第641話 お休みの日

「な、なんかさ」

「おう……しばらくは行けねえな」

「ちょっと、想定外だったね~」

オレたちは逃げるように王都の外へ出て、なんとも言えない顔を見合わせた。

『ねえ、どこに行くの?』

目的地のないシロ車は、ゆっくりゴトゴト進む。

とりあえず飛び出してきたものの、依頼を受けたわけでもなく、土地勘もない。だけど、せっかくのお休みだもの! ここはひとつ――。


「連れて行って! シロが素敵だと思った場所に!」

満面の笑みで無茶ぶりをする。

「それいいな!」

「うん、賛成~!」

二人もにんまりと笑みを浮かべ、シロのしっぽは高速で振られた。

『いいの?! じゃあ、車じゃなくて背中に乗って欲しいな!』

さあ、どこへ連れて行ってくれるんだろう。『シロの』素敵な場所、だからね……もしかすると思い切り走り回れる荒野かもしれない。だけど、いいんだ、それはそれで!

さっそく3人でシロの背にまたがり、しっかりと掴まったのだった。



――オレたちの休日が思わぬ方向へ舵をきったのは、今朝のこと。

せっかく王都に来ているのに依頼ばっかりじゃ勿体ない。だから今日は王都でしか買えないものを見繕いつつ、朝も早くからぶらぶら気ままな食べ歩きを楽しんでいた。

このままじゃあオレは一日中お腹いっぱいだな、なんて思いつつギルド前の通りに差し掛かったんだけど。


「うん? 寄っていくの?」

街歩き中、なんとなくギルドの方へと吸い寄せられていく二人を見上げ、首を傾げた。今日はお休みにするって言ってなかったっけ? オレたちはそろそろハイカリクへ帰るつもりだし、先日の依頼で割と頑張ったから、そういうことに決めたはず。

「あ~、パッとすませられる依頼とかあれば、ついでだし」

「情報収集がてら、ちょっと寄っていこうか~」

オレはギルドの依頼を『読む』のが苦手なのであんまり頻繁に訪れないんだけど、二人は――いや、この世界の人たちは、用がなくても日々ギルドに赴き情報収集をする。

まるで新聞代わりのように、張り出される依頼を眺めて世情を読み、自己の生活や商売に反映させる。まったく、すごいことだと思う。


「ん……なんか人多くねえ?」

まだ午前中とは言え、普段活気のある時間帯からは外れている。その割にギルド内は人が多くて、浮き足立っているようだった。深刻な事態ではないのは、思い思いにおしゃべりしている人たちの表情から明らかだ。

「なんだろう、大きい討伐でもあったのかな?」

「そうだね~……あっ」

ラキがハッとしたのと、ギルド内にいた冒険者の一人がオレを二度見したのが同時だった。


視線が外れなくなったその冒険者さんは、オレを凝視したまま隣の人を思いきり小突いた。

「なんだてめ――あ? ああっ?!」

不機嫌そうに振り返ったその人、釣られるようにオレを見た他の人。まるで連鎖反応のようにギルド内の人がオレを見る。

「えっ? え、なに??」

狼狽えるオレとは裏腹に、ラキが苦笑してオレを見下ろした。

「あ~~、ちょっと気付くの遅かったね~」

2人が、スッと両隣を固めるように寄り添ってくれる。


「黒い髪っ! マジか、こんなチビどもなのか?!」

「子どもって、お前これもう幼児じゃねえか!」

どっと一気に周囲が騒がしくなって、取り囲むようにギルド内にたむろっていた人たちが寄ってくる。

え、怖いんですけど! 見上げるようなガタイのいい人ばかり、何がなんだか分からず縋るように二人の手を握った。

「あー、アレか。統率者の……。そっか、ユータがいるとバレるな!」

苦笑したタクトが、大丈夫だ、とオレの頭を撫でた。


「そうっ! それだ! 本当なのか、お前たちが統率者を? 情報量払ってもいい、話を聞かせろ!」

「ウチのパーティに入らないか?! 大人がいた方が心強いだろう?! もちろん、3人とも来てくれて構わないし、一人でもいいよ!」

どうやら、思惑は色々ありつつギルド内の人たちは主にオレたち目当てで待ち伏せていたらしい。きっと

オレ、というよりオレの黒髪を目印にされているんだろう。

新聞はないけど情報を売る人はいる。雑誌みたいにスクープをまとめて、一般向けにおおっぴらに売る人も。オレみたいに依頼から読み取れない人には、ありがたい存在ではある。ただ、そこにオレが載るとなると別の話だけど。

ぐいぐい迫る大人たちは、あからさまな悪意があるわけでない分、吹っ飛ばすわけにもいかず困ってしまう。

へらりと曖昧な笑みを浮かべ、両脇の2人を交互に見上げた。こういうことは、2人に任せた方がいいよね、きっと。


「……かわいいな」

「思ってたのと違う……なあ、坊、ウチに来いよ。Cランクだぜ? 戦力的にはいらんと思ったが……」

正面にいた人たちから、次々そんな声が上がり始め、オレの笑顔が引きつった。

ええ、ええ分かってますとも! それってオレのことだよね?! 学校の班分けでもオレ大人気ですからね! ペット枠でね!!

スプリンクラー(微弱)なら使ってもいいだろうか、なんて不穏な考えが頭をよぎった時、ぞくりと総毛立つ気配がした。

「……今日はお休みの日だから、邪魔しないでほしいな~」

「俺ら、既にパーティなんだけど。……行くわけねえし、行かせるわけねえ」


わ、わーお。

知ってた。2人は結構強いし、殺気なんだろうか、こうして威圧感を溢れさせると……怖い。

周囲の人たちがピシリと固まった。こんな時間までギルドでたむろっているようなレベルの冒険者さんなんて、ひとたまりもない。うん? でも自称Cランクもいたような。皆顔色が悪いのは、気のせいではないだろう。オレだってこうして恐る恐る見上げるくらいだもの。

「ん? 行こうか~」

「外、行こうぜ!」

にこっと微笑んだ2人に安堵して、肩の力が抜ける。

オレたちは動かない人たちをこれ幸いと、すぐさまその場を離脱したのだった。



――気持ちよく走るシロは、一体どこまで行くつもりなんだろう。ごうごう鳴っていた風は、スピードを緩めたことで穏やかになった。流れる髪が、耳元でサラサラ音をたてている。

ギルドでの出来事を思い返し、オレはつい大きなため息を吐いた。

「オレ、カロルス様があんなに王都を嫌がる理由がちょっと分かった気がする」

少々目立っただけの冒険者ですら、こんな感じなんだもの。超級の有名人が素顔をさらして歩いていたら、一体どうなることか。王都、恐るべし。


「まあな。俺、強くなって有名になろうと思ってたけどさあ、これちょっと考えもんだよなあ」

「少なくとも、子どもってだけで舐められるから、あんな扱いなんだよね~」

はあ、と零れたタクトのため息が、オレの耳元をくすぐった。

「舐められるかな? さっきのアレで怖がられるんじゃない? 2人とも、けっこう怖かったよ」

くすくす笑うと、気まずそうな雰囲気が背後から漂ってきた。


「言うなよ、後から恥ずかしいんだからさ」

「ユータは怖くないでしょ~? とにかく、今後王都のギルドはユータ1人で行っちゃダメだからね~」

タクト越しに伸びてきた長い腕が、ぽん、とオレの頭を叩いた。

「え、どうしてオレだけ? 2人もでしょう?」

思わず身体を捻って振り返ると、2人のなんとも言えない視線とかち合った。

「だってお前、押しに弱そうだもん」

「ユータは無事だろうけど、少しでも犯罪に走る人を減らさないとね~」


オレのためじゃなく?! 

「う、まあ、確かに押しには弱い自覚があるけれど……! だけど、パーティの誘いとかに乗るわけないよ!」

「大人は汚えからな、お前なんか簡単に騙されるだろ」

「簡単に誘拐されちゃう人が言ってもねえ~」

ま、まだ根に持ってたの?! オレが1人で囮捜査したこと……。

『囮捜査も何も、主はバッチリ誘拐されただけだろ? あれぞ誰に見せても恥ずかしくない完璧な誘拐だったぜ!』

そんな完璧はいらないです。それにあれは、過去の話!!

むっと頬を膨らませたものの、前科があるだけに反論しづらい。例え、オレが小さかった時の話だとしても。

『小さ時……?』

不思議そうな蘇芳の声は、聞こえなかったことにする。


「そうだ、オレにもアレ教えてよ! こう、さっきのみんなが怖がるアレ!」

「アレって……ああ、威圧するやつか? お前に~?」

「ユータには無理じゃない~?」

憤慨して反論しようとした時、駆けていたシロの脚が徐々にゆっくりになって止まった。

『着いたよ! ぼく、ここ好き!』

嬉しげに満面の笑みを向けるシロを労い、オレたちはその背を下りて周囲を見回した。




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