第563話 適任者
さて、問題はどこにいるかだ。
ひとまず上空まで来たところで転移する。オレの転移でみんなを連れて行けたらいいんだけど……他人を連れて行くのに向いていないみたいだし、ひとり……もしくはふたりが限度だろう。
「それに、全く知らない人を連れて行くのは難しいような……気がする」
そこに一体何の差があるんだろうと思うけれど、初対面の人の方が難しいって感じる。
一旦ロクサレンの自室へ転移すると、例の召喚呪文を口にする。
「マリーさーん」
きっと、呪文を唱えなくても来てくれそうな気がするけど、唱えると秒で来て――ほら。
「おかえりなさいませっ! お呼びでしたねっ?!」
満面の笑みで飛び込んできたマリーさんに抱き上げられる。一体全体どうなっているのか疑問は尽きないけれど、きっとAランクだからだ。
「ただいま! でもね、すぐに出なきゃいけないの」
すべすべしたほっぺで頬ずりされつつ、ゆっくりしてはいられないと釘を刺す。
「そうですか……。ですが、マリーをお呼びになったと言うことは、このマリー自身にご用事が?!」
さあ何でもどうぞ! と言わんばかりの笑みに、少々言い淀んで視線を彷徨わせた。
「どうしました? ユータ様のお願いとあらばこのマリー、ドラゴンだって撲殺して参りますが?」
曇り無き純粋な瞳でそんなことを言わないで欲しい。だけど、それならお願いしても大丈夫だろうか。
「あのね、その……呼んで欲しいんだ。えっと……アッゼさんを」
ドラゴンを撲殺するよりずっと簡単なはずなのに、聞くなりマリーさんはウッと顔をしかめた。
「ユータ様? お願いはそのようなことなのですか? 他には……? 分かりました、誰か他で代用しましょう。似たような者はどこにでもいるでしょう」
いないよ! 割と特殊な人だよ?! そもそも代用可能な人間なんて普通いないよ?!
頑なに首を振るオレに、マリーさんは困った顔をする。
「おねがい……! ちょっと呼ぶだけ! すぐにオレが連れて行くから!」
きゅっとしがみつくと、真摯な瞳で見上げた。だって、マリーさんが呼べばきっと来るよ。遠距離転移の魔族だもの、それ以外に探す方法がない。
でれっと笑み崩れたマリーさんに、ここぞとばかりに瞳に力を込めた。
「マリーさん、おねがい……!!」
「――いいですか? 一回だけですからね?」
もう何回目かになる問いかけに、神妙に頷いた。そんなに嫌がらなくても……きっと喜んでくれるだろうに。
ため息をひとつ吐いて、マリーさんは覚悟を決めるように半眼で腕組みをした。ちらりと寄越した視線に、勢いよく頷いてみせる。
「…………アッゼ。ここへ来――」
ヒュ、と風を切る音をたててマリーさんの姿がブレた。
「マリーちゃんっ!! 愛しのアッゼさんですよ!!!」
最初からそこにいたかのように現れた彼の両腕が、空を抱きしめた。マリーさんはと言えば既にオレの後ろにいる。短距離転移もかくやという速度……ある意味、息ぴったりだね。割とお似合いじゃないかと思うんだけど。
「嬉しいぜ……! 俺の名前、ちゃんと覚えていてくれたんだね?! マリーちゃんが俺の名前を呼んでくれるなんて――」
「ユータ様のお願いを、断るわけにはいきませんから」
素っ気ない台詞にも、アッゼさんはぴかぴかの笑顔だ。名前を覚えられていないかもレベルだったんだ……健気。
「あの、アッゼさんにお願いがあって」
マリーさんとの時間を邪魔して申し訳ないけれど、オレも急いでいる。
「いいぜ! お前のおかげでマリーちゃんから『アッゼ♡』なんて甘い声が聞けちゃったからな! 目視できる距離まで安全に来られたし!! 今日の俺はなんでも聞いてやるぜ!」
存外にご機嫌なアッゼさんがちらちらとマリーさんを視界に入れながら胸を叩いてみせた。
声、甘かったかな……オレには苦みしか感じられなかったけど、大人の味覚とは違うのかもしれない。
「じゃあ、今すぐ一緒に来て!!」
オレはがしりとその腕を捕まえると、マリーさんへの挨拶もそこそこに再び森へと転移した。
「うえっ……お前、これはやめろってぇぇえー?!」
アッゼさんがいると途端に騒がしい。
森の上空へと転移して、オレはチャトに乗ったものの、アッゼさんは乗れない。そのことをすっかり忘れていた。
その、ごめん。悲鳴と共に落下していくアッゼさんを無言で見送って頭を掻いた。
「お、お前っ! のんきに見送ってんじゃねえよ! 手ぇ伸ばすとか! そいつで追いかけるとか! 色々あるだろ!」
どこに落ちたかと眼下を覗き込んだところで、上から声が降ってきた。
まるで分身の術みたいに目まぐるしく転移しながら、空中に在り続ける彼を目で追ってにこっと笑う。
「だって、アッゼさんなら大丈夫でしょう。だってチャトはオレ以外を乗せないの」
ついでにチャトはラピス並に他人へ興味を持っていないので、助けに行くような心がけがあるはずもない。オレの召喚獣たちの中で、積極的に助けてくれるのはシロとモモくらいだろう。
「……で、どうしたっつうの? すげー魔物いるけど、まさか全部倒せとか言わないよな? アッゼさんできなくはねえけど、やりたくもねえよ?」
いきなり現われると逆効果だろうと、オレたちは少し離れた場所に着地した。
「ううん。全部倒すだけならオレ(ラピス)にもできると思う。……森もなくなるけど」
「できんのかよ!!」
オレじゃないよ、ラピスたちだけどね。
「アッゼさんじゃなきゃダメだったのはね――」
大人で、一応きちんとお話ができる魔族の知り合いはアッゼさんしかいない。スモークさんじゃあ……まとまるものもまとまらない。
「……ちょっと待て、シールドを張る女の子? 髪色は? いくつぐらいだ?」
「ええ? どうだったかな……オレより大きくて、10歳くらいかな? 薄い色の髪だったと思うけど……もしかして知ってる子?」
「そりゃ淡い色だろ、純血の魔族は髪色の淡いやつが多いからな。そんな規模のシールドを張って維持できる10歳なんて、魔族にだってそうそういねえよ。……二等星のギィルワルド家だろうな、詳しくは知らねえけど、一時騒動があったと思うぜ」
二等星って階級のことだろうか。何にせよそんなお嬢様が護衛もつけずにこんな所に? やっぱり、アッゼさんを連れてきて良かった。多少なりとも魔族の事情に通じている人がいると違う。
「やっぱりお嬢様だったんだね。とにかく、ちっともオレの話は聞いてくれないから、アッゼさんにお話してもらいたくて! アッゼさんなら国に連れて帰ることもできるでしょう?」
「まあな、アッゼさんならな!」
「なら――」
行こう、と続けようとした瞬間、ハッと視線を巡らせた。何も理解しないまま、身体が瞬時に戦闘モードに切り替わる。アッゼさんが険しい瞳を向けた。
「シールドは、もつんだろうな?!」
「大丈夫! モモがいるから!」
アッゼさんがオレを引っつかんだと同時、離れた場所で衝撃音が聞こえ――すぐさま耳をつんざく間近な音に切り替わった。眼下ではもうもうと土煙があがり、集まっていた魔物が逃げ惑っている。
断続的に続く衝撃音、草木がなぎ倒される音。そして魔物の悲鳴と足音。雑多な騒音の中で、ヒョウと風を切る音がやけに耳についた。
「モモ!」
『任せなさい! まだ大丈夫よ!』
頼れる応えに思わず涙が浮かぶ。空気まで振動するような衝撃が再びシールドを襲い、魔力が揺らめくのを感じる。
けれど……宣言通り、猛攻を三度受け切ってシールドはそこにあった。
――集中するの! 一点突破!! ひねり潰してやるの!
ラピス部隊の反撃が始まった。不釣り合いな台詞は、ガウロ様のものだろうか。
「行こう!」
アッゼさんを引っ張り、この隙に一気にシールドを抜けてモモたちの所へ走る。
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10巻発売まであと二日…!!
例のごとくお腹がキリキリして参りました!!!
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