第667話 オレたちの日常

授業が終わったら秘密基地でおやつを食べて、各々なりの特訓をすませておふろに入る。これが、オレたち『希望の光』雨の日定番の過ごし方だ。

オレは基本的に朝からの授業はないけど……だけど雨の日の朝って暗いでしょう? だから、ほら、ゆっくり目に起きたらそこはもう昼になった寮のお部屋なわけで。

『そんな、別世界に行ったみたいに。寝ぼすけなだけでしょう』

ふよふよと頬に当たるモモが柔らかい。台詞は鋭いけれど。

「だって、眠れる時にたっぷり寝ておくのはいいことだって、冒険者の本のどこかに書いてあったよ! 適宜休息を取れることだって大事な素質だって!」

それで言うと、オレは凄く素質があるってことだ。だって必要とあらばいつだって、どこでだって眠れる。

『主は眠っちゃダメな時だって寝てると思うぞ!』

「……それはそうと! 今日はオレだってちゃんと起きて授業に出たわけだし!!」

何も恥ずべき所はない……今日は。


オレは、ちらりと奥の扉に視線をやって、そろりとこちらの背中に視線を戻した。

タクトはラピスとシロと一緒に特訓しているので、危険すぎて訓練場には入れない。時折地響きが轟くので、きっと無事だろう。

そして、どんな物音が鳴ろうとピクリともしない背中は、オレが見つめたくらいで振り返るはずもない。

これみよがしにため息なんて吐いてみたけれど、効果なし。

オレ、そろそろ飽きちゃってお風呂に入りたいんだけど。

だって訓練場が取られちゃったから、ひたすら本を読みながら大魔法について考える羽目になっているんだもの。


仕方なしにもう一度教科書を持ち上げ、パラパラとめくる。素早いページ繰りに、ティアの顔も右へ左へ大変忙しそうだ。後頭部の蘇芳が重いんだけど、既におやすみになっているんじゃないだろうか。

案の定滑り落ちかかった蘇芳を受け止めてソファーへ寝かせ、頬杖をついてそのページを眺める。

大魔法っていうのは、そのまんま個人が放つ特大威力の魔法のことも指すけれど、ここで言う場合の『大魔法』は、複数人で放つ特大威力の魔法のこと。1人で大砲を担える人材はいるにはいるけれど、たくさんはいない。だから、『それなり』の魔法兵たちが力を合わせて放つ大砲だ。対人が想定じゃなく、大型魔物相手や災害時なんかの時に使われる特殊な魔法らしい。


『お前なら、ひとりで足りる』

そう……なるよね。だってオレ、魔力だけは多い上に妖精魔法だから。同じ魔力量でも使える魔法の桁が違うんじゃないだろうか。

ラグの上で腹を見せてごろごろするチャトを撫で、絶対にオレは出ちゃいけないと再認識する。

「だけど、うちのクラスだってみんな鍛えてるから、そんじょそこらの学校とは比べものにならないんじゃないかなあ。何してもきっと目立つよ」


『なら、そんなに悩まなくていいんじゃないかしら? そこの1ページ目のものでいいじゃない』

むにょんと変形したモモが指すのは、大魔法ページで最初に紹介されている『業火の一薙ぎ』ってもの。凄そうな名前がついているけれど、要はファイアの最上級って感じだろうか。大魔法の基本だから、オレたちみたいな学生に選ばれることが多いそう。使用頻度も高い、実用的な魔法だ。

そうだね、確かにそう。オレはじっくりとそのページを眺め――思い切り首を振った。

「やだよ! だって、元はファイアだよ?! つまんない! もっと、こう、独創的なさ?!」

『……つまり、どうせあなたがこだわっちゃうわけでしょ』

だって!! オレが関わらないですむんだよ? 思いっきりやり過ぎたっていい機会なんてもうないかもしれない。オレに魔法を選ばせたのを後悔するくらい、とびきり凄いのにしてやるんだから!


だけど、羽目を外しに外してやろうと目論むと、それはそれで難しい。だってオレじゃないからできることも限られるだろうし。

『主なら、ひとりでいくらでも羽目を外せるのにな』

そう……いや、そうじゃなくて! 

「そもそも大魔法なんて見たこともないのに、イメージしにくいよ」

どこかでやってないだろうか、大魔法。

ぱふんと蘇芳の隣に寝転がった時、訓練場の扉が開いた――と思ったら身体が宙ぶらりんになっていた。

『ゆーた! ゆーた! はやくはやく!』

――え、えいえいへいするの!

ラピス違う、それは気合いを入れるかけ声じゃなくてきっと、きっと衛生兵――なんて思う間もなく、目の前のタクトに回復を施した。


「し、ぬ、かと思ったぁー!!」

カッと目を開いたタクトが、がばっと起き上がって伸びをする。本当に、本当に、どうして回復直後にこうも元気なの。反対にへたり込んだオレが、思い切りその頬をつねった。

「下手したら死ぬところだよ?! 訓練で死んじゃったら意味がないんだよ?!」

早鐘を打つ胸をおさえ、本気で睨み付ける。この際、オレだってやり過ぎるのは棚に放り投げておく。人が同じ事をしているのを見るのは、心臓に悪すぎる。オレは、いいの。誰にも見られていないから。

「……わりぃ。泣くなよ? ごめんな」

ばつの悪そうな顔をして、そうっとオレを腕の中に囲った。その温かさに安堵するものの、そんなことでオレは誤魔化されないから!

「泣かないよ! 怒ってるの!」

「分かってるっつうの。悪かった」


タクトは当たり前のようにオレを抱っこのまま訓練場を出ると、チャトを避けて座り込んだ。

ぽんぽん、と撫でる手が、素直に謝るタクトが、お兄さんみたいだ。

縋り付くオレが殊更子どもっぽいことに気が付いて、こほんと咳払いして見上げる。

「……タクトが無茶したがる年頃なのは分かるけど、命はひとつしかないんだからね?」

エリーシャ様を意識して眉尻を下げた大人な微笑みを浮かべ、「ね?」と小首を傾げてみる。途端に、オレを抱える身体が小刻みに震え始めた。

「…………おう」

力の入った口元が不自然。逸らされた視線がなお怪しい。……どうやら、大人っぽく諭す作戦は失敗のようだ。


――ごめんなさい、タクトはユータより頑丈だから、イケると思ったの。

『ぼくも、ごめんね。段々楽しくなっちゃったの』

傍らで怒られるのを待つラピスとシロが、大きな耳をぺったり伏せて瞳を潤ませている。

「うん、2人はもう少し加減して遊べるようにならないといけないね。タクトは頑丈だけど、限度があるからね? こんなことになったら悲しいでしょう」

ひゅーんと鳴る鼻の音が切ない。だって、ラピスは鬼軍曹だからこんなものだけど、シロはこう見えてまだ子犬、いや子フェンリル。しかも、成り立てのフェンリルなんだから。


「あ、いやお前らは俺に付き合ってくれてんだからな! いーんだよこのくらいで! ユータがいる時しか無茶はしねえ……あっ」

ちら、とこちらを見る視線は時既に遅し。オレの顔に怒りの笑みが浮かぶ。

「へえ、そう。オレが回復すると思って無茶するんだ。タクト、次のおやつ抜きだね!!」

「うわああぁ!!! やだ! やめてくれ! それだけはー!!」

最初からこう言えば良かった。タクトには何よりこれが効く。半泣きで反省しているらしいタクトに満足の笑みを浮かべる。


と、ソファーですうすう寝ていた蘇芳がむくりと起き上がって、半分も開いてない目でオレをじっと見た。

『従魔と召喚獣の不始末の責任は……?』

それだけ言ってぽふりとソファーに逆戻り。だけど、その台詞だけはしっかりオレに届いていた。

え? これも? もしかしてこれも……

『そうか! ラピスとシロが何やっても、責任取るのは主だ!!』

ビシリと小さい指を突きつけられ、慌ててその口を塞ぐ。

そうっと見上げると、そこにいい笑顔があって慌てて視線を逸らした。くうっ、さっきまであんなに悲壮な顔をしていたはずなのに。

「ふーん。なら、いいよな? 俺の責任と、お前の責任、これでおあいこだ! な?」

くい、とオレの顎を持ち上げにんまり笑う。

オレは、むっすりとへの字口で頷くしかなかったのだった。

そして、黙々と作業する背中は、ただの一度も振り返ることはなかったのだった。



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13巻発売まで、もう1週間切りました……!!

今回もいっぱい加筆して、新章追加しました! 

特典SSはこのお話みたいに、3人の関係や日常のお話が好きな方ならお好きなはず! 

たくさんの方に手にとっていただけますように……!

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