第653話 着ぐるみの行方

「わあ、かわいいね! あれ、何だろう?」

「うん、どうなってるのかな?」

二人は、行列の先頭を行くもふもふに熱い視線を送っていた。

きっと、本当の動物じゃない。それが分かるくらいには、幼い彼女らも分別が付いている。

桃色の生き物がお店に入ってしばらく、ガッカリしていた二人は良い香りに惹かれて店の裏手へとまわった。

店の裏庭には、いつからあったのか武骨な土造りの建物が佇んでいた。いい香りは、どうやら厨房とその建物から漂ってくるらしい。

「変な建物ねえ」

「中、どうなってるんだろうね」

ここのお店の人は、優しい2人組だ。それを知っていた少女らは、こっそり庭に侵入して建物の周囲を回った。

「入り口がないよ?」

「窓もないね」

撫でると、ざらりと土が落ちる。彼女らの力でどうにかなるものではないが、こんなでは荒くれが蹴飛ばしただけでも穴が空いてしまいそう。

耳を澄ませると、中ではひっきりなしにいろんな音が聞こえていた。


「わわわ、忙しい忙しい~!」

「きゅ~、きゅう!」

「きゅっきゅう!」

ガチャガチャ、コトコト、色んな音に混じって、幼児の声と不思議な鳴き声が聞こえる。

なんだか、とても楽しいことが起こっていそう。2人が瞳を煌めかせた時、トタトタ走る音と、厨房裏の扉が開閉する音がした。

咄嗟に植え込みに身を潜めた時、視界に柔らかな色が掠めた。


「「あっ!!」」

まるで、天女の羽衣を見つけてしまったように。

2人はさっと頬を紅潮させてそれを抱え、急いで庭を飛び出たのだった。

「持ってきちゃった……」

「怒られるよね? だけど、ちゃんと返すから」

2人は、そうっと着ぐるみを撫でた。思ったよりも、ずっと柔らかでふわふわしている。これの中身は、一体どこへ行ったんだろうか。もしや、精霊様が人知れずこれを被って人に紛れているのではないか。

幼い少女らは、見つけてしまった精霊の抜け殻に頬をすり寄せた。


「ねえ、これ私たちなら着られるかも!」

「え、でも。もし脱げなくなって、人じゃなくなっちゃったら……」

精霊様が怒らないだろうか。そんな畏怖も、幼い自制心の脆さには勝てなかった。

そっと袖を通し、ドキドキしながら頭まで装着する。

「わあ、暑い。精霊様にはなれないね」

よたよたと歩く様子を見て、もう一人も頷いた。

「そうね、あなたが中に入ってるって分かるよ。精霊様は、もっと普通の生き物みたいだったわ」

しばらく堪能して、暑さに耐えきれず交代した時、ふと視界が陰った。

「こいつはさっきの……おい、一緒に来い。 中身はガキかぁ? 子どもにしちゃあ見事だったが……ガキに仕込んだのか?」


逃げなくてはいけない。少女らは、本能的に悟った。

手を取り合って、必死に走った。狭い方へ、狭い方へ、誘導されているともしらず。

「あっ」

着ぐるみ姿で頑張っていた少女が、ついに転んだ。引っぱられて、もう一人も路地に転がる。

「よしよし、このあたりでいいだろ。ふん、やっぱり中もガキだな」

無造作に着ぐるみを抱え上げ、男はその場を後にした。

「やめて! それは返すから、連れて行かないで!」

必死に縋った少女を簡単に払いのけ、男は悠々と立ち去ったのだった。



「――どういうことだよ、全然役に立たねえじゃねえか。こんなもん、ただのぬいぐるみ着たガキだ」

暗い室内で、不機嫌な声が響く。

「まあ待てよ、俺は確かに見たぜ。あの動きはただのガキじゃねえ、絶対に仕込まれているはずだ。あれだけの人数引き連れて練り歩く度胸もある。無理矢理連れてきたせいじゃねえか? しばらく様子を見ようぜ」

少女は狭い部屋に押し込められ、着ぐるみのまま膝を抱えて蹲った。

きっと、精霊様の罰が当たったんだ。あいつらは、精霊様を探している。中身が違うと知れたら、タダではすまない。

少女は着ぐるみを脱ぐことも、真実を話すこともできず、格子のはまった窓を見上げた。

「精霊様、ごめんなさい。精霊様の抜け殻を勝手に使ってごめんなさい。……助けて、ほしいです」

着ぐるみの中で、ぽろぽろと涙が溢れて染みた。


「おい、騒がれないうちにここを出るぞ」

「あれはどうする? 脱がすか?」

「そのままでいい、面倒だ」

音を立てて開いた扉に、蹲っていた着ぐるみが怯えたように顔を上げた。

「行くぞ、騒ぐなよ?」

着ぐるみの中では、大した声も出まい。くぐもった声を聞きながら、男たちは横付けされた馬車に乗り込んでいった。


到着と共に馬車の床を転がりそうになる小さな身体を掴み上げ、男たちは人目を忍んで寂れた一軒家へ入り込んだ。奇妙なステップを踏むと、床板の一部が跳ね上がる。

「お前、何抱えてんだ?」

「売りモンだよ。良い金になる、ちゃんと保管してろ」

顔を覗かせた男が、訝しげにしながら着ぐるみを受け取って引っ込んだ。

残った男たちはそのまま番人を兼ね、何食わぬ顔で酒など呷り始める。


「珍しい生き物って、これは違うだろ……ぬいぐるみ着たガキなんて、売れんのか?」

地下へ下りた男が、乱暴に着ぐるみを牢へ放り込み、ついでとばかりに耳を引っぱってかぶり物をもぎ取った。

「あっ……だめ!」

「――へえ。なるほどな」

必死に短い手を伸ばす様子を見て、男は口元を歪めた。なるほど、これは売れる。このまま売るのが吉というやつだ。

上機嫌になった男は、ぽいとかぶり物を放って牢の鍵を閉めた。


その時、どかどかと大勢の足音が響いて天井――床板が揺れた。床を踏む妙なリズムが聞こえ、上から苛立った声が響く。

「おい、次だ! 早くしろ」

「少しくらい待ちやがれ! ……なんだこれ? 虫?」

「よく見ろ、中にいるだろ?」

にやけた男の得意げな声と、驚愕に瓶を取り落としそうになった男の声が響く。

「うわ、妖精?! どこで見つけたんだよ!」

つい声を上げた男をしいっと諫め、にやけた男が口を開こうとした時、階下に視線をやって眉をひそめた。

「おい、あれ何だ」

「は? ……ああん? 何で出てきてやがる」

隠し扉へ通じる階段下には、桃色の着ぐるみが佇んでこちらを見上げていた。

慌てて牢に視線をやれば、もぬけの殻。舌打ちした男が足音荒く近寄っても、着ぐるみはじっと動かない。その視線は、男が抱えた瓶に集中しているようだった。


「おい、大人しく牢へ……」

手を伸ばした男は、突如目の前に迫った床を不思議に思う間もなく、意識を途切れさせた。

放り出された瓶を大切に抱え、着ぐるみがもう一人を見上げる。

「な?! なんだお前?! おい! 何かいるぞ、逃がす――」

上へ向けて怒鳴った男が視線を戻した時、着ぐるみは、既に目の前にいた。


視線の集中した隠し扉が、バンと音をたてて開いた。

武器を構えて待ち構える男たちの中へ、桃色のふわふわが着地する。大きな耳がぴこりと上下し、たっぷりしたしっぽがまふんと揺れた。

「な、な、なんだ?! どうなってる?」

「これだ! こいつだ、やっぱり普通じゃなかったろうが!」

室内にひしめく男たちが戸惑う中、着ぐるみはちょっと首を傾げ、トコトコと歩いた。扉の方へ。

「は?! ちょっ、堂々と脱走しようとしてんじゃねえよ!」

「こいつっ! 妖精の瓶持ってやがるぞ!!」

男たちの目の色が変わった。

立ち塞がる彼らにちょっと首をすくめ、着ぐるみはスッと姿勢を低くした。

いつの間にか、その両手には鞘に入った短剣が握られている。


一斉に飛びかかる男たちの手をなんなくかいくぐり、足を払い、顎を蹴り上げる。振り下ろされる武器はいとも簡単に流され、同士討ちを誘った。

「……ふう」

ものの数分だった。

動く者のいなくなった室内で、着ぐるみはやれやれと言いたげにかぶり物を外す。

しっとりと湿った漆黒の髪がはらりと流れ、上気した頬にかかった。ぱちりと瞬いた瞳は、外の夜空よりもなお星を浮かべて煌めいていた。

「オレ、強くなったね」

ユータは室内を見回して、にっこり笑う。

ふん、と力こぶをうかべてみせた腕は、やっぱりぷにぷにではあったけれど。



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連載中のレグ&ルードのお話『宝箱を設置するだけの簡単なお仕事です』、完結まで書ききりましたので、あとは連日夜間投稿します~!

短く詰め込んでますので(笑)ぜひ読んでみて下さいね~!

とてもじゃないけど3万字では色々足りなかったので……コンテスト期間終わったら長編化して投稿したい所存。


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