第599話 離せなくなる

今、この時ばかりは。そう、見栄なんて張らずに目一杯甘えるんだ。

だってもうカッコ悪い所は見せちゃったし、またホームシックにならないようにしっかり補給していかなきゃいけないから。

そう決めて、オレは今全身全霊、渾身の『甘えモード』に入っている。


「いいなあ、ユータひっつき虫。僕のところに引っ付いてもいいんだよ?」

「こんな引っ付き虫ならいくつでもくっつけたいわ……」

エリーシャ様、オレは1人しかいないよ。それに今はカロルス様で手一杯だから。オレがあと2人いたら良かったのにね。

「ま、マリーも……マリーもユータ様成分が足りていないのです。補給が必要だと思うのです!」

うん、あと3人は必要だったみたい。

くすくす笑いはするけれど、この場所は譲らない。

オレは全身でカロルス様にしがみつき、ぴったりとお顔まで寄せて一体化中だ。


ごそりと身じろぎした宿主が、オレを撫でた。

大きな手がゆっくりと頭を滑り、ほっぺと耳を通って首すじを抜ける。くすぐったさにきゅっと首をすくめて見上げれば、その手が今度は前髪をかき上げるようにおでこをなぞりあげた。

良好になった視界の中で、カロルス様は覗き込むように少し首を傾げた。


「交代、するか?」

低いささやき声が心地いい。精悍な顔の中で、ブルーの瞳はいつもよりなお柔らかな光をたたえているみたい。それを見つめて、オレはきっぱりと首を振る。

背後の落胆の声には、少々申し訳なく思うけれど。

再びおでこからほっぺへ無造作に滑っていく手を捕まえ、すりっと頬を寄せた。

大きな手は、まるで木の幹みたいに固い手の平で、こうして頬をすり寄せると少し痛いくらい。


再び硬い胸元へ頭をもたせかけ、今度は胸元へぐりぐりと頭を擦りつける。

我ながら、これはチャトみたいだと思う。

オレ自身どうしてこんなことしてるのか分からないけど、マーキングでもしているつもりなんだろうか。それとも、オレにカロルス様の匂いをつけようとしているんだろうか。


幼児の本能の赴くままに、猫みたいに身体を擦りつける。

なんだか声を発することすら惜しい気がして、押し当てた耳からゆったりした鼓動を感じていた。

頭を撫でる手は、時折耳をつまんでみたり、うなじを滑ってみたり、顎の方へまわってみたり。ちっとも大人しくしていないから、首をすくめたり慌てて引っぺがしたり、オレも忙しい。


ちっとも落ち着けないので、隙あらばオレをくすぐろうとする手を両手で確保した。

本当に、大きな手。

されるがままに大人しくしているカロルス様をいいことに、じっくりと間近で検分してみる。長い指をひとつひとつ、小さな手でにぎにぎ確かめていると、ふとイタズラ心が湧いてきた。

「……っ?!」

びく、と揺れた身体がおかしくて、あむっと勢いよく口へ入れた人差し指を取り出した。

噛んでないよ、痛くなかったでしょう。濡れた指をオレの服で拭ってきゃっきゃと笑った。


「うらやま可愛い。ユータが年相応に見える……僕にも甘えてほしいんだけど」

セデス兄さんがむうっと唇を尖らせて、それこそ年相応、いやそれよりずっと幼く見えた。

「ぐ……し、潮時……ね。マリー、私も、もう……限界が近いの」

ちらりと視線をやると、エリーシャ様がソファーにうずくまって身体を震わせている。それはまるで最終決戦で力尽きようとする戦士のような――ちなみに、マリーさんは既に何かしらの限界を超えたらしく、執事さんが荷物のように部屋の隅へ寄せていた。


「お前、いつもそうやって甘えろよ」

さりげなくすりっとやって見上げると、複雑そうな表情のカロルス様と視線が絡んだ。

どうしてみんな甘えろって言うの。オレ、割と甘えていると思うんだけど。今日のこれは、違うから。幼児の本能が欲しがっているだけで、オレのせいじゃなくて。

「今だけ、なんて言われたら……」

んうっ?! 

一気に肺が押しつぶされて、吐息が絞り出される。空気を取り込もうにも、拘束が強すぎて息が出来ない。


割と、割と本気で危険を感じる寸前の圧迫感は、ほんの数秒で少し緩められた。

「……俺が離せなくなるだろ」

にやりと笑った男臭い顔は、オレを囲い込んだままぐりぐりと顔を擦りつけた。

おひげが、鼻が、顎が、髪が、もう全部がいろんなところをくすぐって、たまらず身をよじって抜け出そうとするのに、しっかり捕まえられて叶わない。

オレは笑いすぎて、もはや涙目だ。


「はな、離して~! あははっ、く、くすぐったい! ほ、ほら、アッゼさんところ、にっ、帰らなきゃ!」

息も絶え絶え、なんとか手を突っ張って逃れようとするオレを、カロルス様はさらにぐりぐりやって意地悪く笑う。

「お前が今だけだって言うからなぁ。なら、離せねえな?」

楽しげなブルーの瞳が、じいっとオレを見つめている。

「あははっ、ふっ、もっ、もう! 分かったから! またする! ちゃんと甘えるから!」

なんとかそう口にすると、やっとぐりぐりがおさまった。

荒い息をついてじっとり睨み上げると、してやったりと言わんばかりの満面の笑みが返ってくる。


「オレ、忙しいからね! そんなにいっぱい甘えられないの! また今度ね!」

つん、と顎を上げて宣言すると、セデス兄さんが堪えきれないように吹き出した。相変わらずよく分からないところでツボにはまるらしい。

乱れた髪と服を撫でつけ、呼吸を整えて向き直ると、じゃあねと手を振った。

しばらくは無理だけど、また来なきゃいけないな。ちゃんと甘えるって約束したから。

今度はセデス兄さんやエリーシャ様、マリーさんと執事さんにも甘えなきゃいけないね。まったく、これじゃあ甘えん坊なのはオレなのか、他のみんななのか分からないね!

オレは緩んだ笑みを浮かべたまま、アッゼさんたちの元へと転移したのだった。



「ただいま!」

一応、ラピスとチュー助を通じて連絡していたけれど、やっぱり心配かけていたみたい。館へ戻っていた2人は、オレを見てホッと表情を寛げた。

「ミラゼア様、急にごめんね! お食事、すっごく美味しかったね! オレでも食べやすかったし、レシピ……は無理だろうから、帰るまでにまた行きたいな! 収納袋に入れて持って帰りたくて!」

そう、オレの収納なら出来たて持ち帰り可能なんだから、タクトやラキにいろんなお料理を持って帰ってあげたい。


快くOKしてくれたミラゼア様は、館の料理長さんにいろんなレシピも聞いてみてくれるそう。これは大収穫だ! 魔族の国まで来たかいがあるってものだ。

ほくほくしているオレに、ミラゼア様は少し眉を下げる。

「ところでユータちゃん、大丈夫? ごめんね、そんな体質だなんて知らなくて。もう少し街歩きは少なめにして、館に戻った方が良かったわね」

体質……? 首を傾げたオレを、優しい手がそっと撫でた。


「アッゼ様から聞いたの。トイレは5日おきで数時間は籠もらなきゃいけないんでしょう? 大変なのね……アッゼ様に先に帰るようにって言われちゃって」

心から同情の視線を浴びて、思わずぽかんと口を開けた。

「ま、しょうがねえしょうがねえ、スッキリしたか? じっと待たれてちゃあ困るっつってたもんな」


形ばかり気遣わしげに肩を叩いた手を払いのけ、睨み付ける。い、いくら転移を誤魔化すためとは言え……そんな言い訳ないよ! にまにましているアッゼさんは、絶対に確信犯だ。

「怒るな怒るな、後でなぐさめてやるから!」

『後で』の台詞に、ぴくりと反応する。そうだ、それを楽しみにしていたんだから!

勢い込んで頷くと、ミラゼア様に改めて今日のお礼を言って部屋へ駆け込んだ。


時刻はまだ昼下がりと言える時間帯。うん、まだ十分時間がある。

オレはそわそわする気持ちを誤魔化すように、本日のメモ整理を始めたのだった。




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