第603話 いいもの、見せてあげる
「ねえチュー助、地の精霊さんってどんな姿が多いの?」
様々だとは聞くけれど、風の精霊さんは大体が鳥の姿をしていたし、火の精霊はサラマンダータイプが多いって聞いた。上級精霊ともなれば人型で、シャラみたいに動物型をとることもできるみたい。
『俺様、地の精霊に知り合いはいないもん! けど、確か地の精霊は割とそこらにいるけど見つけにくいって聞いたような……?』
あんまり役に立たないなあ。せっかく精霊繋がりがあるかと思ったのに。
『主、今絶対俺様のこと馬鹿にした!!』
「してないよ! 多分! 気のせいじゃない?」
またしょぼくれそうなチュー助をアゲハに任せ、まだ難しい顔をしているアッゼさんへ駆け寄った。
「地の精霊って見つけるの難しいんだって! ねえ、異変の原因って分かりそう? 今分かってることだけ報告すればいいのかな?」
原因は分からないけどこれといった有害事象も起こってないし、急いで調査の必要もなさそうだ。
ウーバルセットが出て来ないんじゃ、ここにいたって仕方ない。この後はお外でペリンダを探す予定なんだ! お店で食べた、全部食べられる木ってやつだ。
この辺りに生えているけど、見つけられるかは分からないってアッゼさんはあんまり乗り気じゃなかったけれど、こちらにはティアがいる。そこにあれば絶対に見つけられるんだから!
「ま、そーだな。魔素が薄くなるのは精霊が弱った証拠って言うからな。早く出た方がいいかもな」
「そうなの?! だったら、助けなきゃいけないんじゃない? どうして早く出た方がいいの?」
小首を傾げるオレに向け、アッゼさんはニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「なんでかっつうと――」
そっと耳元に唇を寄せ、思わせぶりなささやきが吹き込まれる。
「それが、『ダンジョン化』のきっかけ……だからだ」
「だ、ダンジョン化?!」
大きく目を見開けば、アッゼさんは重々しく頷いてみせる。
「それって大変なことだよね?! ど、どうしよう!」
焦って見上げたアッゼさんは、なぜか嬉しそうに胸を張った。
「大丈夫、なんせこのアッゼさんがついて――」
「だって、ダンジョン化したら……ウーバルセットがいなくなっちゃう!」
そっちかよ! なんてツッコミを聞き流し、オレは必死に考えを巡らせる。
ウーバルセットたちはダンジョン化しそうだから、逃げだしていたのか。それはマズイ。これはマズイ。だってオレ、人知れずウーバルセット狩りができる場所はここしか知らないもの。今後こっそり狩りにくるつもりだもの。
「アッゼさん! 地の精霊が元気なら、ダンジョン化しないんだよね?!」
「え? おう、そうなんじゃね? 詳しく知らねえけど」
ならば、オレがやることはひとつ。訝しげな彼に、にっこりと笑みを浮かべてみせる。
「……その顔、なに」
アッゼさん。それ、この爽やかな笑顔に向ける視線じゃないよね?
幸い、ここは洞窟の最奥。人はいないし、またとないチャンスだ。
「いいもの、見せてあげる!」
オレの満面の笑みに、アッゼさんはなぜか盛大に顔を引きつらせた。
「――これでよし、と。どう? すごいでしょう」
「……なんで俺、突然そんな格好見せられてるわけ? なんだよその派手な格好。嫌な予感がビシバシするんだけど、何なの? お前、人に見られてマズいことすんなよ?!」
「大丈夫、マズいことじゃないよ。……多分」
いつまでも不安そうな顔をするアッゼさんに、少々頬を膨らませた。ちゃんとレーダーで確認して、人がいないことも確かめた。
誰にとっても、きっといいことだよ! ……多分。
「じゃあ――しばらく邪魔しないでね」
すう、と息を吸い込み、姿勢を下げて目を伏せる。長く細く、息を吐きながら心を研ぎ澄ませていく。
「邪魔ってなんの――」
言いかけたアッゼさんが、息を呑むのが分かった。
ピン、と場が張り詰めたのを感じる。
……場は、整った。さあ、始めよう。
オレの身体で描く古の魔法、地の精霊に捧げる奉納の舞いを。
オレは、衣擦れの音と共にそっと立ち上がった。微かに持ち上げたまぶたの隙間からは、白いまつげが視界を縁取っている。
くる、くるり……
ゆったりとした大きな動きから、徐々に速く、鋭く。奉納の舞いは、どれも基本は同じ。
小さな体をめいっぱい大きく使って、華開くように腕を上げる。
装飾がチリチリと鳴り、上等の布が擦れ合う涼やかな音がする。こんな微かな音が十分に聞こえるほどに、周囲は静かだった。
は、と漏らした吐息を流すように、肩から指の先まで視線を滑らせる。
気付けば、暗い洞窟の中でオレの周囲がほの明るくなりつつあった。
この光は、どこから来ているんだろう。ぼんやりし始めた意識の中で、もしかしてこれってオレが光っているんだろうか、なんて考える。
やがて、淡い光の中にきらきらと輝く粒子が混ざり始めた。
下から、上から、横から、わき出るように浮かび上がる小さな結晶は、ほのかな光を乱反射して虹色の輝きを生み出していた。
きれい……。
薄れてくる意識の中で、恍惚と唇に笑みを乗せる。
オレの衣装に、真っ白な髪に、肌に、ダイアモンドの輝きが宿ったみたい。
夜空の中で舞っているみたい。
精霊さん、ほら、大丈夫だよ。
オレ、ちゃんと元気づけられているでしょう?
オレの動きに合わせて光の粒が揺らめいて、一際大きくゆらりと動いた。
同時に、天井からすうっと岩壁が切り取られた。
地面から、岩が浮き上がった。
ああ、そこにいたんだね。
土壁色のエイのようなそれは、アルマジロのようなそれは、見る間に水晶のごとく煌めき始めた。
良かった、ちゃんといてくれた。ちゃんと、間に合った。
オレの周囲を共に舞う地の精霊によって、舞いの魔法陣が本来の形を成していく。
ありがとう、一緒に完成させよう……完全な地の舞いを。
息を吐き、タタン、と大きく跳躍して空中で身体を捻る。
完成を確信した舞いの場が、歓喜に震えるのを感じた。
ふわりと広がる衣装と共に、再びタタン、と足を鳴らして着地する。
これで、終わり――。
オレはほんのりと残念な気持ちを胸に、大地に両手を着いた。
その瞬間、波紋のように光が広がっていった。
パキ、パキキ――
オレの周囲に輪を描くように、音を立てて透明な結晶が林立していく。
ああ、終わってしまった。オレの舞い。
まだゆらゆらした意識の中で、小さく伏せた視界に動く者が映る。
え、と目を瞬くと、ぼうっとしていた意識が急速にクリアになっていく。
顔を上げて立ち上がると、周囲の結晶はリィンと硬質な音をたてて光の欠片となっていった。
こちらを覗き込んだ半透明のアルマジロが、心地よさ気に光の欠片をその身に受けている。
「地の精霊さん? かわいい……どう? 元気になった?」
つい両手を差し伸べて抱き上げてしまったけれど、きらきらと結晶を背負ったアルマジロは大人しくしている。アルマジロみたいな姿だけど、小さい。子猫くらいのサイズだ。
同じく優雅に周囲を漂うエイも、岩壁色から煌めく水晶のようになっていた。
『ヒトの子、すごい』
『元気になった、すごく、きらきらする』
どっちがどっちの声だか分からないような、曖昧な思念じみた声が聞こえる。
『ありがと、ありがと。前よりずっと強くなれた』
『ありがと、消えずにすんだ』
嬉しそうに弾む声は子どもみたいで、オレもふんわり微笑んだ。
「よかったね。どういたしまして」
アルマジロはぱち、とアメジストのような瞳を瞬いたかと思うと、腕の中からするりと抜け出した。
同じく、ひらりとはためいたエイが天井に貼り付いた。
その姿がみるみる地面に、天井に溶けるように見えなくなっていく。
『じゃあね、ヒトの子、またね――』
おぼろげな声が、最後にそう聞こえた気がした。
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