第585話 魔道具のお店

「大丈夫か? 疲れてないか?」

隣を歩くオレへ、心配そうな視線が向けられる。

「大丈夫、オレ冒険者だよ?」

ミックは紳士だね、歩幅だって歩く速度だって、きっと限界までオレに合わせてくれている。

……だけど、その問いも歩き始めて3回目ともなると、さすがに苦笑しか浮かばない。

ミックはきっと彼女ができても過保護すぎて引かれるタイプじゃないだろうか。


オレたちはシロから下り、目的のお店までのんびりと連れだって歩いている。

夕方まで一緒に遊ぶ約束なので、ミックも先にお店に行くことで納得してくれた。

「黄色の街もじゅうぶん煌びやかですごいなって思ったけど、やっぱり貴族街だと雰囲気が違うね」

「そうだな、王族だって懇意にする店があるくらいだし、黄色の街と違ってアクセサリー系統が多いだろう? 世の女性たちはここらで買い物することを夢見るそうだ」

言われて見ればそうだ。黄色の街は雑貨や日用品、衣服など生活に必要なものが多かったんだな。ここにはむしろ生活に必要なものはあんまり売っていない気がする。

もちろん外見は華やかだけど、警備のためなのかお忍びのためなのか、外からは店内が見えない造りになっているものが多い。ショーウインドウみたいなものが少ないので、オレみたいな庶民だと入るのに躊躇するお店ばかり。お値段が提示されているところなんて皆無だ。



あっちへきょろきょろ、こっちへきょろきょろしながら歩くことしばし、ミックが建物の前で足を止めた。

「……ここ?」

「ああ。高級魔道具と言えばここだろう?」

違うのか? と不安そうな顔をしたミックに、そうじゃないと首を振る。

「オレ、どのお店なのか知らないもの。ありがとう」

軒並み高級店なのには違いないだろうけど、看板がないのでそもそも魔道具の店を見つけるのも難しい。本当にミックに頼んで良かった。

高級魔道具店は全体が黒くて四角い建物だったけれど、近づくと時折壁の中にきらきらと星が浮かぶ。まるで夜空みたいで、夜に訪れると一際美しいんだとか。

重厚な扉の横に、とても小さく『ヘルパイトス』と輝く文字で店名が書かれていた。

どこからどう見ても『一見さんお断り』な雰囲気に、つい傍らのミックを見上げる。


「大丈夫、私は入ったことがある。貴族本人でなくても、使用人に買いに来させることもある。いきなり追い出されるようなことはないよ」

扉に手をかけたミックが、促すように手を差しだした。

そっか、確かに位の高い貴族様ならなおさら使用人が買い付けそうだ。安心してきゅっと手を握ると、きりりとしたミックがにへらと顔を歪ませる。それ、マリーさんみたいだよ。


「いらっしゃいませ。ミック様」

扉を開けると、側に控えていた女性が当たり前のようにそう言った。

ミックの名前を知ってる? お得意様なの?! 心底驚いて目をいっぱいに見開くと、くすりと上品に微笑んだ女性が、内緒話のようにオレにささやいてくれる。

「王都にお住まいの貴族様方、上位の騎士様方なら概ね存じておりますよ。それにミック様は有名ですし、ね?」

「すごいね……!!」

これが高級店……!! 素直に感心して尊敬の眼差しを向ける。ホテルマンがお客さん全員を把握していると言われるようなものだろうか。


「私の場合は、何せあの人のそばにいるから。どうしても目立つんだよ」

ああ、ローレイ様かぁ。あの人は王都女性の憧れだもんね。苦笑するミックの苦労が偲ばれる。

「ミック様は魔道具をお求めに? 騎士団でご入り用の品ですか?」

「ああ、いえ、今回は私的な用事で伺っただけです」

二人の会話を聞きながら、そわそわと店内を覗き込んだ。黒い絨毯、黒い壁、その中で宝石のようにショーケースに並べられた魔道具たちが、各々スポットライトに照らし出されている。

これでもかという高級な雰囲気に呑まれ、つい息を潜めてしまう。オレにはやっぱり貴族様は向いていないみたいだ。


「まあ、ではこちらはロクサレン家の――」

そんな声と共に視線を感じて振り返ると、お店のお姉さんはかがみ込んでにっこりと微笑んだ。

「それなら、将来はカロルス様ですね」

どうやらミックが来店の事情を話してくれていたらしい。カロルス様、と言われてオレの頬がぱっと紅潮したのを感じる。自然と口元が緩んで、えへっと気の抜けた笑みが浮かんだ。

「……カロルス様? さ、さすがに……どっちかと言うとエリーシャ様の方が近いような……」

隣で余計なことを言うミックの声は聞こえなかったことにする。


「そう! あのね、オレも冒険者なの。その、たぶんお金が足りないから今日は買えないんだけど、いつか買える時のために魔道具を見ておきたくて」

「ええ、どうぞ。ご案内致しましょう」

ちっとも嫌な顔をしないのは、さすがプロだ。さあ、と促されるままにそうっと歩を進めると、きらきらするショーケースの通路へと足を踏み入れた。


「収納袋をお求めとのことでしたら、こちらです。左端から順に、右端が並ぶ中では最も高価なお品になります」

一生懸命背伸びしてショーケースを覗き込んでいると、ひょいと抱き上げられた。

「見えるか?」

「うん! ありがとう」

抱っこしてもらうと全体がよく見える。一番左端のものですら、思わずミックに掴まる手に力が入っちゃうようなお値段だ。絶対オレを落とさないでね?

さすがにメモを取り出す勇気はなくて、目を皿のようにして全部記憶しておこうと努める。

貴族の人って大変だな、買い物するのに金貨何百枚持ち歩くんだろうか。ものすごい重さで……ああ、だから尚更収納袋は絶対必要なのか。


どれも大きさとしては腰に下げられる巾着程度だけど、収納容量は全然違う。小さい倉庫くらいから、家一軒分くらいのものまで。

大半がショーケースに入っていることに違和感を感じるような、ただの皮袋みたいな見てくれのものが多かったけれど、ずらりと並べられた中には貴族様用に相応しい煌びやかなものもあった。ああいうのが宝箱から出てくるんだろうか。


「こういう綺麗な袋は、ダンジョンのお宝?」

「いいえ、ダンジョンで出土するものは、このようなただ革袋のようなものが基本です。こちらは職人が作り上げたものですよ」

「え! そうなの?! だけど人の魔力だとあんまり大きな収納袋にならないって聞いたような……」

驚いて顔を上げると、お店のお姉さんも少し驚いた顔をした。


「まあ、まだお小さいのによくお勉強されてらっしゃるのですね」

少し思案したお姉さんは、ロクサレンのご子息なら、と呟いて微笑んだ。

「こちらは、魔族領からの輸入品です。あちらには腕のいい職人がいるのですよ」

なるほど、魔族なら魔力量も桁違いだもの、頷ける話だ。


「なっ、魔族が作っていたのか?! いいのだろうか、私たちにそんなことを話しても」

ミックは知らなかったらしい。もしかして秘密のお話だった? 秘密を漏らしてしまったらお姉さんが怒られるんじゃないだろうか。

「ふふ、ご心配なさらず。聞かれなければ敢えてお伝えはしませんが、聞かれればお答えする程度のものです。よく買い付けに来て下さる貴族様の間では当然の情報です。ロクサレン家の方なら……怖くはありませんね?」

「怖くないよ、魔族のお友達もいるから」

にこっと笑ってみせると、お姉さんも嬉しげに微笑んだ。そうか、王都の方が偏見が薄いのはこういう事情もあるからなのかな。


「し、しかし一市民としては割と衝撃の情報だが」

「あら、ミック様はそれを知ったからとて偏見をもつような方ではございませんでしょう。ロクサレン家も多種族を受け入れる地、これを知れば懇意にしてくれることはあっても邪険にはされませんよ、ね?」

いたずらっぽく笑うお姉さんは、案外したたからしい。


「――では、またのご来店をお待ちしております。未来のAランク冒険者様」

収納袋はもちろん、いろんな高級魔道具を存分に見せて貰って、オレたちは大満足でお店を後にした。

Aランクになったら、ううん、それまででもお金がいっぱい稼げたらまた来るからね!

『さすがのリップサービスね。抱っこされた子どもにまで……』

モモが恐れを成したような口調でそんなことを言う。リップサービスだなんて。いやいやきっと本心から出た言葉に違いない。ミックだって言葉の端々で持ち上げられてどこか機嫌良さそうだ。

魔族のことで少なからずショックを受けていたようだけど、それもすっかり消えている。


そう言えばアッゼさんがマリーさんにプレゼントしたあの凶悪なガントレット、あれも付与がどうとか言っていたから、魔道具の一種だろうか。

魔族領になら、もしかしていろんな魔道具が売っているのかもしれない。

ロクサレンに帰ったら、リンゼたちに魔道具のことを聞いてみようかな。きっと貴族様みたいなものだから詳しいだろう。

ことんことんと硬い腕に揺られながら、魔族とも案外繋がりがあるんだな、なんて考えていた。


オレが抱っこされたままだったことにようやく気付いたのは、手入れの行き届いた公園に着いた時だった。




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11巻、4月発売ですよ!近づいて参りましたね……!

外伝は11巻という新たな門出に向けて、ご要望も多かったカロルス様たちの若かりし頃の冒険を書き下ろしています。若々しいカロルス様やエリーシャ様、氷の好々爺が完成される前の執事さん、あんまり変わらないマリーさん……どうぞ、楽しんで頂けますように!

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