第567話 休憩しよう
大型休憩所の出来上がりに満足しつつ中へ入り込むと、適当な場所に小さく窓を設け、がらんとした空間に仕切りを作っていく。村人たちの部屋、魔族の子たちの部屋、オレたちの部屋。真ん中は共有スペースにして、出るにはここを通らないといけないようにしよう。
寝台は土で申し訳ないけど、せめて床より一段高くすればそれっぽいだろうか。村人は多すぎるので、ベッドより雑魚寝の方がいいだろう。いずれにせよ、さすがにこの人数分のお布団なんて持ってない。布やテーブルクロス類までかき集めれば、魔族の子たちの分は何とかなるかな……。
「こういうこともあるから、お布団類はたくさん持っていた方がいいね。たくさんあって困るものでなし」
腕組みして頷くと、蘇芳とモモが半ば呆れた視線を向けた。
『たくさんあったらフツー困る』
『普通は1人分だって布団を持ち歩いたりはしないと思うわ』
うっ……普通はそうなのかもしれないけど! だけどほら、冒険者は普通では図れないところもあるでしょう。それに、オレの収納はいくらでも入りそうだもの。
「細かい部分は僕がやるよ~。あと、みんなの分の食器なんかも必要でしょ~?」
手持ち無沙汰にしていたタクトがピクッと反応した。期待に満ちた瞳は、言わずもがな。
「うん! じゃあ、村の人たちを運んだらごはんにしよっか!」
「やった! 行くぜシロ! ほら、チャトも運んでくれよ~!」
『おれは行かない』
うつらうつらするチャトを諦め、タクトとシロは喜び勇んでかけ出して行った。あの分だとすぐに運び終えてくれるだろう。
「ねえ、ミラゼア様をこっちにどうぞ! 入って右が君たちのお部屋ね!」
「あ……ああ」
入り口から顔をのぞかせると、ぽかんと休憩所を眺めていた魔族の子たちが慌てて立ち上がった。
「お前、魔族の血が入ってるのか?」
「入ってないよ! オレ、魔力は多いみたいなんだ」
彼らはオレと休憩所を交互に見やりつつ、大人しく建物の中へと入っていった。
その訝しげな様子に首を傾げる。このくらいなら、やり過ぎてはいないはずだと思う。特に、魔族なら朝飯前にできるんじゃないかな。
「そうだね~。だけど、ユータはヒトで幼児だからね~。あとさっきまでシールド張ったりしてたでしょ~」
……そっか。室内から聞こえる『常識外って』『トンデモ仕様ってこれか……』みたいなひそひそ声は聞こえなかったことにした。もう、アッゼさんが余計なこと言うから!
「ユータ! すぐ終わるから飯頼むぜ!」
「ウォウッ!」
早っ! まとめて数人ずつ運ぶ様子は、まるで洗濯物を取り込んでいるみたい。こっちも急いで準備しなきゃ。
「お皿どのくらい必要~? お鍋も大きいのがいるよね~?」
「うーん、手っ取り早く食べたいだろうし……人数分のコップと取り皿、フォークがあればいいかな! お鍋はお味噌汁だけだから大丈夫!」
考えるとお昼を食べ損ねたお腹がきゅるゅる鳴り始めた。食べ終わったら夕方近くなるだろうし、昼夕兼用だね。
「ラピス、みじん切りお願い! 千切りでもいいよ!」
――分かったの! 細かければそれでいいの。
それ本当に分かったの? まあ適当でいいかと聞き流し、キャベツもどきをいくつか取り出して洗浄しておく。
「蘇芳、モモ、卵割れる?」
『スオー、できる』
『オッケー!』
さっそく蘇芳が卵を抱え、モモが上部の殻を一部取り除く。蘇芳がそうっと逆さまにして中身を器へ移す。見事な連携プレーで危なげなく卵を処理してくれそうだ。
お鍋にはお湯を沸かし、くず野菜やお肉の端切れなんかも全部ぶちこんでお味噌汁にする。お味噌汁とカレーは大体何を入れても受け入れてくれる懐の広さが素敵だ。
あとは小麦粉、だし、薄切り肉。本日のメニューはお好み焼き! もう焼きながら食べればいいだろうということで、野外にテーブル兼焼き台を設置した。
きっとタクトあたりはお好み焼きが焼けるまでも待ちきれないだろうから、すぐ食べられる腸詰めやお肉も用意しておこう。
――ユータ、もっと細かくするの?
「十分! それで十分だよ! それ以上はジュースになっちゃう!」
大量のみじん切りキャベツを軽く乾燥させ、だし、小麦粉を混ぜ合わせたらもう準備は万端だ。今回はシンプルの極み豚玉になっちゃうけど、ひとまずお腹を落ちつけるにはこれでいい。
焼き台に火を入れ、みんなに声を掛けた。
「みんな、ごはんだよ~!」
はーいといいお返事で着席したタクトとラキ、そしてシロたち。だけど魔族の子たちが一向に出て来ない。
「次の分から任せるから、よく見ていてね」
卵とキャベツ、さっきの生地をザクザクと混ぜる。キャベツはこれでもかっていうくらいたっぷり。
熱した石板に混ぜた生地を乗せれば、じうっと大きく音をたてて香ばしく香った。
「こうして丸く整えてお肉を載せて、下が焼けたらひっくり返すんだよ」
オレの小さな手では心許ないので、両手にフライ返しを持ってえいやと返す。……よし!
「そんなことしたら肉が食えねえよ!」
恨めしそうなタクトに、セルフで焼ける一品類の皿を出しておく。
「いい匂いがしてきたね~」
キャベツのほの甘い香りに混じって、お肉の香ばしい香りが漂い始めた。なのに、彼らはまだ来ないんだろうか。
オレはお好み焼きをラキたちに任せ、ひょいと彼らの部屋を覗き込んだ。
「ねえ、何やってるの?」
「……? 何かやってるように見えるのか?」
ううん。ぼうっと座ってるように見える。
「じゃあ、どうして食べに来ないの?」
ほら、ここにも良い香りが漂ってきてるのに。
『自分たちの分があるって、思っていないんじゃないかしら?』
まふっと弾んだモモに、なるほどと頷いた。
「あのね、みんなの分焼いてるから、早く出てきて! こっち!」
手近にいたあの少年、確か――リンゼ! 彼の手をぐいぐい引っぱって立たせると、戸惑う背中を物理的に押して部屋から連れ出した。振り返ってみんなも早く、と急かすのも忘れない。
「お前、食い物を持ってたのか? いいのか、俺たちに渡して」
割と力を込めて押しているのに、リンゼの歩みは重い。
「いいよ! オレたちそんなこともあろうかと、いっぱい持ってるから」
「布団もお前が持ってたんだろ? どんなことがあろうと思ってたんだよ……。その、文句じゃねえよ、すげえなってことだ。さすが、5つ星の知り合いだけある」
収納量に対してそこまで驚いていないのは、さすが魔族ってところだろうか。もしかすると魔族の町にはすごく性能の良い収納袋があるかもしれないね。
「だって、攫われたり、閉じ込められたり、トラブルって日常につきものでしょう? 快適に過ごすにはまずは食糧、あと睡眠、これがあれば何とかなるもの!」
「トラブルがあれば、それは非日常って言うだろ」
……おや? そうかもしれない。だけど、この世界って割とトラブルがつきものだと思う。
『世界じゃなくて、お前にトラブルがつきものなんだろ』
足下にいたチャトが、小馬鹿にしたようににゃあと鳴いた。
「えっ……なんだこれ?! こんなに?!」
「食っていいのか?!」
戻って来てみれば、タクトはボウル片手に混ぜては次々焼き台に生地を落とし、合間を見て忙しく腸詰めを口へ運んでいた。ラキは適当に落とされた生地を整え、焼けたものから見事な手腕でひっくり返している。まるで流れ作業のように淀みなく無駄のない働きっぷりだ。
「みんなも座って! アッゼさんとミラゼア様の分もあるから、焼けたら遠慮無く食べてね!」
出来上がった豚玉にジフ特製ソースを塗れば、こぼれ落ちたソースがぱちぱちと跳ねて一気に香りを立ち上らせた。ごくりと鳴った喉は、一体誰のものだったか。
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