第559話 森へ
困惑した大声に、顔を見合わせて村の入り口へ走った。
「どうなってんだよ! おかしいだろ、こんなの?!」
「分かってるわよ、大声出さないでよ! 盗賊とかだったらどうするのよ!」
「と、とにかくギルドに知らせなきゃ……。僕、行ってくるよ!」
物陰からそっと顔を覗かせると、そこにいたのは3人の冒険者のようだった。2、3言葉を交わしたかと思うと、一人が村からかけ出して行くのが見えた。
「くそっ……」
「……村はきれいじゃない、魔物じゃないわ。きっと、きっと大丈夫だから!」
ポニーテールの女性が、項垂れた男性の背をさすっている。
もしかして、この村の関係者だろうか。どうやら一人は状況を報せに行ってくれたみたいだし、オレたちが引き返す手間が省けたみたい。土地勘のある人なら近くのギルドに知らせてくれるだろう。
オレたちは頷きあって、そろりと1歩踏み出した。
「あの……村の人?」
驚かせないようにとなるべく静かに声をかけたけれど、肩を跳ねさせた2人は武器を構えてこちらを向いた。
「え? 子ども? お前ら、これは一体――」
「寄るな!」
間近で聞こえた鋭い声に、オレの方が驚いて飛び上がってしまう。駆け寄ってきた2人も、剣を抜いたタクトに目を瞬いて足を止めた。見ればラキもひっそりと照準を合わせている。
見上げるオレをちらりと見て、タクトが小さく呟いた。
「あれは、大丈夫だな? 幻惑じゃないな?」
思わぬ台詞に、こくこくと頷いてみせる。そっか、2人は幻惑に対する注意も必要なんだ。ティアだって万能じゃないだろうし、オレも気をつけなければいけなかったかも。
「なんだっつうんだよ……。話を聞こうとしただけだろ!」
「じゃあ、武器はしまってね~。2人は村の人なの~?」
にこ、と微笑んだラキの視線にそれぞれ慌てて武器を収納すると、2人はゆっくりと歩み寄ってきた。
「あ、ああ、依頼に出て帰ってきてみればこの通りじゃねえか。一体、何があったんだ?」
「私たち、2日前に出たばかりなのよ。なのに、こんなことって……」
どうやら2人は村に住む冒険者らしく、依頼で留守にする2日前までは村に変わったことはなかったらしい。スーリアとダートと名乗った2人と、オレたちは互いに少ない情報の摺り合わせを行った。
「ふうん、異変は2日前の昼から昨日の夕方までのどこかであったってことだね~」
得られた情報はあまりなかったけれど、誰もいない村を前にじわじわと浸食するような不安が消えて、正直ホッとしている。
「森へ続く痕跡……? 幻惑蝶は増えてるが、森に誘い出されるなんて話は聞いたことねえ」
「結局、あなたたちも何も知らないってことね……」
落胆を隠せず肩を落とす2人に、オレ達も大した情報を得られずガッカリする。収穫は2日前までは何の変哲も無い村だったということくらいだ。幻惑蝶が増えたせいで森に近寄れず、立ち寄る冒険者もめっきり減っていたそうだ。
「ギルドに依頼が出てたから、これから冒険者は増えると思うぜ」
「そうなの? それは朗報だけど……村の調査は結局別になると思うわ」
スーリアさんが少し目を伏せた。そうか、依頼自体は森の幻惑蝶討伐だから……。
「だけど、森に入る人が増えたら何か分かるかも!」
「確かにな。ここにいても気が滅入るだけだ、俺らも行くぞ。ぼうずたち、森へ続く跡ってのはどこだ」
オレの何気ない台詞に、ダートさんが膝を打って立ち上がった。
「俺たちも行こうぜ! 元々そのつもりだったしな」
「そうだね~。ひとまず森が普段と変わりないか、この二人と一緒なら確認できそうだし~」
よし、と気合いを入れたオレたちを見て、慌てたのはダートさんたちだ。
「おいおい、冗談きついぜ! お前らまで連れて行けねえよ!」
「送っては行けないけど、冒険者なのよね? まだ明るいから帰れるわよ。どこの村の子?」
ハイカリクでは少々知名度も出てきたみたいだけど、王都でオレたちを知っている人なんて皆無だもんね。そもそも王都から離れた村で名が知れるのはAランクくらいだけれど。
「ダートさんは何ランク~?」
「俺たちはDだぞ。お前らも知ってるだろ? あの森は幻惑蝶が出て危ねえんだから、今低ランクは行けねえんだよ」
案外優しい人らしい。面倒見の良さそうなオーラを感じつつ、オレたちはにっこりと笑った。
「じゃあ、いいよな!」
「一緒だね!」
「うん、僕たちもDランクだから~」
掲げたカードをまじまじと見つめ、二人は目を丸くしたのだった。
オレたちのランクに半信半疑の2人にしびれを切らし、それならオレたちだけで行くからいいよと言ったところで、ようやく重い腰が上がった。今は昨夜見た草原の跡となるべく同じ場所を通って、森へ向かっている。
『うーん。多分、たくさんの人のにおいがする……と思うんだけど。このにおい、すごく邪魔だよ』
大人冒険者2人の歩幅が大きいので、オレはシロに乗っている次第だ。ラキとタクトはあの歩幅について行けるみたい。
シロが不愉快そうにプシッとくしゃみをして、オレの身体が弾む。オレの鼻ではあまり感じないけれど、そんなにシロの嗅覚を阻害するなんて不思議だ。
「ねえ、2人は幻惑蝶と戦ったことある? シロが……あ、この犬なんだけど、この子が変なにおいってずっと言ってるんだ。蝶々って変なにおいがする?」
ふと思いついて前を歩く2人に聞いてみる。
「するぞ。フェロモンだか鱗粉だか知らねえけど、クセのある甘いニオイをばらまきやがる。だから、森で甘いニオイがしたらすぐに逃げろって言われている。今は俺には感じねえけど、なんせ増えてるからな。犬なら敏感に感じるのかもな」
「幻惑にかかってしまえば負けよ。だから、ニオイがしたらすぐに逃げるのよ」
どうやら幻惑蝶と戦うには遠くからのヒットアンドアウェイが基本らしい。
「いいか、ぐずぐずして他の魔物を呼ばれたら厄介だからな。下手に戦わず逃げるんだぞ」
「だけど、2人は戦ったんでしょう?」
不満げなオレの台詞を聞いて、2人が苦笑した。
「まあ、討伐はしたけどねえ……」
「もうやりたくねえ」
あまり誇らしげでもない様子に、どういうことかとますます興味を惹かれた。
「――へえ~。じゃあ、タクトが怪しかったら僕が撃つね~」
「気軽に言うなよ! お前、加減間違って打ち抜くなよ?! お前が幻惑にかかったら俺狙撃されねえ?!」
「大丈夫、タクトは頑丈だから狙撃してもそうそう死なないよ~」
そう、どうやら幻惑にかかりそうになった時は強い刺激が有効らしい。蝶に近い者からかかっていくので、ダートさんはパーティの2人から文字通り石を投げられつつ戦ったそうな。
ちなみにダートさんが守備と攻撃を兼ねた盾と剣を持った剣士、スーリアさんが回復を少しと弓、もう一人は魔法と槍だそう。王都まで来ると、割と多彩な人が多い気がする。
「じゃあ、ラキがかかったらモモアタックだね」
だけどそもそも、かからない対策が必要だろう。経験のある二人の真似をして盗賊みたいに口元を布で覆ってはいるけれど、これだけでは心許ない。
「そうだ、モモはラキに、蘇芳はタクトについていてくれない?」
シールドがもしかすると有効かもしれないし、少なくとも他人をラキの狙撃から守ることはできるだろう。タクトは……蘇芳の運があれば最悪の事態は防げるだろうし。
『了解、あなたも気をつけるのよ!』
『抱っこはしない』
モモはぽんとラキの肩に飛び乗り、蘇芳はやや不服そうにタクトの後頭部に貼り付いた。これでよし、あとは……。
「効くかどうか分からないけど、ムゥちゃんの葉っぱをいくつか渡しておくね! 回復関連の力があるから、ないよりマシかも」
多分、毒には効くだろう。
これで準備はできた。だけど今回は特殊だから、幻惑蝶と戦ってみて危ないと判断したら即退散の心づもりだ。
本当に行くのか? なんて2人の大人の視線をひしひし感じつつ、オレはフンスと気合いを入れて森の中へ踏み入ったのだった。
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12/23はコミカライズ版更新日でしたね!!
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