第605話 フルコンボ

「いいか、動くなよ? ここで大人しく待ってろ」

「うん」

「洞窟へ点検に来る奴らが、どこへ転移してくるか分からねえ。だから、この場から動くな」

「うん」

アッゼさんがさっきから同じ事を何度もオレに言う。その全てに素直に頷いているっていうのに、なんでそう繰り返すかな。

アッゼさんが洞窟点検に派遣される人を確認しておきたいって言うから、ちゃんと待っているって言っているのに。


「いいか、ここから出るな。シールドから常に1mは離れていろ」

パチンと指を鳴らすと同時に、オレたちの周囲にシールドが張られたのが分かる。オレもそうだけど、アッゼさんも割と無詠唱で何でもやっちゃうよね。

アッゼさんは何と言っても転移が得意だし、何かに特化すると他が苦手になるのかと思ったけど、そうでもないみたいだ。特殊なのはバルケリオス様くらいなのかな。


「シールド張らなくても、シロたちもいるしモモだって張れるから大丈夫だよ?」

オレ自身は疲れ切っているけれど、召喚獣たちはそれに引きずられたりしない。こういうときって本当に便利だ。

「誰がお前を守るためっつった。お前がふらふら出ていかないためのシールドだからな!」

え? ……ホントだ、これオレも弾かれる。

「もう! オレ疲れてるんだからどこか行ったりしないよ!」

「本当だな? 連れ去られるのも、無意識でもナシな!」

連れ去られるのは仕方なくない?! 連れ去る側に言ってよ! それに、これだけ言われて無意識にふらふらどこか行ったりするわけない。

オレは仏頂面で早く行けと背中を押したのだった。


「はあー、もうちょっと探検もしたかったけど、身体がついて行かない~」

シロのサラサラベッドに顔をすりつけ、ぐったりと身を横たえる。

今日は、あとウーバルセットで焼き肉をして、あの食べられる木も探す予定だったのに。

「お腹空いたけど焼き肉をする元気がないかも~」

だって解体しなきゃいけないもの。これはもう、諦めてミラゼア様のところに持ち込んでしまおうか。そうすればみんなで食べられるもんね! 入手先は……そう、アッゼさんが獲ってきてくれたことにすればいい。


「ピピッピ?」

小さなくちばしが、つん、とオレのほっぺをつついた。

「ティア、なあに?」

くりっと首を傾げて尾羽を上下させるティアは、探そうか、と言ってくれてるみたい。

「探す……? ああ! そっか、ここ森だもんね! あるかもしれない!!」

食べられる木、確かペリンダって木だ。オレの将来のお庭に植えられるような木だといいな!

さっそくティアにお願いすると、任せろと言わんばかりに胸を張って飛び出して――。


「ピピッ!」

視界から消える前に降り立ってしまった。もしかして、そんな近くにあったの?

疲れた身体を叱咤して起き上がると、いそいそとティアの元へ駆け寄った。

「いたっ?!」

ゴン、と鈍い音と共に額に痛みが走ってうずくまる。

『シールド、やっぱり必要だったわねえ』

『主、俺様さすがに悲しいぜ』


これ、アッゼさんのシールド……。

知らぬ間に指定範囲を抜け出そうとしていたらしい。

「え、だってすぐそこだよ?! 別に良くない?!」

もう目と鼻の先ってやつだ。森のど真ん中なので木も草も生い茂っていて、ここからじゃティアが示す木がどれなのか分からない。

動くなっていうのはこの辺りから離れるなって意味なんだから、目視できる範囲内で多少位置がずれたところで問題はない。


だけど問題はこのシールドだ。オレの目印用だから、さほど強度はないし、普通に破れると思う。だけど、これ破っちゃうとアッゼさんにバレるような気がする。

「うーん下からはどうかな? そこまでシールド続いてる?」

『それはなさそうね。地上部だけのお手軽シールドみたいよ』

なら、穴掘り決定だ! ぺたんと手を着いて、土魔法でシールドを越える分だけトンネルを掘る。簡単、簡単、と思ったら少々コントロールを間違ってズドンとペリンダまで一直線のトンネルができてしまった。

ミリミリと音をたててペリンダらしき木が倒れるのから目をそらし、やっぱりオレの身体はお疲れだったみたいだと納得する。ペリンダに興奮してへとへとなのを忘れていたよ。


「よし、とりあえずペリンダを確保したらちょっと休もう」

料理に使うのは後でいい。動きの遅い身体にもどかしくなりながら、もそもそとトンネルを進んでペリンダの側までやってきた。

「わあ、面白い! 木っぽいのにぺりぺりめくれちゃう!」

高さはカロルス様2人分くらいだから4mほど、幹は太いところでもオレの両腕がまわせるくらいだ。一見、普通の木みたいなのに、まるでキャベツみたいに皮がめくれてとても軽い。外皮は木そのもので硬かったけれど、その内側はお店で食べたものとよく似ていた。これを調理して食べるんだね!


「葉っぱもしっかりついてるし、花は……あった! あとペリンダラーバってどの部分なんだろ? 実があるのかな?」

ペリンダラーバはミンチ肉みたいだった。あんな肉っぽい実があるのなら、カロルス様の食事を全て植物由来にしてしまうことができそうだ。それが野菜嫌い克服の一助になればいいよね! 果実は野菜じゃないだろうけど。

そんなことを考えつつ実がないかとあちこち枝を掻き分けてみる。


「ひゃあっ?!」

思わず大きく飛びすさってシロの首にしがみついた。今、今……あまり見てはいけないものがあった気がする。

『な、なんだよ主?! 怖いもの? 怖いもの?!』

へっぴり腰のチュー助が必死にモモの後ろに隠れている。怖いものと言えばそうなんだけど、恐ろしいものではないかな。

意を決して再びそこを掻き分けてみると……

「やっぱり、いたぁ……でっかい」


オレ、畑仕事していたから普通につまめるよ? だけど、好きではない。それも、こんなつまめない大きさだとなおのこと。

『虫じゃん! 主、虫なんかにビビるとは情けない!』

正体を見た途端に強気になったチュー助が、棒きれでそれをつんつんとつついた。チュー助と同じくらいあるそれは嫌がってうねうねと身体を波打たせながら移動していく。

茶色い巨大芋虫。なんとも立派なサイズだけど、魔物の気配は感じないので普通の虫なんだろう。


だけど、オレのペリンダを食べるのなら容赦はしない。たとえ先に食べていたのが芋虫さんだとしても!

おっかなびっくり折り取った枝の方へ移すと、そうっと持ち上げた。

「うわ、重っ」

ペリンダの枝自体は軽かったから、手に掛かるずしりとした重みは全てこの芋虫によるものだろう。刺激しないよう静かに離れた場所へ移そうとじりじり進んでいると、シロが耳をぴくりとさせた。


『ねえゆーた、それいらない? すてるの?』

捨てるというか、魔物でもないなら他所へ移動していただけばいいかなと思ったんだけど。物欲しそうにしているから、もしかして食べたいのだろうか。

『それならぼくも欲しいし――』

やっぱり? と愕然とした時、足裏に振動を感じた。え? と視線をやったのと、オレの足首が掴まれたのは同時だった。

『――他のひとも欲しいって言ってるよ』

にこにこしながら言うシロの声は、上から聞こえた。


足首を掴まれた瞬間、ずるりと足が滑った。地面の、下へ。

な、なになになに?! 

まるで突然足の下に急斜面ができたように、オレは引きずり込まれていった。

まずい、これはまずい。このままでは――

『主、フルコンボだ!』

『お見事ね! 回収率100%だわ!』

呑気な両肩の声に頭を抱えたくなった。


このままでは……オレはその場から動いて無意識にふらふらしてシールドの外へ出て攫われたことになってしまう!!!

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