがないらしい。マリーさんは回復魔法を使えるのに? と思ったけれど、どうやら回復術師も魔法使いとは別枠という扱いになるらしい。


「でもオレは、みんなで参加したいの! だから、どういうものか教えて!」

そしたら後はオレが考えるから! だって、魔法使いだけって思い込みが既にあるなら、オレたちのクラス全員で参加することができれば、それだけでびっくりでしょう?

わくわくして身を乗り出すと、大きな手に顔面を掴んで押し戻された。

「待て待て、お前絶対に碌でもないことをするだろ? 出場しなくても、発案者を探されるぞ」

「大丈夫! オレの故郷の魔法だとか何とかって言うから!」

絶対にオレが考えたなんて言わないから。古めかしい巻物にでも書いちゃえばいい。それを鑑定する方法なんてないもの。

もし、万が一オレが呼び出される事態になったとしても、なんたってオレは幼児。何を聞かれたって、そんな細かいこと知らないに決まってるでしょう?


得意顔でにんまりしてみせたのに、一同の顔は浮かない。

「なんだろうね、全然安心できないこの感じ……手を貸しちゃっていいのかな。触らぬ罠に悪意なしって言うじゃない」

「だけどよ、俺らが関わってねえと余計ややこしいことになるだろ」

「そうですね、私が教えなくともユータ様ならやってしまうでしょう」

「ユータちゃんだものねえ……祭典に参加しないから安心、とはならないのよね」

「ご安心を、何があってもこのマリー、あらゆる障害を粉砕してみせます!」

それはオレの方も全然安心できない。

だけど、ひとまず教えてくれるってことでいいんだよね? 

まだ眉根を寄せている執事さんを見上げ、オレはとびきりの笑顔を向けたのだった。



「――そうですか、一通りのことは学んでらっしゃるのですね?」

「うん! メリーメリー先生の授業もあったし、教科書も読んだから」

不安なのは教えているのがメリーメリー先生ってところだけれど。

オレと執事さんは、わざわざロクサレン北部の荒涼とした土地までやって来ている。ここらなら、人が来ないから練習には最適だ。時折カロルス様が剣技をぶちかまして海岸線を変えてしまったりするので、何をやっても基本『またか』ですむ便利な場所だ。

「では、大魔法にも色々あるのはご存知でしょう。そう何度も見せられるものではありません、よく見ておいて下さいね」

真剣な瞳で頷くと、執事さんは微かに笑ってオレから離れた。その後にはメイドさんや料理人さんが続く。その手に杖や指輪が装着されているのを見て、ああ、と納得した。どうして一緒に行くんだろうと思っていたけれど、そうか、魔法を使える人たちなのか……って多くない? 魔法使いって割と重宝される気がするんだけど。皆さん使用人さんでは……??


混乱するオレを尻目に、執事さんがちらりとこちらへ視線を流して詠唱を始める。

それに絡み合うように、他の人たちの詠唱が続く。あくまで静かなそれは、祈りの言葉みたいだ。

しっかりと魔力を追って目を凝らしているとよく分かる。それぞれの魔力が、徐々に統一されていくのが……それはまるで、デタラメだった音がひとつの音楽になるように。

まさに、心をひとつに。それをするのが、この詠唱の役目。

バラバラだった魔力がひとつの大きな魔力となり、吸い寄せるように周囲の魔素を巻き込んでいく。

『――我ら、勇猛たる白き火の精と誓約を交わし、尊きその印を、業火を、ここに刻まん!』

どうっと魔力が高まった瞬間、視界が白く染まった。


ぎゅっと閉じた瞼の裏まで突き刺すような光と熱、荒々しい魔力を感じて、胸がざわざわする。ウーラグーラの地震で坑道が崩れた時みたい……そうだ、まるで、自然災害みたい。

爆風とも言える圧力を受けて吹っ飛びそうな身体が、背後からふわりと揺るがないものに支えられて安定した。

『わあ、眩しい~』

なんとも気の抜ける声は、背中のぬくもりは、オレの心を落ち着かせる。そのまま艶やかな毛並みにしがみついて目を灼く光が収まるのを待った。


「わっ……」

髪の毛がふわりと落ち着いたのを感じて顔を上げ、思わず声を上げた。

周囲には、焦げ臭いを通り越して妙な臭いが充満している。

ふう、と息を吐いて振り返ったAランク魔法使いが、少し肩をすくめて口の端を上げた。

「……少々、力が入ってしまったようで。何せ、久々なものですから」

くすり、と笑った顔がいつもと違う。

穏やかな彼の、身の内から焦がすように燃え上がる炎が見える気がする。それは、さっきの白い炎が燃え移ったからだろうか。

強い輝きを放つ瞳は、どこか危険な光を帯びて渇望を感じさせた。


声もなく駆け寄ったオレは、一足飛びに飛びついた。

「おっと……ユータ様、この老骨にむち打って大魔法を使ったのです。飛びついてはいけません、もう息も絶え絶えですよ」

軽々と抱き上げながら、そんなことを言う。それは、そう……他のみんなはそうだろうけど。オレは周囲を見回して、慌てて回復魔法を発動させた。

地べたにへたり込んでいた使用人さんたちが、のろのろと起き上がって力なくお礼を言ってくれる。だけど、回復魔法で失った魔力は戻らないから……辛いのはあまり変わらないだろう。涼しい顔をしているのは、執事さんだけだ。

「命まで、持って行かれるかと……」

「王都の兵でもこうはならないんじゃ……」

ぶつぶつ言う彼らの視線が恨めしげだ。


「本当、すごい……。大魔法って、こんなに威力があるものなんだね!」

改めて見回して、まるで空襲でもあったかのような殺伐とした光景に息を呑む。メイメイ様のドラゴンブレスが、より広範囲になったみたいだ。

「そうですね、一人一人の魔力を足したよりも何倍も大きな魔法が使える、それが大魔法です」

後ろで首を振っている人たちが、普通はこうじゃないと訴えている気がしてならないけれど、少なくともロクサレンで執事さんが加わったらこうなるということだ。

「執事さん、格好良かった……!! やらかした時のラピスみたい!!」

すごく、見覚えがあるんだ……この焼け野原。一面に地形が変わってしまうこの感じ。

つい素直に言ってしまって、執事さんの身体から力が抜ける。

「……それは、ええ……その、確かについ、やり過ぎた感は……」

そ、そう言う意味じゃないよ?! 

慌てるオレにくすりと微笑みかけた顔は、既にいつもの執事さんになっていたのだった。




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13巻発売されましたね! 既に入手いただいた皆さま、ありがとうございます!! 新章やSS、どうだったでしょうか?!

そして、先日Twitterのフォロワーさんが減ったと悲しんでいたらフォローして下さった方々……ありがとうございます!この世の優しみを感じました……(>_<。)

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