第609話 調理しよう!

厨房をのぞいてみると、どうやら早々に朝の支度は終えているらしく、料理人さんは片付けや掃除を行っているようだ。あたりにはスープのいい香りが漂って、収納されていく皿がカチャカチャと穏やかな音をたてていた。

厨房にいる料理人さんは2人だけ、作業台は空いているからオレが使うことを許して貰えるだろうか。いや、むしろ調理は外でもできるから、素材の扱いについて聞きたい。

「あの……おはようございます。いま、お料理のことを聞いてもいい……?」

入り口からおそるおそる声をかけると、思いの外驚いた様子で2人がこちらへ顔を向けた。


「え? 大丈夫だけど……君はお嬢様のお友達だね? 好き嫌いでもあったかな? 朝食はもう作ってあるけれど、昼食からなら対応できるよ」

どうやら、星持ちのおぼっちゃんが料理への注文をつけにきたと思われているみたいだ。

オレは慌てて首を振って、まずはチョコモドキの実を取り出した。

「ち、違うよ。あのね、素材のことを聞きたくて。これってよく採れるもの? どうやって食べてるのかなと思って」

2人とも時間はある様子なので、トトッと駆けよって実を差し出した。


「おや、これはショクラだね。食べるんじゃないよ、飲むものだ。だけど、君には向いてないねえ」

「お父さんたちが飲んでいるのを見たことない? 真っ黒で苦い飲み物だよ」

あれ? それってコーヒーみたいだね。確かに甘くないココアなら大人の飲み物になるんだろうか。

「だけど、甘くしたらオレでも飲めるよね?」

「うーん、渋みもあるし、相当苦いからね。待ってな、入れてやる」

ショクラの実をオレに返し、一人が食品棚を物色しはじめた。


「あとね、ウーバルセットのお肉ってどうやって食べるのがいいの?」

カレーについてはあとでじっくり聞きたいし、今は朝ごはんのことだ。せっかくだからウーバルセットのお肉を挟んだサンドウィッチでも作ろうかと思ってるんだ。

「ウーバルセットはクセも少ないし、何でもいいよ。ただ、柔らかすぎて薄切りは向かないね。だけど、ここらでは加工品が主だからね、乾燥肉ならスープかな」

なぜそんなことを聞くのかと不思議そうな顔をする料理人さんに、そう言えばお土産を渡してなかったと気が付いた。なんせ、寝ていたから。


「ウーバルセット、丸ごと獲って来たよ! ええと、アッゼさんが! ここに出していい?」

腐っちゃうともったいないから、ノーマルサイズの方がいいかな。

アッゼ様が?! とにわかに慌てだした料理人さんに言われるまま、奥の巨大流し台のような場所へドンと丸ごと横たえた。

「す、すごい鮮度じゃないか! うわあ、どうする?! 料理長呼ぼう! やっぱステーキ?」

「すげえ、アッゼ様さすがすぎる! 俺たちの分も少しはあるよな?!」

ショクラを担当していた人も戻って来て、二人できゃっきゃ言い始めてしまった。ウーバルセット、そんなに美味しいんだね! 早く、早く食べてみたい!


「あのね! アッゼさんにウーバルセット使った朝ご飯を持っていこうと思ったんだ! もう一匹出すから、解体とお料理を教えてもらうことってできる? そうしたら半分料理人さんにあげるから!」

「半分?! いや、もらいすぎ!! 待ってろ、とりあえず解体する!」

急に忙しく動き出した二人が、それぞれ伝声管みたいなものに何か言ったかと思うと、すぐさまウーバルセットの解体に取り掛かった。

さすが、オレの手際と段違い。まるで元からパズルのパーツであったかのように、各部位が分けられていく。


「オレの収納……袋は劣化しないから、ひとまず入れておくね!」

「そんなものがあるのか! 欲し……いや目玉の飛び出る値段だろうなあ。あ、ショクラの準備ができたぞ! ちょっと手が離せない、自分で入れられるか?」

料理人はやっぱりこんなものだろうか。最初はある程度丁寧に接してくれていたように思うけど、ウーバルセットを前に、完全に素が出てしまっている。

「教えてくれたらできるよ!」

「準備してある! ショクラに湯を注いで濾すだけだ!」

見れば分かるだろうかと、準備してくれていたキッチン台を見てみれば、ショクラと思われる黒い粉と濾紙、小鍋には湯が沸かされていた。


そのまんま、濾せばいいだけだろうか。オレのために作ってくれようとしていたから、一人分だろうと見当を付け、黒い粉にマグカップ1杯分程度のお湯を注いだ。

多分、紅茶みたいに待った方がよかろうと、数を数えながら再びパーツ分けされているウーバルセットの収納に向かう。

「――120、もういいかな!」

苦いらしいし、2分待てばいいだろう。オレがもう待ちきれない。カップの上に濾紙をろうと状に折って設置し、そうっと慎重にショクラ液を注いだ。


「……いい香り」

ふわっと漂うのは、ココアのほろ苦く深い香り。甘そうに感じるのは、チョコのイメージが強いからだろうか。少しずつ濾されていくショクラ液は、コーヒーよりもずっとどろりとしている。見た目だけで言えば、チョコを知らないと飲もうとは思えない代物だ。

「あ、もしかしてプレリィさんが言ってた『毒みたいな飲み物』ってこれじゃない?!」

確かに、見ようによっては毒物みたい。待ちきれずにスプーンにすくってひとくち!


「――っ!! にっっがい!!」

いや無理! すんごい苦み! これに砂糖が加わったとて、飲めるだろうか。

オレの悲鳴に気付いた料理人さんが、慌ててこちらへやってきた。

「もう飲んじまったか、ほらな、苦いだろ。大人でもここにミルクは足すんだぞ? ストレートで飲むのは渋い大人の嗜みってやつだ」

カップを取った料理人さんが、黒いどろどろを眉をしかめてこくりと飲み、オレにウインクしてみせる。

見ているだけでお口が苦くなってきそう。美味しくないでしょう? どうしてわざわざ苦いまま飲むの。


うええ、という表情が思い切り顔に出ていたらしい。苦笑した料理人さんがオレ用に、とミルクにスプーン一杯ほどのショクラを落し、たっぷりの蜂蜜を加えたものを作ってくれた。真っ白よりは微妙にベージュ色をしているだろうか、くらいのほぼ蜂蜜ミルクだ。

「ありがとう。……おいしい」

けど、さすがにこれは子ども向けすぎる。せめてコーヒー牛乳くらいの色合いで飲めるようになってみせる。


「解体、終わったぞ!」

もう?! 慌てて戻ってみると、いつの間にかそこは料理人さんでごった返していた。

「アッゼ様にお出しするんだろ? 焼くだけで十分だ、パンにもよく合う」

言いながら解体の時に出た切れ端を焼き、指でつまんでオレの口に突っ込んだ。指、熱くないの?! ちなみにオレの口は熱いんですけど!!


はふふっ、と熱を逃がしつつ噛み締めたのは、本当に切っただけのお肉だろうか。

「やわらか……?!」

たとえは微妙かもしれないけど、まるで高級ソーセージの中身みたいに柔らかく、繊維を感じない。きっと、スプーンでも食べられる。信じがたい歯切れの良さに、じわわっと染み出す上品な脂。

「どうだ? ステーキとして焼くなら、思い切り塩味を強くすると肉が引き立つ。だがパンと一緒に食べるなら、パンの塩気があるからな。煮込みの方が向くか、焼きなら甘味のソースがある方がいいか……?」

思案しだした料理人さんに、首を振った。


「ううん! ちょっと予定変更! 少しだけ厨房を貸してね!」

煮込みもソースも美味しそうだけど、新鮮なお肉を味わうなら、やっぱり塩がいい!

それに、朝だしね……この世界の人は気にしないけど、朝はやっぱり多少、サッパリした味付けの方がいいように思う。焼いた肉なんて出そうとしておいて、今さらだとは思うけど。

「きっと、カロルス様やタクトたちも好きだろうな」

舞は疲れたけど、ウーバルセットの洞窟、確保しておいてよかった! 

きゅっとエプロンを締め、さっそく調理に取り掛かったオレを、心配そうな料理人さんたちがわらわらと囲んでいた。





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ハーピバースデートゥミ~~

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