第601話 まろやかな攻撃

暗い洞窟の中で、白銀のきらめきがちらちらと視界の中で飛び跳ねる。

『あのねえ、まだいっぱいるよ! いい匂い、いいお肉だね、楽しみだね!』

シロはご機嫌な足取りで衛星のようにオレたちの周囲を回っている。もはや彼にとってウーバルセットは魔物ではなくお肉だ。匂いを覚えただろうし、またひとり散歩の時に堪能するんじゃないかな。

ただ、今日仕留めるのはオレの役目。シロもオレが狩る方がお肉が美味しく、可食部が多いと学んでいるので手は出さない。


『さんぽの時、おれも行く』

『ホント? じゃあ一緒に行こうね! ぼく、チャトに乗りたい!』

『無理』

うん、さすがにシロは無理でしょう。チャトの倍くらいあるからね。

即座にお断りされて一瞬お耳がへなりとなったけれど、シロのご機嫌が下降することはない。再びピンと持ち上がった耳としっぽが、楽しげに揺れている。

2人が散歩の約束をするなんて珍しい。多分、チャトもシロの鼻頼りでウーバルセットを狩りに行きたいんだろうけど。そう言えばチャトって戦闘できるんだろうか。


「チャト、怖い魔物がいるかもしれないから、シロから離れちゃダメだよ?」

オレの内と外で会話する2人に、一応釘を刺しておく。王都やハイカリクの近辺ならそうそう強力な魔物が出るなんてことはないけれど、ここは魔族の国だ。それも、ウーバルセットがいて、かつ人がいない場所なんて辺境になっちゃう。

『おれも強い』

『チャト、ばりばりってできるよ! ぼくも離れないから大丈夫!』


ばりばり? ひっかくってことだろうか。

チャトはシロより小さいとは言え、ジャガーくらいはある。そこらの魔物よりは強いだろうし、外では基本飛んでいるから大丈夫だと思っていたけれど、辺境の魔物なんて何がいるか分からないもの。

どう伝えようかと悩んでいたところで、チャトがふわっとオレから抜け出し、胸を蹴って前に着地する。


『見てろ』

小さな獣は不満そうな瞳でオレを振り返り、トトッと走った。

「あっ! チャト、危ないよ!」

追いかけようとしたのに、首筋をむんずと掴まれ阻まれてしまった。アッゼさん、またオレが走り出さないかと目を光らせているから。

「走んな。なあお前の召喚ってどうなってるわけ? 身体に召喚陣でも刻んでんの? それに召喚の無詠唱とか見たことねえんだけど」

遠慮無くオレの服をまくって、首を傾げている。もう、今はそれどころじゃないの!

『ぼくもいるから大丈夫~』

慌てるオレを尻目に、シロはスキップしながら前を行く。

そ、そっか、楽しそうだね……大丈夫らしい。


「アッゼさん走って! チャトが見えなくなっちゃう」

「呼び戻せばいいだろ。召喚獣なんだから」

「そういうのじゃないの!」

言いつつぐいぐい手を引いて走る。シロがいるなら大丈夫だろうけど、ここって恐ろしい魔物はいないんだろうか。そう言えば洞窟に入ってから見かけた魔物はウーバルセットしかおらず、ゴブリンすらいない。


「この洞窟は、ウーバルセットしかいないの?」

ダンジョンほどたくさん魔物が出るわけじゃないとは知っているけれど、それにしたってもう少し虫系やねずみ系の魔物がいてもおかしくないだろうに。

「ここは言わばウーバルセットの巣だからな。他の魔物がいる方がおかしいだろ、食用の飼育下と違って野生はそこそこ強いしな」


家畜化されたウーバルセットがいるなんて初耳だけど。

もっと小型で大人しく、一般敵に出回っているのはこちらがメインらしい。

「え……それなら、家畜化されたやつのお肉を買いに行けば良かったんじゃ……」

「お前、それでいいわけ? お前のことだから勝手にこっそり狩りに行くだろうと思ってなー」

鼻で笑って見下ろされ、咄嗟に反論しようと睨み上げる。


そんなわけないよね、お手軽に買えるなら普通に買うよ! お店ならこっそり行く必要もない。

美味しかったらいっぱい欲しいな。だってカロルス様たちが食べるなら大量に持って帰らなきゃだし。だけど、割とお高いらしいからあんまり買えないかな……。

でも大丈夫、お肉の匂いさえ覚えれば、こちらにはシロという探知機がいる。しかも、家畜化されたやつは野生より味が落ちるらしいから、ぜひとも――……。


オレはそっと口を閉じて、視線を逸らした。


『結果は火を見るより明らかだったわね』

『ゴブリンとドラゴンの決闘、ってヤツだな』

両肩でふよふよ、ぺちぺちとほっぺに軽い衝撃が響く。

前方から響いたウーバルセットの鳴き声に、これ幸いとアッゼさんの手を引いて走り出したのだった。


『遅い』

勝手に走って行ったのに、チャトはゆらゆらしっぽを揺らして不服そうだ。

割と広めの通路の真ん中にちんまりと猫サイズチャトが座り、どうやらオレたちを待っていたらしい。

『チャト、まだ~? ぼく、もう限界だよー!』

「ウーバルセットゴア……?!」

アッゼさんの視線の先には、なるほど血走った目で凶暴な声を上げ、四肢を振り回す巨体があった。本日二度目の遭遇だけど、ウーバルセットばかり見ていたせいで随分大きく迫力を感じる。


ただ、ゴアの首根っこはがっしりとくわえ込まれていたけれど。

むん、と四肢を踏ん張るフェンリルは、暴れるウーバルセットゴアをものともせずに抑え込んでいた。

だけど――

『げんかい~! むり~~!!』

その声が既に半泣きだ。くわえ込んだ口元は、ぼたぼたと滴る血液……ではなくよだれで大洪水になっている。何が限界なのか推して知るべし、だ。


『いいぞ』

チャトの声と同時に、ぱっと離された牙。瞬時に体を翻したウーバルセットゴアは、恐怖と怒りがない交ぜの瞳で走り出す――当然、シロから離れるように。チャトと、オレたちの方へ。

あ、と思った時には、既にチャトが飛び出していた。それも、小さいままの姿で。


「チャト!!」

オレが先に仕留めようとした時、蘇芳に思い切り髪を引っ張って止められた。

『見せたいって言ってる』

「だ、大丈夫なの……?」

ちなみにシロはと言えば、切ない瞳で名残惜しげに口周りをべろりべろりとなめ回している。


とりあえず先にオレの頭皮が大丈夫じゃなくて涙目だ。

滲んだ視界の中で、文字通りふわりと浮き上がったチャトが翼を広げた。

パリリ、とオレンジの翼が煌めいた気がして目を擦る。

邪魔だとばかりに払いのけようとした魔物の手を難なく躱し――小さく華奢な前肢が素早く繰り出された。 

ひゅっと風を切って閃くは……ねこぱんち! 

思わず崩れ落ちそうになったオレの目の前で、あまりにもささやかな一撃を喰らった魔物は……悲鳴をあげた。


「えっ?」

ねこぱんちで? 目を点にしたオレの心中も知らず、ウーバルセットゴアとチャトの熱いバトルは続いている。

音にすれば、「ぺい、ぺぺいっ」とでも表現したくなるような軽いねこぱんち。だけど、魔物はその都度身を震わせて悲鳴をあげている。

まさか、魔物がノリ良く演技しているわけでもあるまいに、一体なぜ? 疑問いっぱいでチャトを注視すると、いつもよりオレンジの毛並みが鮮やかな気がする。そして、時折パリパリとスパークが走っている気が……。


「もしかして、雷をまとってる?」

「雷撃は、グリフォンの得意ワザだな。もっと、フツーにサンダーと同等の感じだったと思うけど」

そうなの? 亜種ってことにしているけど、グリフォンらしいところもあるんだね。どうやら、戦闘に関しても心配はいらなかったらしい。

何度目かのねこぱんちが炸裂した時、痙攣したウーバルセットゴアは、ついに地に伏したのだった。



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ルー:現実的でない大きさ

シロ:大型のトラくらい

チャト:ジャガーくらい

蘇芳:子猫くらい

モモ:手の平大

チュー助:ねずみ

ラピス・管狐・アゲハ:人差し指くらい


の、イメージです!! なろうさんの1話目に実寸大の画像あります(羊毛ですが)

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