第566話 村人の安否
「これって幻惑じゃ、ないのか……?」
「これが、5つ星の力……」
魔族の子たちが、半ば呆然とアッゼさんを見つめている。やっぱり、魔族にとってもこれは常識外れらしい。
「本当にすごいよね。離れた位置にいる人まで転移できるんだ……」
オレは、一人分の転移だって手を繋いでいないと無理なのに。
「多分、条件はそう変わらないんじゃない~? だって、ほら~」
ラキが示した先に、見覚えのない大きな土の塊があった。大型バスほどの大きさの土塊は、否応なく目につくはずだけれど……こんなのあったっけ?
「……あっ?!」
すっかり、忘れていた。村人たちのこと……。確かに村人がそこにいることを感じて、冷や汗を拭った。アッゼさんがいて良かった……。オレ、村人を勘定にいれてなかったもの。
「だけど、さっきまで村人がいたのって地下壕だったよね? どうしてこんなことに?」
「だから、人を転移したんじゃなくて範囲丸ごとなんじゃない~? 地面ごと全部。地下壕部分が上に押し上げられちゃったみたいだね~」
「えええ?!」
範囲内、全部?! 言われて見ればオレたちがいる地面は、少し離れた場所とは色が違う。咄嗟に細かい設定ができなかったんだろうと予想はできるけれど、けれど……。半端ないなあと抱えた端正な寝顔を見つめた。
「ところで村の人、生きてるんだよね~? 声もしないし、どうして出て来ないのかな~?」
「魔物がいっぱいだったからじゃないの?」
何気なく魔族の子たちを見やると、ぎくりと視線を逸らしたようだった。
「……え? 大丈夫だよね? 怪我したりは……してなさそうだけど」
なのに、どうしてそんな居心地悪そうにするの? 兎にも角にも村人たちに会ってみれば分かる話だ。もうオレたちが敵じゃないと分かったろうと、遠慮無く村人のいる場所へと歩み寄る。
「し、仕方ないだろう! 俺たちが何を言っても聞いちゃもらえないだろうからな!」
間近を通り過ぎようとした時、突如魔族の子が声を張り上げた。
「ええ? 急にどうしたの?」
「いいさ、どうせ何言ったって信じねえよ」
もう一人の投げやりな台詞に、オレは首を捻るしかない。
「信じる信じないは別にして、とりあえず話してくれる?」
彼らは押し黙って縋るようにミラゼア様の方に視線を向けるけれど、彼女はまだ目覚めない。
「何があったか知らねえけどさ、ひとまず村の人たちと話をしようぜ! まだモンスターがいると思ってるんなら気の毒だろ」
いつの間にか側に来ていたタクトは、ひと飛びで土塊の上に飛び乗ると、確かめるように上部を踏んで歩いた。
「うおっ!」
あ……落ちた。タクトの姿が消え、同時にザラザラと内部で土の落ちる音がする。まあ、落下音は聞こえなかったからきちんと着地したんだろう。落下していてもタクトだから大丈夫。
「ちょっとどいてろよ」
案の定内側から多少くぐもった声が聞こえ、察したオレがシールドを張る。
直後、ドゴンと鈍い音と共に土の一部が破裂し、周囲に飛び散った。やっぱり、ちょっとどいたくらいじゃ全然ダメだったと思う。
土塊の端に大穴が空き、日の光が差し込んだ。
「どう? いる~?」
「あー……おう。いるにはいるけどよ」
ラキの声に、歯切れの悪い答えが返ってくる。
ひょいと覗き込んでみれば、そこはまるで人形の工場みたいな有様だった。
薄暗い中、横たわった村人が、所狭しとすし詰め状態で並べられている。100人前後がシンと横たわる様は、皆生きていると知っていても不安に駆られる光景だった。
「生きてる……よな?」
「うん、眠ってるみたい。これも魔法なのかな?」
「眠らせたってこと~? 騒がれないし、うまいやり方じゃない~? 僕たちにとっても好都合だね~」
確かに。ここで全員に起きて騒がれると収拾がつかなくなってしまう。
そうか……彼らなら、尚更。
「見てきたけど、みんな寝てるね。魔法なの? 村の人たちを助けてくれてありがとう!」
何はともあれ、まずはお礼を。そして、できれば事情を教えて欲しい。
オレたちが出てきた途端身構えた魔族の子たちが、戸惑って視線を交わしている。
「――なぜ、助けたと思ったんだ」
探るような表情に、思わず言葉に詰まった。
そう言われて見れば、なぜだろう。だって、そうとしか思っていなかったんだもの。でも、違わないでしょう? ええと、根拠、根拠は……。
「そう! だって必死にシールドを張って守ってくれてんだもの! 自分たちだけの範囲であれば、もう少し保ったはずなのに」
オレだって無条件に信用したりしないんだから。
「あとね、そのミラゼア様がシールドを維持しているところを見たの。村人に悪いことをする人の目じゃないって思ったから」
『主……それはどーよ? コロッと騙されるヤツの典型パターンってやつだぜ!』
『それは何の根拠にもならないわねぇ』
そ、そんなことないよ! 徐々に魔力が枯渇していくって本当にしんどいんだから! そう、あの時――土砂崩れに巻き込まれて徐々に視界が暗転していった時。あの感覚に似ている。つまりは、死の直前に。
だけど、失われていく力の中で、紫の瞳だけは爛々と強い意志に燃えていた。
「魔力が枯渇するまで使い果たす時に、大事だと思わない人まで守る余裕なんてないから」
だから、ミラゼア様はどんな理由にせよ村人を大事だと思っていたはず。
彼女の名前を出したからだろうか。魔族の子たちの表情が変わる。誇らしげに、涙を浮かべんばかりの微笑みが唇に上がった。そうやって君達があの子を大切に思っているから、信用できるって思うんだ。
「聞かせてよ、今までのこと、君たちのこと。だって時間、たっぷりありそうだから」
肩をすくめてくすっと笑うと、魔族の子たちに柔らかな苦笑が広がった。
「確かに、この人が起きるまでどうしようもねえもんな! 飯でも食ってゆっくりしようぜ」
「そうだよね。シロの鼻でも分からないから、きっとオレたちが来たことのある場所じゃないと思う」
真面目な顔で言ったのに、タクトは呆れた視線を寄越した。
「当たり前だろ。行ったことある場所なら俺でも分かるわ」
なんで分かるの?! 建物も何もないのに……。
だけどいいよ、場所が分からなくてもオレは戻ることはできるんだから。
とは言え、オレだけ転移しても仕方ないし、あんまり大勢に転移を見られたくもない。
やっぱりアッゼさんが起きるのを待つしか無いかな。回路を繋いで魔力を渡すことってできるかもしれないけど……今現在危険がないなら、お試しでやっちゃいけないだろう。
「ねえ、魔力回復薬って持ってない?」
ダメで元々、と魔族の子たちに声を掛けてみる。
「あったら、使ってないわけないだろ」
ちら、と視線を流した先にミラゼア様がいるのを見て、それもそうだと納得する。
「じゃあ、しばらくここで過ごすように環境を整えよっか! その子もちゃんと寝かせてあげた方がいいでしょう? ちょっと待っててね」
今回オレはほとんど戦闘に参加していないから、ここは頑張らねば!
ふん、と腕まくりすると、シールド内だった場所から少々離れて地面に手を着いた。やや赤茶けた土は、遠く離れた場所に来たことを思わせる。
「いくよっ!」
ズズ、と地面が震動し、魔族の子たちが何事かと立ち上がった。
村の人たちがいるから、大きめに! 土壁を立ち上げながら、イメージを形にしていく。と言ってもほぼただの立方体、何も難しい事はない。だけど万が一大きい魔物が来ても大丈夫なよう、普段より頑丈に作りあげる。
「ふうっ……よし!」
あとは中の環境を整えれば、即席の山小屋レベルにはなるはず。
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世間の状況に伴ってひつじのはねも少々多忙になっております……。
更新不安定になるかと…すみません!
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