第600話 オトナとコドモ
「――やあっ!」
ひゅ、と思い切り振り抜いた両の短剣は、まさに長剣で斬ったような軌跡を残してオレの背中にまわる。瞬間、逆手に持ち替えたそれを目の前の獲物へ突き立てた。
たまらず体勢を崩した魔物を蹴って、大きく距離をとる。柄まで埋まった短剣も、強めに魔力を流せばすぐさま引き抜くことができる。地球ではどうして筋力以外使えるものがなかったんだろう、不公平だ。
どう、と倒れた魔物が動かないことを確認して、肩の力を抜いた。
「ふぅ。思ったより、大きいんだね」
せっかくだから、このまま血抜きして収納しよう。オレ一人で解体するには、少々大きすぎる。
「ふぅじゃねえよ?! お前、魔法使いじゃねえのかよ!」
振り返ると、アッゼさんがすごく引いている、気がする。そう言えばオレががっつり戦闘するところって、見せたことなかったっけ? いや、基本的に戦闘シーンなんて普通は見る機会ないよね。
「オレ、魔法使いで短剣使いで召喚士で回復術師だよ! あ、従魔術師も?」
従魔ってラピスしかいないけど、そう名乗ってもいいんだろうか。
「1人でパーティ網羅してんじゃねえよ?!」
……示し合わせたみたいにラキやタクトみたいなこと言わないで欲しい。網羅はしてない。
「だけど、獲物を仕留める時は基本的に短剣だよ」
だって、血抜きを兼ねられるし、何より魔法よりもコントロールしやすいのがメリットかな。
可能な限り、素早く、確実に。鶏も絞められなかったオレが、随分ためらいなく仕留められるようになったものだと思う。
これは、とても大切なこと。中途半端なことはしちゃいけないから。
「獲物ってお前……フツー、お前の方が獲物だろ。そこらの魔物に負けはしねえだろと思ってたけどさ、アレ倒すと思わないじゃん?! しかも短剣でよ? 魔法使うと思うじゃん?!」
「使うよ、魔法も」
言いながら魔物を洗浄して、収納しておく。
まさか、ウーバルセットがこんな凶暴だとは思わなかった。防御力皆無な見た目のくせに、なんて好戦的なんだ。そして、毛のないホーンマウスって言ったの誰? そしたら大きさだってホーンマウスくらいだって思うじゃないか。
まさか、ヒグマの倍ほどあると思わないよ。
「……ちなみにそれ、ウーバルセットゴアだからな? まあ、味は似たようなモンだけど」
「えっ?」
スッと長い指が通路の奥を指した途端、微かな悲鳴が聞こえた。
「アレがウーバルセットな?」
地面から突き出た石筍に貫かれて息絶えていたのは、確かにさっきのを小型化したような魔物だ。小型と言っても、オレと同じくらいのサイズではあるけれど。
「ああ! そんな仕留め方して?!」
せっかく頂くのだ、心から感謝して美味しく、余すことなく頂きたい。オレの罪悪感を誤魔化す、大切な決まり事なんだから。
オレとアッゼさんは、『後で』の約束通りここへやって来ていた。
そう、ウーバルセットが生息するっていう地方まで転移でひとっ飛びだ。かなり人の住む場所から離れている穴場の洞窟らしく、ウーバルセット狩りのためだけにやって来るには割が合わず、まず人がいない。
なので、『ここなら多少暴れてもいいだろ』なんて言われてしまった。多少不満はあるものの、実際他の魔族がたくさんいると困るのはオレだ。
ちなみに、ここは洞窟であってダンジョンじゃない。ダンジョンになっていないか、定期的にチェックはされているらしい。なんせダンジョンになっちゃうと、危険なのはさておき、ウーバルセットがいなくなるらしいから。
「――だけど、ウーバルセットってもっと奥にいるって言ってなかった?」
オレは小型の……いや、本来のウーバルセットも丁寧に収納して、膝を払って立ち上がる。ウーバルセットは洞窟の奥、地底湖付近にいるって聞いていたんだけど、オレたち洞窟に入ってまだいくらも歩いていないと思う。
見上げたアッゼさんは、少し難しい顔をしていた。ちら、とオレを見た視線に、咎めるような匂いを感じて困惑する。
「チッ……しまったな、トラブル量産機を持ってきちまったから……」
釘は刺されていたのに……と頭を抱える彼にキョトンとしてから、気付いて思い切り頬を膨らませた。
「オレ、何もしてませんけど?!」
ここで何かあったとして、絶対の絶対に、オレのせいじゃないんですけど!!
「うんうん、そう言うよな~、トラブル起こすやつは大抵そう言うんだ~。じゃーさ、このまま帰るか?」
地団駄踏む寸前、え? と首を傾げる。
「帰るって、どうして? 何があるのか確かめなきゃいけないでしょう?」
そもそも、トラブルがあるかどうかも分からない。たまたまお日様が恋しくて出てきたウーバルセットかもしれないし。重大なトラブルがないか確認するためにも、調査は必要でしょう。あとオレのせいじゃないと証明するためにも。その上ウーバルセット確保もしなきゃいけないし。
「ほーらなー! そう言うんだよ、そんで絶対何かあるんだぜ!」
そら見たことか! とわざとらしく顔を覆ったアッゼさんに、つい腹を立ててべしりとお尻を叩いた。
「じゃあ、アッゼさんは帰るっていうの?!」
「帰るわけねえじゃん?」
真顔で即答されて、膝から力が抜けそうになる。
「アッゼさんはトラブルメーカーじゃねえもん。強いし」
「オレだって強いよ! 一緒だよ!」
アッゼさんと話していると、割と腹の立つことが多い気がするのは気のせいだろうか。大人なのに、ちゃんと大人をやってないと思う!
憤懣やるかたなく足を踏みならしていると、そっと顎に添えられた手が、オレを仰のかせる。紫の瞳がこの上なく腹立たしく細められ、ぐっと低くした声が耳元で囁いた。
「一緒じゃねえ~の、分かる? 俺ってオ・ト・ナだから。トラブルをちゃーんと解決できんのよ、俺の、責任で」
にや、と得意げに上げられた口角と、どうだと言わんばかりの流し目。
「全然大人じゃない!! オレの方が大人だよ!」
悔し紛れに声を上げつつ、内心どきりとした。
それは、決定的な違いだった。いつも適当なことを言うアッゼさんだけど、言っていることが正しいと分かってしまう。だけど、それはオレが元大人だったからだ。
そして、現幼児であるオレは、分かってしまっても納得はできないから。
魂がしっかり大人のままだったら、こうはならないんだろうか。ならないんだろうな。
「シロ!」
「ウォウッ!」
心得た、とばかりにオレを背に乗せざまに疾走する神狼は、瞬く間にアッゼさんを置き去りにする。
「あ、ちょ?! またかよ! 待てこら!」
冒険者だって、己の責任で行動できるんだよ。
知ってる、それも形ばかりでやっぱり子どもは守られてしまうってこと。
どうしたってアッゼさんがオレを守ろうとするってこと。
「おまっ……速すぎんだろ?! 止まれって~!」
転移してくるアッゼさんをひらりと躱し、ちょっぴり胸の空く思いをする。
知ってる。こんなことをして、いかにも幼児だってこと。頭の片隅で分かっているけど、だけど。
「だって、オレってコドモ、だから!」
「さっき大人っつったんじゃねえのか!!」
……そうだっけ?
くすくすっと笑ってしまう口元を抑え、我ながら少々呆れてしまった。
だって腹が立っていたはずなのに、さっきの怒りはどこへ行ってしまったんだろうか。
今はただ、楽しい。
コドモ、なんだなぁ。甘えて、怒って、はしゃいで。自分の感情にほんのりと落胆する気持ちもあるけれど、それさえも激しく変化する感情の波に押し流されていく。
シロと示し合わせ、跳躍した瞬間にフッと力を抜いた。ふわ、とその背からはじき出された小さな体は、思った通りにがっちりと抱きとめられた。
「だから、一緒に解決しよ。アッゼさんの、責任で!」
腕の中でニッと笑ってみせれば、思い切り頬を潰された。
「だったら、逃げんじゃねえ~よ!」
はい、ごもっともです。
ぎゅむうと潰れた口の中で、オレはかろうじて『うい』と返事をしたのだった。
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