第654話 妖精さんの事情
「もう少し、この人たちの情報を探りたかったけど仕方ないね」
あとは、大人に任せればいいか! 救出とアジトを発見、でDランク冒険者としての務めは果たせたんじゃないだろうか。
シロの鼻で女の子を見つけたはいいけれど、どうも攫った男たちはそれが初犯ではなさそうだったので一芝居うってみた。もちろん女の子に危険があってはいけないので、馬車に乗るまでにこっそり交代してもらった次第だ。
「着ぐるみなら、オレって分からないもんね!」
さっきかぶり物を取られた時は、どうしようかと思った。幸い、入れ替わっていることを知らない人で良かったよ。
それにしたって、中身がか弱い女の子じゃないって分かったなら、もう少し気をつけてもいいものを。下っ端悪党は得てして杜撰なものだ。
『俺様、途中で主に変わってるのが分かっても、きっとさらっていったと思うぜ!』
『そうねえ。儲けものぐらいの勢いだったんじゃないかしら』
せっかくうまくいった作戦にケチをつけられ、むっと頬を膨らませた。
「完璧だったでしょう? きっと、オレにしかできないんだから」
『それは同意』
蘇芳がそこだけはしっかり頷いてくれた。ふむ、オレって誘拐専門の囮としてすごく優秀だよね? 今度ギルドでそこを推してみようかな?
さて、と周囲を見回して改めて眉をしかめた。
人の子こそオレだけだったけれど、そこには大小様々なケージに詰められた生き物たちがいた。
「珍しい生き物、って言ってたね」
見覚えのない生き物ばかりだけど、そもそもこの世界の生き物なんてオレにとっては全部珍しい。どの種にどんな価値があるかなんて分からない。
もしかして危険がある生き物だっているかもしれないので、無闇にケージから出すわけにもいかない。
「うーん、だけどここに置いていくのも……。他の悪者仲間がいたら厄介だしなあ」
どうしよう、と眉を下げたところで二人の顔が浮かんだ。
「もうこんな時間だもの、二人とも部屋にいるよね! ねえ、シロとチュー助で二人を呼んできてくれない?」
タクトとラキがいれば、大抵のことはなんとかなる。自然に寄せることができた信頼が、なんだかくすぐったい気分だ。
二人を待っている間に悪者たちを縛ってひとまとめにしておいた。オレ、人の縛り方とか知らないから、チャーシューを作る時の縛り方だけど、まあいいだろう。
一通りすべきことをすませたところで、腕に抱えた瓶を覗き込んで苦笑した。
「……もう、まだ寝てる。どうして捕まったりしたんだろうね」
気持ち良さそうに爆睡している妖精さんには、ものすごく見覚えがあった。そうっと瓶からすくい出して膝に乗せると、へらっと小さな口元が緩む。
「ええと、ミルミルだよね? ねえ、起きて!」
妖精トリオは3人でひとりみたいに覚えているけど、それぞれ名前はある。緑の光をまとうこの子は、そういう名前だったはず。
そうっと揺さぶっても、いやいやして寝返りをうつばかりで、ちっとも起きてくれない。
ならば……!
とっておきの気付け薬は、効果抜群だった。
『……はっ?!』
ばちっと目が開いたと同時に、小さな手が素早くオレの手からそれを奪っていった。
『おいしー! ……あれ? ゆーた?』
もりもりとほっぺをふくらませて食べた後、やっとオレに気付いてくれたらしい。妖精トリオ用に焼いた、小さな甘いチーズクッキー。チーズせんべいよりこっちの方が好きなんじゃないかと思って焼いておいたんだ。
「オレだよ? ねえ、どうして捕まってたの?」
オレはちらりと悪者たちの方へ視線をやった。まったく、感謝してほしいものだ。こんなただの瓶に妖精さんを詰めて持ち歩くだなんて……手榴弾でお手玉しているようなものだよ。
オレが助けたのは妖精さんじゃない、この街と悪者たちの方だ。だって妖精トリオは結構強力な魔法を使えるはず。そして、細かい制御が下手なはず。
『つかまったー? ううん、つかまってないよー? ゆーたをさがしてたの』
クッキーをもう1枚食べて満足したミルミルが、くるくる飛んでオレの髪を引っ張った。
「オレを? 他の二人は――」
その時、勢いよく扉が開いて咄嗟に短剣を抜いて身構える。
「なっ……怖っ! お前が呼んだんだろ? 斬るなよ?!」
飛び込んで来た瞬間、オレの気配に当てられたタクトも剣を抜いていた。お互いを認めてほっと肩の力が抜ける。
「ユータってば、ちょっと目を離すとすぐコレだもんね~。それで~? 僕たちは大人が来るまで番をしてたらいいの~?」
「オレは何もして……してなくはないけど、オレのせいじゃ……なくもないけど」
くっ……歯切れの悪い台詞に、オレを見る目が生ぬるい。
「あ、そうだ! 部屋に妖精が来てたと思うぜ? なんかうっすら見えんだけど、よく分かんねえの。散々髪引っぱられたから、なんか急いでんじゃねえ? 早く行ってやれよ」
そんなうっすら見えるものに引っぱられて、よく平気だね。オレだったらこんな夜にそんな怪奇現象を起こされたら泣いちゃうよ。
ひとまず、ミルミルのこともあるし二人への説明もそこそこに寮の部屋へと戻ってきた。
『ゆーた、いたー!! どこいってたのー?!』『いっぱい、さがしたー!!』
部屋へ入った途端に、わあっと妖精さんに泣きつかれ、大慌てで受け止める。
「ど、どうしたの?! どうして泣いてるの?」
『どうしたのー?』
ひょいと肩から顔を覗かせたミルミルに、泣いていた二人がぽかんと口を開けた。
『『い、いたぁーーー?!』』
二人して指を指され、当のミルミルは困惑顔だ。
「そっか、ミルミルを探してたの? 大丈夫だよ、お話を聞かせてくれる?」
今度はリラックス薬となったチーズクッキーを頬ばりつつ、オレは根気よく妖精トリオの話を聞いた。
「――なるほど、元々オレを探しに来てくれたんだね。それで、秘密基地の方へ行ったあたりでミルミルが行方不明に?」
『そう! きょうは、ミルミルへんだったの』『ふわふわしてたー』『べつに、へんじゃないもんー』
心配する二人を前に、ミルミルだけはむっと頬を膨らませている。
『おやつをたべてから、ねむかっただけー』『おそとで、ねちゃだめー!』『すがた、みえちゃうよ』
秘密基地周辺で、しかもこの瓶に自ら入ったまま眠っていたらしい。そんな、カモがネギどころか具材一式に鍋まで背負ってきたみたいな……。隠密を切ったらほんのり見えてしまうし、しかもこの暗さだもの、妖精の光は随分と目立ったんじゃないだろうか。
「そう言えば、チル爺にはこのことを言ったの? 今日は来てないのかな?」
『いないー。いそがしいの』『だから3人だけで、ゆーたよぼうとおもったの』『だってゆーた、なかなかこないからー』
え? オレを呼びに? 遊びに来たわけじゃなかっ――?!
その瞬間、オレは稲妻に打たれたように衝撃を受けた。恐る恐る窓の外を眺める。
「ま、満月……。満月の、夜……」
うわごとのように呟いて、さあっと血の気が引いた。
楽しみにしてたのに! あんなに楽しみにしてたのに!!
悔しさのあまり、じわっと涙が浮かぶ。きっともう、とっくに御神酒のイベントは始まっちゃっている。だからチル爺が来ないんだ!
オレは愕然と自分の両手を見つめた。……そして、ついでにまだ自分が桃色のもふもふだったことを思い出す。
「どうしよう……まだ、間に合うかな」
タクトとラキに現場は任せて、大人の人を呼ぶ算段もつけた。だから、だからちょっとだけ顔を出してきてもいいよね?! だって、あれはルーたちに渡すための大事なお酒だもの。
お土産、持って帰るからね!
オレは心の中で二人に詫びながら、大急ぎで妖精の里へ向かったのだった。
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レグ&ルードのお話、『宝箱を設置するだけの簡単なお仕事です』が完結しました!
3万字と短めのお話ですので、ぜひ読んでみてくださいね~!
説明不足の部分は、またいずれどこかで書けたらいいなあ……。
あ、もちろん、お話が好評であれば尻尾を振って喜び勇んで一目散に書きますよ?!(笑)
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