第547話 褒める力

「……バルケリオス様って体力はあるんだね」

延々と繰り広げられる(一方的に)楽しそうな追いかけっこを眺め、独りごちた。

なんとなく、情けない姿ばかり見ているけど、これだけ動き続けられるのは伊達ではない。

『これも十分に情けない姿ではあると思うけど』

早々に離脱して高みの見物を決め込むモモが、ふよっと揺れた。


「鍛えられるところは、ある程度鍛えてありますから。……メイメイ様が」

あー……それで、バルケリオス様は割とメイメイ様を苦手としているのか。

だけど、ちゃんと厳しい特訓に耐えてきているのだから大したものだ。今だってシールドは最低限だし、庭からは出ようとしないあたり、ちゃんと訓練の意識を持っているのだろう。

「苦手なことを頑張るって、すごいことだね」

何気なくつぶやいた言葉に、メイドさんが思い切り振り返って視線がかち合った。

「あ……すみません。中々、そうは言ってもらえないものですから」

そう言って小さく笑うと、元気に駆けまわっているバルケリオス様に目をやった。


「魔物におびえることはあれど、普通の人はああはならないでしょう。ましてやバルケリオス様はSランクで身を守る術もおありですから。ああ、ご存知だったと思いますが、出血やケガなんかもダメなんですよ。何と言いますか、冒険者の適正ゼロどころかマイナス振り切ってますよね。一般人以下です」

「ええっと……その、た、大変そうだよね」

思わず頷きかけて曖昧な笑みを浮かべる。フォローしようもないくらい散々な言われようだ。

「ですが、Sランクなんですよ。他人から見ればあの姿、『フザケてんのかクソ野郎がぁ!』と思いますよね」

突如飛び出した荒くれみたいな口調に、ビクッと肩を揺らして見上げる。

何か? と言いたげに返ってきた微笑みに、こくんと唾を飲んで首を振った。

そう思ったのはメイドさんじゃなくて世間一般ってことだよね?


「召喚獣たち、かわいいですよね。なのに……あんなに苦手なんですよ。本当に、吐くほど。ね、分かりませんよねえ、普通の人はかわいいって思いますもん。私には想像もつきませんね、フツーの人がフツーにできることを、せめて『普通以下』くらいはできるようになるための努力って」

「……そっか。うん。オレも、分からない」

オレはもちろんみんなが大好きだし、魔物だって命が脅かされるから怖いだけだ。想像できるはずがない。

『普通』より極端にマイナスからのスタートって、辛いものなんだな。どんなに頑張って辿り着いても、そこはあくまで『普通』のライン。

できるようになっても、褒められはしない。


それって、頑張れるだろうか。それを頑張ってるって、凄くないだろうか。

バルケリオス様はきっと、100mくらい後ろからスタートしてるんだ。同時に出発した人に追い付くには、100mも差を縮めなきゃいけない。そう考えて驚愕した。だってもし200m走だったら倍の速さで走らなきゃ! なのに、倍で走ってやっと同着だ。

「バルケリオス様……すごいよ。ごめんね、オレ、ちゃんと考えてなかった。苦手を頑張るって本当にすごいことだったんだ」

なんだか涙がにじむ。彼はどんな思いでSランクになったんだろうか。

守るべき運命をもって生まれた――本当にそんな信念を持っていただなんて。

分かってなくてごめんね。オレは、オレはちゃんと褒めるからね! 頑張ってるねって言うからね!

きゅっと唇を結んだところで、少々ふらつきながらバルケリオス様が戻ってきた。


「お疲れさ――」

「絶対間違ってる! 城壁は大事に扱って、少しでもヒビがあったら補修して、至れり尽くせりで手間暇かけて長持ちさせるものなんですぅー! 私だって『城壁』なんだからもっと大切に扱うべきだろう! 食っちゃ寝して何が悪いのかね?! そのためにSランクになったのに!」

彼は憤慨しながら椅子の上で膝を抱えて小さくなると、もっしゃもしゃとお菓子を頬張った。

オレの潤んだ瞳がみるみる乾き、熱いものでいっぱいだった胸が急速に冷えていく。煌めいていた瞳の光はすっかり失われ、オレは拗ねたおじさんを半眼で眺めた。


「……バルケリオス様、ちょっと、よろしいでしょうか?」

「よろしくないよ君、見れば分かるだ――あ、ちょっと待ちなさ……ちょっと君ぃーっ」

メイドさんは、どこでもやっぱり怖……じゃなくて、強……でもなく、そう、頼もしい存在であるようだ。オレたちは引っ張って行かれたバルケリオス様の無事を祈りつつ、その場を後にしたのだった。


「ふーん。変な人だよな! 食っちゃ寝したいだけなら、Sランクじゃなくてもできそうじゃねえ? あんなすげえ能力があるんだからさ!」

少々ガッカリした件の話を訴えると、タクトは訝し気な顔をした。

そう言えばそうだ。彼の真意は分からない……と、言うことにしておこう。


「なあ、それより俺だってそうなんだけど」

「何が『そう』なの?」

オレたちは、どうせ工房へ入り浸って帰ってこないであろうラキをお迎えに向かっている。

何か言いたげなタクトを見上げると、彼はにっと笑った。

「苦手なこと。頑張ってるだろ? 俺だって勉強大嫌いだぜ!」

「……それは多分、得意な人の方が少ないと思う……」

オレは過去の経験がある分、もしかすると得意なのかもしれないけど、別に好きではない。

「だけど、嫌いなものを頑張ってんだからもっと褒めてほしいぞ!」

「だってオレも頑張ってるもの! じゃあオレだって褒めてほしいよ!」


唇を尖らせたタクトに、オレも負けじと頬を膨らませる。途端に、思い切り体が浮いた。

「う、わあっ?! もうっ! びっくりするから!」

勢いよく空へ掲げられて、満面の笑みを浮かべるタクトに怒ってみせる。

「褒めてやるよ! えらいえらーい! お前、すっげえ頑張ってるぞ! すごいヤツだな、そんなにできるもんじゃねえよ! 大したやつだ! さすがユータだ!」

ぐるぐるまわってぎゅうーっと抱きしめられ、きょとんとしていたオレは、こらえ切れずに吹き出した。


「そんな、滅茶苦茶に褒められたって……」

褒められたって――嬉しくないだろうか。ううん、そうでもない。ほこほこと上気してきた頬と、へらりと綻んだ口元に、確かに上向いた心を感じておかしくなった。

「タクトも、えらいえらーい! いつも、すっごく頑張ってるね! 勉強も、特訓も、こんなに頑張れる人いないよ! 早起きもすごいし、こんなにいつだってパワーが溢れてる人はタクト以外いないね! いい子いい子!」

高い位置の頭を引き寄せ、赤みがかった短い髪を思い切りわしゃわしゃと撫でた。


「お前、いい子ってなんだよ! そうじゃねえだろ!」

そんなことを言うタクトの頬も、確かにほんのり紅潮している。オレたちは、顔を見合わせて照れ臭く笑った。

なんだろう、褒めるってすごいな。言っちゃあなんだけど、こんなに適当な『褒め』でも、どうしてか心はひどく満足している。


「ねえ!」

「おう!」

言うまでもなく、その瞳の悪戯っぽい輝きが理解したと物語っている。

お互いにんまりと笑い、歩く速度が速くなった。

さあ、どうしようか。なんて言おう。

二人がかりの渾身の褒め殺しに、ラキはどんな顔をするだろうか。

抑えきれないにやにやを浮かべ、オレたちは思いつく限りの誉め言葉を浮かべながら工房へ向かったのだった。





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褒められるって、大事ですよ。

忙しいのに日々読書まで欠かさない人、すごいですよ!

いろんな小説を読むなんて、そうそうできることじゃないです!

今日一体何文字読みました?! 強制でもないのに読むなんて偉い!ただ者ではないですね!



「恋愛」とつくものを見るのも読むのも苦手なひつじのはねが試しに恋愛(?)短編を書きました! ホント苦手なので「好き」とかかわいい、カッコイイとかそういった言葉を極力使わずに書いたのですが、これって恋愛って言ってOKですかね…?書けてます??普通の恋愛小説ってどんな風なの??

恋愛ってハイパーメジャーなジャンルなので、書きたいなとは思うんですが…私には無理っぽいですか?


興味のある方はぜひ…『好きなのは、運命の女神なのか?』ってやつです。カップ麺のコンテスト用のヤツです!

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