第604話 功労賞は誰に

瞬くことも忘れた紫の瞳に、星々の煌めきが映っている。

一心に見つめる先は、小さな人影。

大きく振り返った動作に伴い、衣装がふわりと翻り、ほのかに光を帯びた白髪が流れる。

周囲の星々を身体でかきまぜ、光がゆったりと渦を巻く。

銀河の中心で舞う白い人影は、優しい光を帯びて星よりなお輝いていた。いや、星々のきらめきはその人物が輝けるからこその反射であろうか。


滑らかに流される視線は壮絶な艶をもって、知らずアッゼの鼓動を速くしていた。

半眼に伏せられた瞳を、どうにかして覗き込みたいと、その瞳に映り込みたいと渇望した。

ああ、その装飾がなければ。目元を隠すそれをはぎ取ってやりたい。

呼気の音すら拾おうと、露わになっている小さな唇を凝視している己がいた。

一瞬、天を仰いだそれはわずかに開いて吐息を漏らし、のけ反った白い喉はどこか贄を彷彿とさせた。


こくり、と動いた自分ののど仏に、アッゼはハッと意識を浮上させた。

――あっぶねえ、なんだよこれ。なんだっつうんだよ。

これが、これが『天使』か。

どうしようもなく目を奪われるそれに、心を持っていこうとするそれに、ぐっと拳を握って深呼吸した。

己を持って行かれるのは、並び立つ資格を捨てたと同義の気がしたから。

――半端ねえ。冗談じゃねえよ、ロクサレン……何を隠し持ってんだよ。


ともすれば歓喜に震える心を叱咤して、挑むように非現実的な舞いを睨み付ける。

アッゼは天使教を知っている。ほんの下心で魔族の国に持ち込んだのは、他ならぬアッゼだったから。

――本物の、天使じゃねえか。

天使がいるかどうかなど、どうでもいい。ただ、『天使教』の天使は存在した。今ここに、目の前で惜しみなくその姿を晒している。

天使教の本物は、ここにいるこれだ。


――あーあ、なんで俺にバラすかなぁ。

当然、ロクサレンはこのことを知っているだろう。だけど、アッゼは部外者だ。

――消されなきゃ良いなぁ、俺。

割と本気でそう思った時、つい先日胸を貫いた言葉が蘇った。

「守る、かぁ……」

ぽつりと呟いて、知らず口角を上げる。そして、ふと考えた。


――もしや、ヤツの中では俺って身内なんじゃね? もう庇護下に入れられてるんじゃね?

「へえ。ふーーん」

アッゼは口元を押さえて視線を彷徨わせ、表情を取り繕う。

――なんだよ、それ。このアッゼさんを身内だなんて、生意気なんじゃねえ?

だけどまあ、天使の翼の下で守られるのは、やぶさかではない。

再び上げた視線はぴたりとユータを見つめ、しかし、もう心ごと奪われることはなかった。


*****


疲れた。やっぱり舞いってすごく疲れる。

舞ってる時はあんなにうっとりして楽しいのに。

長い吐息を吐いて、アッゼさんを探す。洞窟内は地の魔素に充ち満ちて、他の精霊もきっと戻ってくる。再びダンジョン化するより、きっとオレの寿命の方が早いんじゃないかな。


「……お前」

戸惑うような小さな声に、パッと振り返った。はずみで装飾がシャラリと涼やかな音をたてる。

「どうだった? オレ、いっぱい練習したんだよ! ちゃんと地の魔素増えたでしょう」

にっこり微笑むと、アッゼさんの表情が目に見えて寛いだ。

「……やっぱ、お前だよな! ぽんこつのユータに間違いないよな! ったく、緊張させんなよ」

それはオレじゃないです。オレは普通のユータです。

むっと頬を膨らませていると、むしり取るように頭の装飾を引っぺがされた。


「あ、ちょっと! カン爺さんたちが作ってくれた大事なものだよ!」

良好になった視界で紫の瞳を睨み付けたのに、アッゼさんはどこか安堵したように笑った。

「それ、つけてると落ち着かねえの。衣装も早く……あ、やべ」

アッゼさんが何かに気付いたようにたらりと汗を流した。

「それどころじゃねえ、誰か来る前に早く出るぞ! ど派手にやらかしやがって、お前の正体バレたら殺される! 俺が!!」


にわかに慌てだしたアッゼさんに小首を傾げる。

「やらかしって……誰にも見られてないでしょう? どうして誰か来るの?」

それに、誰か来るにしてもこの人里離れた場所までは相当時間がかかるだろうに。

「見られてんだよ!! あんな派手なことしたら、まず絶対にな!!」

「大丈夫だよ、レーダー……索敵魔法でも、誰もいないよ」

疲労感からのろのろと衣装を着替え始めたオレに、アッゼさんは焦燥を隠せない。

「人じゃねーの! 魔道具!!」

「……えっ?」

「遠方のダンジョン化懸念地は、魔道具で監視してんの!!!」


魔道……具? 監視? それってあの、監視カメラ的な……?

「ど、どこにっ?!」

言いつつレーダーにうっすら反応があるのを確認できてしまった。そうか……あれ魔道具だったのか……。ダンジョンなら罠も含め、薄い魔力反応なんてザラにある。だけど、ここはまだダンジョンじゃなかった。

「ど、どうしようアッゼさん。あ、だけどよく考えたらオレって地の精霊舞いをしただけだよ? 別に見られてもよくない?」


風の精霊舞いなら、今や王都で舞える人はたくさんいる。世界のどこかに地の精霊舞いを覚えている人だっているだろう。うん、大丈夫な気がしてきた。

「絶ッッ対、大丈夫じゃねえ! 天使が来たって騒がれるに決まってるだろうが! てか、急ぐぞ!」

どうして精霊舞いと天使が結びつくんだろうか。やれやれと一安心しているオレは、焦るアッゼさんに両手を差し出した。

「抱っこ」

「は?! なんで急に……いやもう構うか!」


かっ攫うように抱え上げられ、次の瞬間には強烈な光に目を閉じた。

「眩し……! ここどこ?」

「そんなに離れてねえよ、森ん中だよ」

徐々に慣れてきた外の光に、うっすらまぶたを持ち上げてみる。随分眩しいと思ったけれど、どちらかと言えば薄暗い森の中みたいだ。


「はー、とんでもねえ異変引き起こしてくれやがって」

「それなんだけど、監視の魔道具ってどんなの? オレ、ばっちり映ってるのかな」

あんまりはっきり映っていると恥ずかしい。それにしても、やっぱり魔族の国は魔道具が発展しているんだな。そんな魔道具は聞いたことなかったよ。

「当たり前だろ、結構な機密事項だぞ。あと、転移の魔道具もな」

監視の魔道具は、中継地点を挟まないとあまり遠くまで効果は及ばないし音も拾えないらしい。だけど、もしそれが改良されて他国まで盗み見できるようになればとんでもないことになる。本来オレにも言うつもりはなかったらしい。


そしてアッゼさんがあんなに焦っていたのは、転移してやって来た人と鉢合わせたら弁解のしようがないからってことみたいだ。どうやら監視の魔道具画像はさほど鮮明ではなく、少なくともオレの顔が分かるようなことはないって話だ。

「転移の魔道具ならオレたちのところにもあったけど、わざわざここを登録してあるの?」

きっと、オレたちの所みたいに転移がそこまで貴重ではないんだろうな。

「俺が協力して作った、もっと利便性の高いものがあんだよ」

詳細は言わなかったけれど、オレが渡されたような1つの魔道具で1つの地点というわけではないらしい。一応それも機密事項らしいけれど。

アッゼさん……実は割と偉い人だった?! 驚愕の事実に目を見開いていると、どう見ても重要人物だろ、なんてむくれながらオレを地面に降ろそうとする。


すかさずぎゅっとしがみついて離れまいとすれば、困惑の視線が向けられた。

「な、なんだよ。急に幼児ぶるんじゃねえよ」

「違うよ、疲れたの。オレ、もう歩けないからこのままで」

だって、頑張ったでしょう? ちゃんとダンジョン化を防いだ功労者なんだから、敬われてもいいはずだ。正直歩けないほどではないけれど、全身を包む倦怠感は相当なものだ。


「本日最大の功労者は、絶対俺じゃねえかって思うぞ……」

アッゼさんはそう呟いてため息を吐いたのだった。

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