第639話 強い方が守る

もう、屋根を走る必要はなさそうだ。

村からは潮が引くようにゴブリンがいなくなっていく。

瓦礫の山から剣を探し、オレたちはがらんとした村の中を中央広場へ向かいながら歩いた。

「えー、ラキの必殺技、俺も見たかったぞ!」

「すごかったよ! そのうちまた見られるかもね。オレはタクトの方も信じられないけどね?!」

見たいとは思わないけれど。絶対に心穏やかに見ていられるものじゃないだろう。凶悪な魔物とタイマンを張る子ども……。

「俺のはただ殴り合ってただけだもんな。エビビは必殺技あるのに俺だけねえってのもなあ」

不満げなタクトが唇を尖らせ、精進せよとでも言うようにエビビが跳ねた。

ちなみに、タクトもボロボロだったけど、統率者は見るも無惨な姿だった。どうして素手で殴り合って、あんなに胸部がぺちゃんこに潰れる事態になるのか。あれは必殺技でなくて何なのか。

あの時響いた轟音の結果を目の当たりにして、小さな身体に宿る剛力におののくしかない。


「あ、ラキ!」

広場にたどり着いたところで、手を振るラキを見つけて駆け寄った。さすがにタクトを心配して寝ていられなかったらしい。

「うわ、タクトボロボロだね~。相当やられたんじゃ――……ユータ?」

タクトを上から下まで見やって安堵の苦笑をしたラキが、ふとオレに視線を向けて真顔になった。

「え? なに?」

すうっと下がった周囲の温度に、何も心当たりはないのにぎくりと身体が強ばる。ラキはゆっくりとオレを覗き込んでまじまじ眺めると、うっすらと口角を上げた。

あ、まずい。これ、絶対零度のにっこりだ。

「な、なななんで怒ってるの?!」

「怒ってないよ~? ……ユータには」


顔を上げたラキが首を巡らせ、ピタリと一点を見据えた。

「お、俺じゃねえ~! いや、俺のせいなのか?!」

……タクト? そこには脱兎のごとく逃げ出した背中があって、首を傾げるしかない。彼が一体何をやらかしたと言うんだろうか。

「的が小さい……ちょこまかと。威力は絞るしかないか~」

至極冷静に呟かれた台詞に耳を疑って見上げると、彼の指先には魔力が凝っている。

「見たいとは言ったけど! 俺に使うとこは見たくねえぇ!!」

「ラキ?! 待って?!」

せっかくこの辺りの破壊は免れたのに――!!

慌てたオレのちょっとズレた心配は、誰にもツッコまれることなく虚しく霧散したのだった。



「――オレ、泣いてない」

目の前の広場が、着々と祝賀会の様相を示し始める中、オレは思い切りへの字に曲げた口で、怒っていることを態度で示している。

まさか、そんなことで二人が喧嘩していたとは。そもそも、なんでバレたんだ……いや、泣いてはいないけども!

「そんな弱くない。オレ、タクトに泣かされたりしない!」

そんな風に思われていたなんて、心外すぎる。

「そうじゃねえよ」

「そういうことじゃないんだよね~」

二人が声を揃えたように否定して、じゃあどういうことだと背けていた視線をちらりと二人へ投げた。


「ユータが強いのは知ってるよ~。だけど、まだ中身は子どもだよね~?」

そこも、『うん』とは言い難い。魂は幼児だけど、そろそろ記憶も遙か彼方になってしまったけども、それでも純粋な『こども』とは言えないだろう。

なんとも言えずに押し黙ったままのオレを、タクトの荒っぽい手が撫でた。

「そんな難しいことじゃねえって。お前の中身ぐらい、俺らに守らせてくれよってハナシ。だから、今回のは俺が悪ぃの」

本当は全部守ってやりてえけど、なんて苦笑する顔は、随分と大人びていて悔しい。

「……オレは、守らなきゃいけないの?」

対等にいたいと思っていたのは、オレだけ? 二人にとってオレは弟分でしかないんだろうか。


「それも違うんだよね~」

ラキに手を引かれ、3人で木陰に腰を下ろした。指の長いラキの手が、オレのもみじのような手をとって笑う。

「見てよ、こんなに大きさが違うでしょ~? 僕たち、ユータより2つも年上なんだよ? ……さっきのユータの言葉、そのまま返すね。僕たちは、ユータに守られなきゃいけない?」

オレは、虚を突かれて顔を上げた。

「だって、それは……! オレは結構強いもの! 二人が心配になるのは当たり前で――」

二人は、苦笑して頷いた。

「分かってるって。弱い方を助けるのは、当たり前だろ。しょうがねえよ、俺らの実力不足だ」

「だから、僕たちが強いところなら、ユータを心配していいよね~? 守っても、いいよね~?」

ぐ、と詰まった。

オレは、心が不安定だ。些細なことで泣いてしまう脆さもあれば、猛特訓に耐えうる強さもある。それは魂が幼児だからなのか、大人の記憶があるが故なのかは分からないけれど。


「……だけど、二人は強くなったでしょう」

今回だって、二人でやりきったじゃないか。オレだって、頼りにしているところが増えてきた。オレだけ二人から守る対象みたいにされるのは嫌だ。

「なら、ユータに勝てる~? どう足掻いても無理でしょ~!」

心底呆れた二人の視線が落ちてくる。

「なんのために強くなってると思うんだよ。お前、そういうとこだぞ」

笑う二人につつかれ、どうもオレの形勢不利らしい。仕方ない、年上風を吹かせたような二人に腹が立ったけれど、お互い様、そういうことだよね?


「……じゃあ、いいよ。オレだって二人を守りたいから、オレも守られるのを許してあげる!」

不機嫌顔は残したまま、なるべく居丈高に言いのけた。弟扱いしているってわけじゃないなら、まあ、仕方ない。だってそう、オレも二人を弟扱いしているから守るわけじゃないもの。

ありがとう? と可笑しそうに笑った二人に撫でられながら、これは本当に弟扱いしていないんだろうかと疑問には思うけれど。

「けど、今回俺らだけでもある程度やれるって、お前に見せられて良かったかもな!」

「『心配』、少しは減らせるでしょ~?」

期待を込めた眼差しは、まるで先生を見つめる生徒みたいだ。途端に嬉しくなるのは、やはり不安定な幼児の心の有り様だろうか。

「うん! 二人ともすごかったね、強くなったと思うよ? オレだって負けていられないね」

暗にオレの方がまだ強いと主張して、堪えきれずに得意満面な表情が出てしまったかもしれない。不自然にむせこんだ二人が怪しい。


「よし、今日はオレがご馳走するよ! お肉だよね? お腹いっぱい食べさせてあげるー!!」

オレの奢りだ、のノリでそう告げ、意気揚々と祝賀会の調理スペースへと飛び込んでいった。大盤振る舞いだよ、収納の大部分を占めるお肉はこういう時のためにあるんだから!


その日、祝賀会のメニューには大量のお肉が加わり、オレたちは一層村の人から感謝される羽目になったのだった。



* * * * *


「今でも信じられないな……こんなことがあっていいものか? 俺は神様に贔屓されるほど善行を積んだっけ」

五体満足で、今もここにこうして村があり、皆が生きている。小さな勇者たちの背中が見えなくなっても、村人たちは随分長くその場に留まっていた。やがて散り散りになっていった人々の中、村長ともう一人の青年だけが残っている。

「これが噂の『天使様の加護』ってやつなのかもな」

「天使様の加護って……ああ、あの子らについていたのかもしれねえなあ」

村長は何も言わず、さて、と踵を返した。と、村中から誰かが駆けてくるのが見える。

「村長! 大変だ、あの子ら大事な魔道具を!! 追いかけたら間に合うか?!」

息せき切って走ってきたその手には、あのシールドの魔道具が抱えられていた。

「無理だろう、あの犬相当速いらしいぞ! それに、この時間から外に出るのは危険すぎる。村長、どうする? ギルドに朝イチで持って行けば……」


ふっと微笑んだ村長は、村人の抱えていた魔道具を受け取ると、勝手知ったるように底面のスイッチを押した。

「ふむ、どうやらこれで使い切ったらしい。おそらく不要なので置いていったのだろう。万が一必要だった場合に備えて、私が保管しておくよ」

安堵の表情を浮かべて去って行った村人を見送り、青年は訝しげにその顔を見つめた。

「何がそんなに可笑しいんだ?」

「……ふふ、なんでもないさ。ウチに似たようなものがあったなと思ってね」

「へえ、さすがだな。シールドの魔道具を持ってるのか?」

二人して広場へ向かいながら、村長は声をあげて笑った。

「はは、そんなものがあれば最初から使うさ! 魔道具はどれも似た形をしているんだなと感心したんだ」

妙に楽しげな村長に首を傾げつつ、それ以上問うこともなく二人は歩く。


さて、どうしたものか。村長は浮かぶ笑みを必死に抑えて平静を装っていた。

これを見ていた者も多いだろうから、我が家にあるアレは隠しておいた方がいいだろう。まだきちんと稼働している消臭の魔道具は。

「まったく規格外にもほどがある。天使様の加護がついていたのかね、それとも……」

絶望は、たった3人によって見事にひっくり返った。

祝賀会は昨日だったはずが、なぜか今日も広場は賑わっている。村長はまたも始まったお祭り騒ぎに、これは3日3晩は続きそうだと笑ったのだった。



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消臭の魔道具:吸引の呪い(極小)。臭い場所に設置すれば、あら不思議、みるみる消臭効果が!


そしてその呪いをユータが練習用に浄化したので正真正銘のガラクタ。

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