第610話 あなたの上にも積もるように
「……あの、オレお料理できるから大丈夫だよ」
アドバイスはもらえたら嬉しいけれど、そう見守られてしまうとやりづらいことこの上なし!
料理人さんたちは多分、解体のために集まっただけで今行うべき仕事はないのだろう。オレの周囲に群がって一挙手一投足に固唾をのんでいる。まだ、刃物すら取り出してないのに。
まあ、子どものお料理なんてそんなものかもしれない。ロクサレンや学校での調理はもうみんなが慣れてしまって心配のしの字もされないものだから、なんだか新鮮だ。
「あのね、パンはやめてごはんにしようと思うんだ。ええと、『コム』だっけ」
オレが『ごはん』と呼ぶものだから、すっかり周囲ではそう定着してしまっているけれど。
大体において炊き立てご飯もストックしてあるのだけど、せっかく時間があるなら炊こうかな。オレの予想ではこの人たち、出来上がったら食べたがると思うし。
ということで多めにごはんを炊くことにして、群がる料理人さんにお鍋を持ってもらったりお水を捨ててもらったり。
オレもできなくはないよ! だけどどう頑張っても調理台が高いので、踏み台を使った不安定な足場では重い鍋を扱うのは危ないから仕方ない。
ちなみにこれはラキが軽さと丈夫さ、そして実用性にこだわって作り上げたオレ専用台。これからちゃんと大きくなる分も加味して、調整が可能になっている将来への期待輝く逸品だ。今のところ、調整の必要は感じないけれど!!
「へえ、コムって珍しいな。森人の酒に使うもんだとばっかり思ってたぞ」
雑穀類もあるけれど、いずれにしても炊き上げて食べることはあまりないみたい。スープだったり粥っぽいものだったりする。
炊飯器なんて文明の利器はないので、炊くのはもっぱらお鍋だ。手っ取り早くすませたくて、コムをお湯で浸水させておく。そもそもコムは固いお米なので、多少固くても許してもらおう。
「包むものがあればちょうどいいんだけど……あ、ぺリンダの葉っぱ!」
ぺリンダの葉っぱはオレの両手くらいの大きさで薄いし、ちょうどよく包めるんじゃないだろうか。
「うん、いけるじゃないかな!」
何枚か葉っぱを取り出して、お塩で浅漬けにしておく。
あとはもうお肉を焼いて諸々組み合わせればそれで出来上がり、だ。
うーん、暇になってしまった。かと言ってお鍋のそばを離れるわけにもいかないし。
「そうだ、この花は何ていう名前? 食べられる?」
これだけ料理人さんが集まっているなら、今聞いてしまおう! 彼らも暇そうだし。
ぱぱーんと取り出したカレーの香り漂う黄色いお花。彼らの返事を聞くより先に、ティアがピピッと鳴いた。どうやら食べられるらしい。
「お、これは確か……カリィエラの花だな。食えるぞ、ここらには生えてないんだけどな」
「この香りが欲しいんだけど、スパイスとかになるの?」
「これは全体を食うもんだが……これがそのまま香りづけになるぞ」
そう言ってトントン、と花を叩くようにすると、手のひらに茶色い砂粒みたいなものが零れ落ちた。
「何これ? あ、もしかして、種?」
「おう、この種がそのまま香りづけに使えるって話だ。擦って使う」
小さなすり鉢で軽く擦ると、ぶわっと香りが広がった。
「これ! この香り! 懐かしい……」
「懐かしいのか? 割とマイナーな代物だぞ?」
思わずオレの国では、と言いかけて口を抑えた。オレ、今は魔族のつもりなんだった。
「えーと、オレの村はすごく辺鄙な所にある小さな村で……そこでよく食べてたの」
「なるほどな、北部の方だろ。カリィエラは北部のまさに辺鄙な辺りに生えてるからな」
そういうことにしておこう。さっそく手持ちのカリィエラの種を全部取り出して、一部擦って粉状にしておいた。
さっそく味を確かめたくて、薄切り肉に粉状のカリィエラの種をまぶして焼いてみた。
これが限りなくカレーに近ければ、もうそのままルーにしてしまえばいいよね!
限りないわくわく感を胸に、思い切りよく口へ入れたはいいけれど。
「……ん、んーー……?」
別に、まずくはない。なんとなく、カレー粉っぽい片鱗は感じる。だけど……
「足りないっ! 圧倒的になにか足りない!! いや、多分ひとつじゃなく色々足りない!」
コムのお鍋の火加減を調整しつつ、周囲の料理人さんに助けを求めた。
「オレの故郷の味じゃない。すごく足りないんだ」
「ぼっちゃんの家族に聞いてみな? 何使ってるかだけでも聞いてくれりゃ何とかしてやるぜ!」
頼もしい笑みに、ほんのり俯いて視線をさまよわせる。
「うん……でも、オレの故郷の家族はもういなくて。えーっと、そう、村ももうないの」
ギリギリ、嘘は言ってないはずだ。故郷の家族はもういないか、召喚獣に生まれ変わってる。そしてここに日本はない。
途端、がしりとオレの両肩に手が置かれた。見上げた顔は、滂沱の涙を垂れ流していた。
「そ、そんな不幸なことがあったってのか。こんな小せえのに。いいか、任せな! 再現してやるよ、お前の故郷の味をな!!」
ぐっと拳を握った彼に呼応するように、周囲ですすり泣いていた料理人さんたちもしっかりと頷いた。
「え、別にそんな悲劇的なことでは……」
あれ? 悲劇的なことではない、わけでもないかな。オレがここに来たのは割と悲劇的な感じだったかもしれない。じゃあ、いいか。頑張ってくれそうだし。
「本当? じゃあ、覚えているのはね……」
オレは思い出せる限り、カレールーの作り方、スパイス、食べ方……そういったものを伝授した。
さっそく検討を始めた料理人さんたちの姿に目を細め、オレはにっこり笑ってその輪に加わった。
きっと、オレの知るカレーにはならない。
でも、きっとおいしいものは出来上がるだろう。
それなら、それでいいんじゃないかな。
出来上がった美味しいもの。それが、この世界でのカレーなんだから。
「……おはよう? またこんなところに!」
気配で起こしちゃったかな?
アッゼさんは、以前の荒野にいた。誰もいない広い土地で、まるで身をひそめるように樹上で眠っていた。
「……言ったろ、一匹狼のクールでセクシーなアッゼさんだからな」
どれひとつアッゼさんには似合わないと思いつつ、枝に手をかける。
あちこちで軽業師みたいになりながら、ひょいひょいと枝を上り、彼の目の前までたどり着いた。
「おはよう!」
もう一度満面の笑みを向けると、アッゼさんはほんの少し、目を見開いて口元をもごもごさせ、そして視線を逸らした。なんだか拗ねているみたいな姿は子どもみたいだ。
「あのね、朝ごはん作ったから一緒に食べようと思って!」
アッゼさんのいる安定した大きな枝まで行くと、ぐいっとおしりで大きな体をおしのけてオレのスペースを作った。
「見て! これ、絶対おいしいよ!」
じゃーんと取り出してみせたのは、緑の物体。樹上にふわりとお肉のいい香りが漂った。
「もしかして、ウーバルセットか? おおぉ……!」
どことなく居心地悪そうだったアッゼさんの瞳が輝いた。
「ウーバルセットのおにぎらず! はいどうぞ!」
ごはんでウーバルセットのお肉を挟み、海苔の代わりに浅漬けにしたぺリンダの葉っぱで包んだ。それを食べやすく彩もいいよう半分に切った、おにぎりならぬ『おにぎらず』というやつだ。パッと見た印象だと、サンドウィッチみたいな雰囲気がある。そして、周囲にぺリンダの葉っぱを巻いたせいで、めはり寿司みたいな雰囲気もある。
ウーバルセットはしっかり強めのお塩を振って1センチほどの厚さに切ってある。かぶりつくたび溢れる肉汁は、余すことなくごはんが吸ってくれるだろう。
両手でしっかりおにぎらずを支えると、まさにサンドウィッチみたいな断面がのぞいてオレを誘う。
ああ、お口の中に唾液が溢れる。
「いくよ?」
ちら、とアッゼさんと視線を絡め、あーんと大きく口を開けて構えた。やれやれと言わんばかりの顔をしたアッゼさんも、倣ってあーんと口を開ける。
目線でタイミングを合わせ、せーの! でがぶり!!
まるで果実にかぶりついたみたいに、弾けるような肉汁と脂。甘味さえ感じるそこへ、ガツンと強い塩気。ああ、ごはんが欲し――?! なんということでしょう! ほら、もうここに。みるみる塩気が中和され、オレのほっぺには今幸せが詰まっている。
美味しい、美味しいよウーバルセット! あんな見た目なのに、確かに美味しい! まだ咀嚼しきらないうちから、もう次を口に入れたくなる。
おいしいね、と言おうとアッゼさんに視線をやれば、手首まで滴った肉汁を舐め上げていた。ものすごく行儀悪い。いつもカッコつけているアッゼさんにあるまじき姿だ。
そして、手のひらと指もしっかり舐めて……つまりは既に食べ終わって、オレの方を向いた。
大丈夫、まだたくさんある。いくつか詰めた容器を差し出してくすくす笑った。
「美味しいね! ほら、洞窟がダンジョンにならなくて良かったよね! オレのおかげじゃない?」
「そのせいで色々心配事も増えたけどな!」
「だけど、そのついでに色々収穫もあって――」
オレは、もりもりと頬張る合間に、昨日のあれこれをたくさん話した。
いっぱい、楽しかったことを話した。きっと、伝わるだろう、この拙いおしゃべりよりも、このオレからこぼれていくたくさんのキラキラから。
「ねえ、楽しかったねぇ!!」
オレは、思いきり笑って『楽しかった』の紙吹雪を撒いた。それはもう、盛大に撒いた。
アッゼさんの上にも、いっぱい積もるように。
「……あ、そ!」
ほんの少し、瞠目したアッゼさんは、そう言って他所を向いてしまった。
そして、ほっぺがぱんぱんになるくらいおにぎらずを頬張ったのだった。
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6月30日はロクサレンの日だねって言われて!確かに!!!ですよね!
ロクサレンの日は……きっとお腹いっぱい食べる日?!
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