第564話 再びの邂逅

「モモ! 大丈夫?! 他の子は……」

魔族の子たちが地下壕付近で身を寄せ合っているのを確認し、ひとまず安堵する。

この騒ぎでもお嬢様の意識は戻っていないみたい。やっぱり魔力が回復するまでは難しいだろうに、オレが渡すお薬なんて飲ませてはくれないもの。


『大丈夫よ、今はね!!』

ぽんと腕の中へ飛び込んできたモモが、くたりと扁平になった。

「ありがとう……良かった、モモがいて」

『どういたしまして。だけど、ずっとはもたないわ。全く、特訓に付き合ってくれたバルケリオス様に感謝ね! 男の人の方で良かったわ。あの女の人だったら今の私でも無理よ』

付き合っていたのはモモの方だと思うけど、結果オーライだ。


オレはキッとシールドの向こうを睨み付ける。どうして、こう何度も遭遇するのだろう。もし、もしあの女の人もいたら……絶対に勝てない。

舞い上がった土煙の向こうで、空気を切り裂く鋭い音がする。視界の端々に赤い稲妻が走った。


マシンガンもかくやという管狐部隊の魔法乱れ打ちに、土煙の収まる気配がない。一点突破するつもりがあるのかどうか、四方八方で派手な破壊音が響き渡った。

緊迫する戦闘の中、ラピスの声が響く。

――ぴよっこが! そんな大ぶりで当たるわけないの! 


がくぅ。

脳裏に『ピヨ?』と小首を傾げるひよこが浮かんで、膝の力が抜けた。

違う……ほんの些細な違いだけど圧倒的に違う……。啖呵は間違うとすごく、すごく……残念。

だけど、そんな啖呵が切れるくらい相手との相性は悪くない。そりゃあ、鞭であの小さなラピス部隊を狙うなんて無理な話だ。


「なんだ、アイツ……? こいつらを狙ってんのか?!」

アッゼさんが魔族の子たちを視界に収め、シールドの向こうへ鋭い視線をやった。

「わかんない……! だけど、前は子どもを攫って魔力を――そうか、魔力を奪うためかも!」

魔族の子なら、普通のヒトの子よりもずっと魔力が高い。その分、リスクも段違いだろうけど。

「魔族の子を、攫う……?」

紫の瞳に、見たことのない冷たい炎が灯る。思わずぞくりと怖気が走って、歯を食いしばった。

ハッとしたアッゼさんが、目を閉じて深呼吸する。

開いた瞳はいつものように落ち着いた深い色をたたえ、軽い調子でへらりと笑った。


ぽん、とオレの頭に手を置いてから、彼は警戒心丸出しで身構える子どもたちへ歩み寄っていく。

「よう、ちびっ子たち。お前らなんでこんな所にいるんだ?」

注目を促すように流した髪をかき上げ、戦闘音などないもののように気の抜けた笑みを浮かべる。

「ま、ぞく……!」

「おう、生粋の5つ星魔族さんだぜ? お前らがワルイ子じゃなければ、星の助けってやつだ」

「5つ、星……?!」

目を見開いた少年たちが、へたりと座り込んだ。紫の瞳にみる間に涙が盛り上がり、ほろほろとあふれ出していく。

ああ、どれほど不安で心細かったろうか。知らず、オレの目にも涙が浮かんだ。


「ちびっ子のくせに、よく頑張ったじゃねえか。ここからはオトナのアッゼさんに任せな? それと、あっちのオムツが外れたばっかりのちびっ子。あれな、常識外のトンデモ仕様だから、頼って大丈夫だぞ」

……あんまりな言いように倍ほどに頬を膨らませてふて腐れたものの、こちらへ向けられた視線にこくりと頷いてみせる。

「それで、襲ってきたあの男は――」


『ゆーた!! 大丈夫?!』

「え、シロ?」

突然の声に驚いた直後、シールド内へ白銀の閃光が滑り込んできた。

「うおおぉ?!」

射出される勢いでその背中からはじき出され、タクトは空中でくるっと回って木を足がかりに着地を決める。

その両脇にラキと少年が抱えられているのを見て、ホッと胸を撫で下ろした。

「シロ、どうしたの?」

『良かった。あの赤い鞭の人のニオイがしたから、来ちゃったんだ。みんなを置いていくのも危ないと思って連れてきちゃった……ごめんね』


シロはぺたりと耳を伏せ、鼻を鳴らして垂れたしっぽを揺らした。置いていくのも、連れて行くのも危険。逡巡した末に、堪らず駆けつけたらしいシロをそっと撫でた。

少年は魔族の子たちがいる所にいた方がいいだろうし、まとまっている方が守りやすい。結果的にこれで良かったと思う。

「あ~~~死ぬかと思った~。……知り合い?」

やっと声を出せるようになったらしいラキが、ふらふらしながら立ち上がった。少年の方はまだ目を回して座り込んでいる。ちらりとアッゼさんに走らせた視線に、にっこり笑ってみせた。

「うん! へたれで情けないけど強いんだよ!」

「お前っ! 前半の紹介はなんで必要だと思ったんだ?!」

ほっぺを引っぱられながら、不敵に笑う。これでおあいこだよ。


「ミ、ミラゼア、様っ?!」

連れてきた少年が、よたよたと覚束ない足取りで仲間の元へ駆け寄った。

「リンゼ?! 生きていたのか!」

「そんなことよりっ……」

輪の中心で守られた彼女は、ミラゼア様というらしい。

「大丈夫、魔力が切れただけだ。いくらミラゼア様でも、無茶がすぎる」

ミラゼア様の無事を確かめ、リンゼと呼ばれた少年はホッと安堵の表情を見せた。


「ミラゼア、リンゼ……じゃあ、ジノア、メルデル、ガーノ……なんかもいるってわけ?」

ビクッと肩を震わせ、少年たちが一斉にアッゼさんを見上げた。

「アッゼさん、知ってるの?」

「知らねえ~。けど、名前は有名だからなあ。そうだろ? 防衛一族の優秀なお子様方?」

視線を逸らせたのは、肯定の証だろう。


『ユータ、のんびりしてないでラピスを止めないと、森が丸坊主になるわよ!』

ラピス部隊の猛攻のおかげで時間が取れたものの、さっきから轟く地響きは留まることを知らない。だけど、今止めるとモモのシールドへ攻撃再開されてしまう。

――ユータ、やっぱり変なの! すぐに元通りになるの!

優勢だと思っていたラピスから、悔しげな声が届いた。元通り……やっぱり、強力な回復手段を持っているってことだろうか。


風を切る鞭の音が止み、土煙が消えていく。油断なく取り囲んだラピス部隊とのしばしのにらみ合いの最中、射殺さんばかりの赤い瞳がオレを捉えた。

「――鬱陶しい!! なんでてめえがそこにいる! 忌々しい、忌々しいガキが!」


火を吐くような台詞にも、もう、怖がったりしない。オレは腹に力を入れ、負けじとにらみ返した。

随分な血濡れのボロをまとっているけれど、のぞく肌に傷はない。負けないけど、勝てない。大雑把なラピス部隊の攻撃では回復されてしまい、膠着状態にあるようだ。

だけど、この子たちを逃がすだけの時間を稼げれば……!!


「ねえアッゼさん! この子たちを連れて逃げられる?」

オレの台詞に、彼らが目を見張ってアッゼさんを見つめた。

「全員いっぺんには、さすがのアッゼさんも無理だ。それより……お前ら、あの男のことを知ってるのか? コトと次第によっちゃあ逃げるよりも――」


細い縦の瞳孔がさらに細くなり、不穏な気配が漂う。

「知ってる!」

睨み付けるようにアッゼさんを見据え、リンゼが声をあげた。

「あいつだ。あいつが、魔物に村を襲わせようとした! あの魔晶石、きっとあいつが持ってる……早くなんとかしないと、凄い数の魔物が集まって来てるんだ!」

既に魔晶石を浄化したと知らないリンゼが、アッゼさんと仲間へ必死に訴えかけている。

村を襲わせる……? 村人を攫うではなく? それでは魔力を集める目的にそぐわない。引っかかりを覚えて、眉根を寄せた。


「……へえ? ユータが言ってた魔晶石は、あいつが? ひとまず、敵ってことで間違いねえな。もし、攫ったのがお前なら……」

ぱ、と電気を消したようにアッゼさんの姿が消え、ドォンと派手な音が響いた。

「……覚悟することだな」

アッゼさんは、さっきまで彼が立っていた場所にいた。

密着にも等しい距離からの攻撃魔法は、ひとたまりもなくあの男を吹っ飛ばしていた。




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