第586話 オレが教えられること
「すまない、つい」
ずっと抱っこされていたことに気付いて慌てて下ろしてもらうと、なぜかミックが申し訳なさそうな顔をする。
「う、ううん! ごめんね、重かったでしょう」
「ぜんぜ……あ、いや、そうだな、それなりの重さかもしれないが、私もさすがにそれで疲れるような鍛え方はしてないよ」
おお、オレも言ってみたいそのセリフ。
尊敬の眼差しで見上げると、にこやかに両手を差し出された。ううん、だからって抱っこはもういいよ。
そう、オレだって、ちょっと歩いたくらいで疲れるような鍛え方はしてないんだから!
きっぱり抱っこをお断りすると、ミックはほんのりと肩を落として周囲を見回した。
「ところで、公園に来てどうするんだ? そろそろ昼飯を食いに行かないか?」
「うん、お腹すいたね! だから……これ!! 公園で食べようかと思って」
じゃーんと得意満面で取り出した大きな包み。真剣な顔で見つめて、小首を傾げるミックが可笑しい。
「あのね、お弁当作ったんだよ!」
包みを持ってもらい、一番上のお弁当箱を開けてみせる。
「――っ!!」
ほらね、と見上げたミックは、カッと目を見開いて息を呑んでいた。
……そんなに、ビックリすることだった? お弁当を見つめて微動だにしなくなってしまったので、そうっと蓋を閉めて視線を遮った。
ハッとしたミックが突如周囲を窺って、素早く右手にお弁当、左手にオレを抱えた。
すわ、魔物の襲撃かと言わんばかりの様相に思わずレーダーを広げてみたけれど、そこはいたって平和な街中だ。
「ど、どこ行くの?!」
「誰もいないところだ!」
まるで隠密任務のように人目を忍んで移動したかと思えば、茂みに囲まれた木立の中で足を止めた。
確かに、人は居ない。わざわざ茂みしか見えない日影で腰を落ち着ける人はいないだろう。
用心深く気配を探ってから、ようやく地面に下ろしてもらった。
「ここで食べるの? もっと日当たりと景色のいい所に行かない?」
「……ダメか?」
「ダメじゃないけど……ここがいいの?」
こくこくと勢いよく頷いたミックに苦笑して、それならと敷物を広げた。
「ミックはどのくらい食べるの? カロルス様ってすごいんだよ、だって身体の容量よりいっぱい食べてると思うんだ! モモみたいだよね」
そんなことを言いながら、次々重箱もどきを開けてみせる。敷物いっぱいに広げられたお弁当は、ピクニック気分を大いに盛り上げてわくわくと心が躍る。オレの感覚では5~6人分の食事量だけど、カロルス様なら1食分だ。
いろんなお肉がたくさんで茶色くなりがちなお弁当に、卵焼きの黄色が眩しい。トマトもどきの艶やかな赤、お野菜の瑞々しい緑がことさらに引き立って鮮やかだ。ずらりと並んだ小さめおにぎりも楽しい。
にこにこ眺めていると、オレの小さな両肩を大きな手が掴んだ。
「これは……全部俺のか? 俺のためにユータが作ったんだよな? 全部俺が食ってもいいんだな?」
「う、うん。あの、オレも食べるけど……」
なんとなく、ミックの口調が違う気がするけれど、気のせいだろうか。相変わらず、食のこととなると目の色が変わっちゃうんだから。
『食じゃなくてユータのことじゃない?』
『ぼくなら、ゆーたのことでもお食事のことでも気持ちがいっぱいになっちゃうよ!』
モモがミックの手の上で弾み、シロがよだれを垂らさんばかりにオレの中でしっぽを振っている。
ここなら、みんなが出てきても大丈夫そうだね。
「ねえミック、シロたちも一緒に食べていい?」
「嫌だ」
即答で返ってきた返事に思わず絶句する。あ、あれ? 嫌ならしょうがないけれど、ミックってそんなところで嫌がらない気がしたけど。
ぽかんとしたオレを見て、どうやら我に返ったらしい。
「あっ?! いや、そうじゃなく! すまない、ついうっかり正直に……でもなく!!」
慌てふためく様にため息をついたモモが、そっと囁いた。
『私たち用のお弁当が別にあるからって、言ってみて』
そこ?! こんなにあるのに?! 苦笑して伝えてみると、ミックは嘘のように落ち着きを取り戻した。
「もちろんいいとも、私も今日はシロに世話になったしね」
先ほどまでの経過はなかったことにされたらしい。にっこりと穏やかな微笑みは、落ち着いた大人に見える。今は。
『主の知り合いって、変なのばっかだな!』
訳知り顔でふんぞり返るチュー助。そんなことないだろうと思いつつ、否定もできないのが悲しい。なんせ変の代表格がそう言うんだから。
『あえはも? おやぶーも?』
『い、いや! 違うぞアゲハ! 俺様たちは決して変なんかではない!!』
アゲハと同じ枠に入れると思わないでほしい。そこにはれっきとした境界があると思う。
そんなことを言いつつみんなのお弁当を取り出すと、いただきますももどかしく、わっと殺到していった。
「ミックも、食べないの?」
さっきからしみじみと眺めるばかりなので、オレとしてはその鳴り響いている腹の虫が気になって仕方ない。オレも食べたいんだけど、手を出したら怒りそうだ。
「食べるとも。だけど、観賞用として残しておくことはできないだろうか」
「できないよ……もう、先に食べちゃうよ!」
埒があかないと、ナッツ味噌のおにぎりを手に取った。ぽつりと隙間の空いたお弁当を見る、切なげな視線が痛い。
「はい、ミックも一緒にね」
同じナッツ味噌のおにぎりを押しつけると、せーの! と声をかけた。
察したミックと同時にあむっ! と頬ばると、荒く砕いたナッツがカリリと香ばしい。味噌の強い味が一気に広がって、白いごはんが後を追うように柔らかく包み込んでいく。お味噌とごはんが合わないはずがない。ナッツはイレギュラーだけど、歯ごたえと香りがプラスされて案外美味しいんだよ。
「美味い……」
うん? 一緒にひとくちを頬ばったはずが、ミックの手から既におにぎりが消えている。余韻を楽しむように空を仰ぐ口元へ、今度はピンチョスみたいに串に刺したお肉を差し出した。
ばくっ! と食いつかれて、きゃあっと手を引いて笑う。これ、昔動物園でやった動物の餌やり体験みたいだ。
差し出されるままに素直に頬ばるので、あれもこれもとつい次々挑戦してみたくなる。
「どれも美味い。幸せだ……」
いつの間にやらミックの両手には常におにぎりがひとつずつ。オレが差し出すおかずを食べては、合間におにぎりをもぐもぐしていた。
「うん! お外でお弁当って、どうしてこんなに美味しくて楽しいんだろうね。そうだ、じゃあ、食べ終わったらもっと幸せなことがあるよ!」
「もっと……?」
内緒話のように告げると、ミックは興味津々で身を乗り出した。
「おなかいっぱいになって、デザートも食べて、そしたらちょっとお話するんだよ。そうすると絶対に眠くなるでしょう? だからシロとチャトに包まれて、眠くなった時に寝るんだよ! どう? 素敵でしょう!」
満面の笑みでそう言うと、真面目に耳を傾けていたミックも目を垂らして大きく破顔した。
ああ、その顔が見られて良かった。
あまり見ることのなくなった、肩の力が抜けた笑み。少しは、お休みを楽しめているだろうか。
ミックは、お休みの仕方も勉強しなきゃダメだと思う。力を抜いて、そうやって笑えるお休みの日の過ごし方。
そうだ、それならちょうどいい。今日はオレがしっかり教えてあげるね! おなかいっぱいでうとうとして、目が覚めた時に起きて、おしりが痛くなるまで他愛ないおしゃべりをしたり。美味しそうなおやつを探して歩いたり。日当たりのいい草むらで、蒸された土の香りを堪能したり。
どれもきっと、ミックは知らないから。
ふわぁ、と小さな口から零れたあくびに、教える時間が迫ってきたことを感じてくすっと笑ったのだった。
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