第587話 お茶会
「え~そうなの?! ああ、どうしてあの時魔道具のことを思いつかなかったのかなぁ! 夜通し話せる機会だったのに~! 僕、俄然魔族に興味が出てきちゃった~!」
王都の館に帰ってラキとタクトに情報共有していると、ラキが思わぬ所で食いついた。
『あの時』ってアッゼさんに助けてもらった日の夜だろうか。つまりは、生きるか死ぬかの瀬戸際だった時の……。
「いや、それは思いついていても俺が止めるぞ……寝かせてやれよ」
珍しくタクトの方が常識人みたいなことを言っている。
「カロルス様たちが帰るまではロクサレンにいると思うから、会いに行く?」
「そっか、行こう~!」
「今じゃねえっての」
がばっとベッドから立ち上がったラキを乱暴に引っ張り下ろし、タクトがその首根っこを押さえた。ラキって、こういうことになると本当~に子どもになる。普段が大人びている反動だろうか。
「じゃあ、明日一度帰ってみよっか。魔族領に帰っちゃうと話せる機会もないだろうし」
一も二もなく何度も頷くラキに、オレたちは顔を見合わせて笑ったのだった。
「よし、じゃあお話聞きに行ってくるね~」
転移魔法陣から出るなり走り出そうとするラキを、予測済みだったオレとタクトの手が止める。
「待って待って、いきなりじゃビックリするよ! それに、誰のお部屋に行くつもり?」
「とりあえずミラゼア様に聞けば、彼女が知らなくても他の子に聞いてくれるでしょ~?」
案の定な回答に、2人してため息をこぼす。ラキの頭にはもう魔道具のことしか詰まっていない。
「あれってお嬢様だろ? 平民が貴族のお嬢様の部屋へ押しかけるようなもんじゃねえの」
きっとミラゼア様は怒ったりしないと思う。だけど、相手が怒らないからって失礼なことはしちゃダメだよね。
「あっ……」
もはやミラゼア様が女の子であったことすら頭になかったろうラキが、ハッと気まずげに視線を逸らした。
「だけど……じゃあ廊下で待っていたらいいの~?」
廊下でうろうろ待つラキも怖い。絶対他の魔族の子に不審者として見られてしまう。
そもそもラキの話はきっと止めるまで延々と続くだろうから、廊下で立ち話なんてもっての外だ。
「うーん。じゃあさ、みんなでお茶会なんてどう? お菓子を食べながらお話するの!」
「おっ! 俺、それなら参加してえ!」
作り置きお菓子もあるし、ジフに頼んでもうちょっと凝ったお菓子を出して貰おう。そうと決まればウキウキと厨房へ走った。そうだ、ミラゼア様たちに招待状を送らなきゃ! だってお茶会だもの。
「僕、早く話しを聞きたいのに~」
「俺だって早く食いてえけど我慢するんだぞ! 何聞くか考えとけば?」
「なるほど~!」
いそいそと部屋へ戻っていったラキを追いながら、タクトはちらっとオレに視線を走らせて頷いてみせる。どうやらラキの面倒はタクトがみておいてくれるらしい。
* * * * *
カシャ、カシャ。
扉から響いた妙な音に、ミラゼア様が首を傾げる。
「何かしら?」
「俺が見てきます」
リンゼ他、数名がたまたま集まっていた室内では、軽い緊張が走った。まさか、ロクサレン家の館で滅多なことはないだろう、そう思うくらいにはこの数日で信頼を置いていたけれど。
「誰だ……?」
用心深く扉越しに尋ねても、応えはない。
魔法の用意をしつつ扉に隙間を空けたところで、カシャ、という音と共に扉が押された。思いの外大きく開いた扉に慌てたのも束の間、目の前にいた訪問者に力が抜ける。
「あら? シロちゃんだったの」
前肢を上げた姿勢で止まったシロは、その声に嬉しげにしっぽを振ると、傍らで脱力するリンゼに身体を押しつけた。
「な、なんだよ……あれ、手紙?」
三角耳の間に、ちょこんと手紙が載っている。手に取ると、水色の瞳が期待を込めてきらきらとリンゼを見つめた。
「お茶……会? 招待状……??」
なんだろうと顔を寄せ合って手紙に目を通したリンゼたちから、なんとも言えない生温かい空気が漂う。言うまでもなくユータからの招待状。そしてさらに言うまでもなく場所はこの館内。
「ごっこ遊びか。ミラゼア様まで子どもの遊びに付き合わなくとも、俺たちが――」
「まあぁ、なんてかわいいの! もちろん出席させていただくわ!」
うきうきと瞳を輝かせるミラゼア様に、そうだろうなと皆一様に諦めた目をした。
「ええっと、お返事はどうやって出せばいいのかしら」
さっそくペンを走らせたミラゼア様に、シロが一声吠えてそわそわと身体を揺らした。再び目を輝かせたミラゼア様がしたためた文を差し出すと、シロはそうっと咥えてきびすを返した。
役目を果たしたとばかりにルンルンと足取りも軽く、しっぽも振り振り、意気揚々と去って行く姿を見送って、ミラゼア様が悶絶している。
「溢れているわ……この館には可愛いも素敵も溢れかえっているわ……」
大丈夫だろうか、ミラゼア様、このままここに居るなんて言わないだろうか。リンゼたちは割と本気でそんな心配をしたのだった。
* * * * *
「よし、こんなものかな!」
オレは両手を腰に当てて飾り付けたテーブルを眺め、うんと頷いた。ジフたちやマリーさんたちに手伝って貰って、大きなテーブルはパーティの時みたいに華やかに飾り付けられている。カゴに盛られた様々なお菓子、大皿に並べられた小さなケーキ、邪魔にならないよう小さく飾られたお花。
お茶会なんてしたことないけれど、きっとこういうものだろう。お菓子を食べながら楽しくおしゃべりする会だもの、肝心のお菓子が尽きちゃいけない。ジフに頼んで、時間経過に伴ってコース料理のごとく各々にサーブされるお菓子も考えてみた。
――オシャカイ、楽しみなの!
お釈迦か、お社会か、いずれにせよそれは楽しくはなさそうだ。待ちきれずにくるくると宙を舞うラピスに苦笑して、隣のローテーブルの準備も万端なことを確かめる。こっちはラピスやシロたち、みんなの分。セデス兄さんやマリーさん、執事さんたちも誘ったのだけど、子どもたちだけでどうぞと言われてしまった。
「ユータ、もういいか?」
「うん、いいよ! わ、素敵だね! 似合ってるよ」
「そうか?」
貴族服を着せてもらったタクトは、へへっと照れくさそうに笑う。着慣れない感じが微笑ましい、とは言わないでおいた。一方のラキは早く魔族の子たちと話をしたくて気もそぞろだ。元が繊細な顔立ちのせいか、貴族服は何の違和感もなく馴染んでいる。オレよりよっぽど似合ってるんじゃないだろうか。
その時、開いた扉から驚きの声が上がった。
「な、なんだよこれ」
「ごっこ遊び……?」
ちゃんと来てくれた魔族の子たちに満面の笑みで駆け寄ると、ぽかんとしていたミラゼア様が、ハッと姿勢を正して咳払いした。
「この度はお招きいただきありがとうございます」
スッと足を引いて膝を折ると、美しい所作でお辞儀する。
わ、わあ?! オレもちゃんとした挨拶しなきゃ!
優雅な仕草にあたふたしたオレは、ついミラゼア様を真似て、ちょこんと膝を折ってお辞儀した。
しまった、と思った時には既に遅し。
ミラゼア様が何かを堪えるように真っ赤な顔をして、後ろのリンゼたちが一斉にむせ込んでいたのだった。
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