第665話 殺傷能力の高い爆弾

ぱりり、とチーズせんべいをかじって、ほろほろ崩れるそれにきゃっきゃと笑う。

『こらこら、主お行儀悪いぞ!』

『あえはらって、もっとじょうじゅに食べらえるのよー!』

こぼれ落ちたチーズせんべいの欠片をせっせと拾ってくれる、チュー助にアゲハにモモにティア! あはは、みんなオレの周りを忙しそうに動き回って目が回る。

「ユータ、本当に大丈夫なの? と言っても舐めるほどしか呑んでないよねえ」

「もっと呑んだよ! そんなちょっとじゃない! だけど、全然大丈夫、ちゃんと分かってるから」

にへら、と笑みがとろけるのが分かる。ああ、ダメだ、これじゃあ酔っ払ってると思われちゃう。オレ、ホントの本当にまだ大丈夫なんだから。だって、こうしてちゃんと意識があるもの。

「あああ、もう私こんな可愛い……じゃなくて楽しい酒盛りなんて初めて! やだもう、セデスちゃんもセクシー! お色気感増し増しね?! 素敵よぉ! 泉の女神みたい!!」

「全然嬉しくない……そろそろ母上もやめとこうか」

エリーシャ様、かわいい。セデス兄さんに取られまいと、真っ赤なお顔でイヤイヤしてお酒の瓶を抱きしめている。大丈夫かな、瓶、潰れない?


やっぱりオレの作った御神酒は特別製だ。ふわふわした気分にはなるけれど、ドクドクと脈打って息苦しいようなことがない。もちろん、思考も記憶も正常に働いている。

『正常では、ないわねえ……』

「そんなことないよ、楽しくって気分が上がっちゃってるだけ!」

『それは、正常って言わない』

お酒に興味津々の蘇芳を、モモが目を光らせて止めている。どうやら蘇芳は、オレだけお酒を飲んだことが気に入らないらしい。だけど蘇芳が酔っ払うとなんだか怖いことが起きそうだし。幸運が暴走するとか、ないよね?

「ユータ様、ですがお顔がかわ……真っ赤ですよ?」

マリーさんまで、心配そうに冷えたタオルをほっぺに当ててくれた。だけど、マリーさんのほっぺの方が赤い気がする。マリーさん、呑んでなかった気がするんだけど。そしてお顔が崩れているように見えるのは、オレが酔っ払っているせいじゃないと思う。

「全然! 平気!! マリーさんも呑んだらいいと思う!」

御神酒だけじゃとても足りないと思って、ジフに頼んでいっぱいお酒を出してもらっている。その代わり、今度王都でいっぱい仕入れてくる約束だ。

手近にあった何かしらの瓶を掴むと、さあ! とたっぷり注ごうとした。


「大丈夫には見えねえんだけどな……」

と、頭の上から伸びてきた手が、ひょいとオレの持つ瓶をさらっていった。

「あ、ダメ、マリーさんに……」

「お前が入れれば、飲むだろうからやめておけ」

苦笑しながらオレの鼻先に瓶の口を持ってきたので、思い切り嗅いでむせた。あれ、これお醤油だ。

「お前、外では絶対に呑んだらダメだな」

わしわし、と撫でる手が心地いい。大丈夫、そもそもオレはこの御神酒しか呑めないんだから。

オレは大きな手を掴み、じっと見つめた。

分厚いね、硬いね。

骨張って、長い指。

剣を握る手、最強の戦士の手だ。この手が、剣を握ったら最強になる。大事な、大事な手。


「……食うなよ?」

言うなり、大きく開いた手がオレの顔を食べた。

「食べないよ!」

きゃあ、と笑ってその手を引きはがす。そう言えば、以前カロルス様の手を口に入れたんだっけ。バレちゃってるな、と密かに肩をすくめてへらりと見上げた。

お酒の入ったブルーの瞳が、ほんのり艶をはらんで見下ろしている。もう一方の手から離さないグラスをちびりとやって、唇が濡れた。首筋の凹凸の中で、上下したのど仏がしっとりした肌に際立っている。

つい、オレの首を撫でてその滑らかさにガッカリしてしまう。

どうした、と首を傾げた仕草で、はらりと髪が滑った。

ああ、格好いいな。早く、大きくなりたい。こんな風に。


「カロルス様!」

堪らなくなって飛びつくと、しっかりお酒を守りながら抱きとめてくれた。

わあ、お酒臭い。余計にくらくらしてきそう。それに、乗り上げた身体がとっても熱い。

「おう、なんだ?」

にっと笑う顔が、いつもと違う。そうか、エリーシャ様が言ってた。色気増し増しってやつだ。

「格好いい! 大好き!」

両手で美丈夫の顔を挟み込み、つくづくと覗き込んで言った。ブルーの瞳が、少し見開かれて綺麗だ。

「……おう。さすがに、照れるぜ」

ほんの少し視線を彷徨わせたカロルス様が、珍しくはにかんだ笑みをくれた。しっかり受け取ってもらった言葉が嬉しくて、ここにカロルス様がいることが嬉しくて、思い切り大きな身体を抱きしめる。

気持ちはもらうのが嬉しいんだと思ってた。だけど、伝えることもこんなに嬉しくて、満足するんだな。受け取ってもらえるから、こんなに満たされるんだな。


「ユータ」

とんとん、と背中を叩かれ顔を上げると、とろりとしたブルーの瞳と目が合った。ふ、と笑ったカロルス様が、そばを通りかかったセデス兄さんを捕まえて、オレと一緒くたに抱き寄せる。

「もらったら、返さねえとなあ?」

「うわ?! ちょっと酔っ払い、何やって――うぐっ!」

みしりと込められた力に、セデス兄さんの叫びが止まったけれど、大丈夫だろうか。

ざらついた頬がたっぷり寄せられるのを受け止め、くすくす笑う。

存分に頬ずりされて、熱い身体に抱きしめられて、もう嬉しいが溢れて息苦しい。オレの許容量は、とうに超えているだろう。

そしてひときわ強く、鋼の腕が締まった時。

「……大好きだぞ」

ぼそりと耳元に吹き込まれた、低い低い、小さな声。

――ぱっと、オレの中に、光が弾けた。

見開いた目がちかちかするほどの光は、オレの小さな器をもっともっとと、押し広げて広がっていく気がした。


「わ、あ……」

なんてことだろう、気持ちをもらうことも、伝えることも、あんなに嬉しかったのに、返してもらうのはそれどころじゃなかった。

オレは、これからもずっとずっと、今日もらった光で辺りを照らすことが出来る。この光で見えるものは、きっと、きっとどれも美しくて素敵なものになるんだ。

ああ、やっぱりカロルス様には敵わない。どうしてかじわりと滲んだ涙を誤魔化すように、大きく息を吸い込んで熱い体に顔を擦りつけた。

「……はあ、お前には敵わねえな」

オレの心の代弁のような台詞に驚いて顔を上げると、お酒のせいなのか、それ以外のせいなのか、ほんのり目元を染めた苦笑が目に飛び込んで来た。

「オレに……??」

「お前みたいには、言えねえよ」


少しふて腐れたような顔が、少年のようで可笑しかった。

「小さい声だったね!」

「言うなよ……精一杯だっつうの」

むに、と思い切りほっぺを引き延ばされて慌てて逃げると、やんわり誰かに抱きとめられた。

「ユータ様、危ないですよ。そろそろお休みになりますか?」

「ならないよ!」

ふわっと笑みを浮かべてその身体に縋り付く。確かカロルス様にすすめられて呑んでいたはずなのに、執事さんはちっとも普段と変わりない。

お部屋の中には、オレが大好きな人がいっぱいだ。オレ、嬉しかったことをみんなにもしてあげたい。

それってすごくいいアイディアだ。


さっそく執事さんに飛びついて強制抱っこ体勢をとると、穏やかな瞳を間近く覗き込む。

「執事さん! あのね、執事さんはオレのこと好き?」

ぱあっと笑み崩れると、支える身体がぎくりと強ばった気がする。

「……ええ、もちろんですよ」

それじゃ、ダメだ。それじゃ、きっと足りない。オレは眉間にシワを寄せて首を振ってみせる。

「ちゃんと、言ってみて。小さい声で、いいから」

だって執事さんは恥ずかしがりだもの。途方に暮れた執事さんが気の毒にも思うけれど、ここは譲れない。

「…………好きですよ」

随分な逡巡の後、蚊の鳴くような声で紡がれた大事な言葉を、しっかり受け止めて執事さんごと抱きしめる。そして――オレも大切に紡ぐ。

「嬉しい。あのね、オレも執事さん大好きだよ」

カロルス様みたいに世界を照らす凄い光じゃなくたって、オレの言葉にもきっと光がある。きっと、足元を照らすささやかな明かりにはなってくれるはずだ。



ちゃんとみんなに『大好き』のやり取りをして満足したオレは、後々それが『大好き爆弾』と呼ばれて恐れられることを知らなかったのだった。




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エリーシャ:ダメ!ユータちゃん無理よ!だめだめ、私が死んじゃう!!(逃げ惑うエリーシャ様と既に地に沈んだマリーさん)

ユータ:解せぬ……


本当はね、しつこくなるからロクサレン家飲み会は書くつもりなかったんですけどね。

だけど読みたかったから!私が!!

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