第546話 抱えて

「それにしても、メイメイ様ってやっぱりすごい人なんだね。そんな二つ名があるなんて」

確かにあの魔法剣は、ドラゴンブレスと呼ばれるに相応しい荒々しさと破壊力だった。そこで瞳を輝かせているタクトも、いずれあんな魔法剣を使うようになるんだろうか。

「メイメイ様はすごいけど、バルケリオス様は本当に活躍してたのかな~? 本人を見ても信じられないよ~」

「確かに……だけど、何があったんだろ?」

そう言えば危険な魔物がやってきた話だと思い込んでいたけど、もしかすると以前みたいに崩れた地盤を吹っ飛ばす、なんて案件だったかもしれない。それなら、バルケリオス様にだって可能なはずだ。

『あら、もしかすると、もしかするかもよ? 訓練で魔物が平気になったのかもしれないわよ?』

『まさかぁ~~俺様、絶対それはないと思う!』

『大丈夫、おじさんは怖がりだけど、きっとがんばったんだよ!』

バルケリオス様、Sランクなのに……オレの召喚獣たちに言われたい放題だ。


「じゃあさ、メイメイ様……じゃなくてバルケリオス様の所に行ってみようぜ! 何があったか聞けるだろ」

「うん! だけどもし魔物に慣れたんなら、訓練いらなくなっちゃうね」

「あっ、しまった……! じゃ、じゃあさ、もっと怖そうなヤツ連れて行こうぜ! エビビは……無理だな」

さすがのバルケリオス様も、エビビならきっと平気だろう。あと会ったことないのはチャトくらいしかいない。チャトなんて見た目は猫だもんなあ。ちょっと羽が生えてるけど。


「僕は遠慮しておくよ~。タクト、工房にまだ行ってないでしょ? 僕が声かけてくるよ~」

さて白の街へと方向転換したところで、ラキがスッと離れた。妙ににまにましながらその手は収納袋を撫でており……どうやらムカデ素材は魅力的だったようだ。



「――こんにちは! バルケリオス様いますか?」

「どうぞ、今日はいらっしゃるよ」

顔見知りの門番さんが、大きな手で頭を撫でてくれる。どうしてオレだけ撫でたのかと思わなくもないけど、その嬉し気な顔に釣られて笑った。


いつもの広い訓練用のお庭に着くと、タクトがさっそく剣を振り始める。……普通、貴族様のお家でそんなことしちゃダメなんだよ。

タクトの知る貴族の家がロクサレンとバルケリオス邸になってしまって、これはちょっとまずいかもしれない。

「なあ、メイメイ様ってそこまで魔力多くないんだって! じゃあ俺だってドラゴンブレスできるかもしれねえよな!」

剣に炎をまとったタクトが、にっと笑う。そうなの? 魔法剣って普通はヒトの魔法と同じだ。だけど、タクトやメイメイ様のは魔法と剣技の間みたいなものだもんね。剣技ならオレと同じく妖精魔法の系列だ。そこにある魔素を使うから、魔力が多くなくてもできるかもしれない。

「そもそも、タクトも水の剣は自分の魔力に頼らずに使ってるんじゃないの? 魔法だとあんな風に使えないでしょう?」

巨大な水柱を出せるほど、タクトの魔力は多くない。きょとんとした顔は、言われて初めて気付いたらしい。


「あれ? 俺、どうやって使ってるんだ……? すうーってエビビの気配と一緒になったら、なんか水が分かるようになるんだよ! 普通にさ、水だったら俺の力みたいな感じでさ……分かるだろ?!」

「分かんないよ……」

それ、何も普通じゃないよ。こんなところに規格外がいたなんて。

『それ、あなたにも言えるんじゃないかしら?』

モモのセリフにうっと詰まる。オレのは……だって最初に習ったのが妖精魔法だったんだもの。



「――すみません、バルケリオス様の駄々が長引いてしまって……」

しばらくお庭で過ごしていると、困り顔のメイドさんがティーセットを持ってきてくれた。庭に設置された小テーブルに慣れた手つきでセッティングされ、まるで今からお茶会でも始まるみたい。

「そうなん……ですの? じゃあメイメイ様は?」

茶菓子に目を輝かせたタクトが飛んできて着席する。この場に相応しいと言えば相応しい台詞に、そう言えばタクトの敬語を矯正するのをすっかり忘れていることを思い出した。

「メイメイ様がいらっしゃれば、抱えて来て下さるのですが……」

抱えて……。Sランク、それでいいのかと乾いた笑みが漏れる。

「ユータと同じだな! よく抱えられてるもんな!」

「なっ?! そんなことない――」

にや、と笑うタクトにカロルス様が重なって見える。

……その、カロルス様はカウント外だと……思うんだ。あの腕はね、特別。


「そのお姿はとても素敵なんですよ。勇ましく、頼もしくて生き生きと輝いてらっしゃる」

本当に……? 抱えられていながら勇ましく見える方法があるなら、ぜひ知りたい。それに、バルケリオス様の瞳が生き生きしていることなんてあるだろうか。

「先日も颯爽と……まるで姫を助け出す騎士様のお話のようなお姿でした。私がバルケリオス様と代わりたいと思ったくらいですよ」

それってあれだよね。勇ましくて頼もしいのはメイメイ様だよね。助け出される姫ならぬ戦場に連れ出されるバルケリオス様の方は、さぞかし悲痛な顔をしていたんじゃないだろうか。


「私は体調が優れないと言っているだろう。だから訓練は明日にする! 分かっているのか、あまり失礼なことをするとクビにするぞ! 私を!」

建物の方から、賑やかな声が近づいてきた。

「分かってますよ~。バルケリオス様はそう簡単にクビになれませんから。契約されているでしょう」

「はいはい、Sランクは勝手に辞められませんねえ~」

これは、駄々だね……ずるずると両脇を抱えて後ろ向きに引っ張って来られる様は、これ以上ないくらい駄々をこねている。

「くそっ……いたた、足が痛い! 手も痛い! 私は忙しいんだ、ベッドで書類をしなくては……」

『往生際が悪いぜ……』

ほら、ねずみにまで憐憫の視線をもらってるよ。


「バルケリオス様、お久しぶりです!」

ぺこりと頭を下げると、引きずって来られたSランク冒険者は、何事もなかったかのように居住まいを正して咳払いした。

「やあ、久しぶりだね。君たちも聞き及んでいるだろう? 私の活躍を。先日魔物の群れを殲滅して疲れているんだ。それに、そんな芸当ができるまでに魔物に慣れたからね。もう心配無用だよ」


「本当に?! バルケリオス様すげえ!」

ぱっと顔を輝かせたタクトに、『城壁』は重々しく頷いて見せる。

「じゃあ、もう訓練いらないの?」

首をかしげて見上げると、『城壁』は高速で頷いた。

「……じゃあ、どうしてそんなに離れてるの?」

ものすごくソーシャルディスタンスをとった距離感にじっとりした視線を送る。


「バルケリオス様、その先日の件で痛感なさったところでしょう。いきなり日和らないでください」

「またお姫様抱っこで戦場に立ちたいのですか?」

控えている側近らしき人たちの笑顔に青筋が浮かんでいる気がする。

「……シロ、モモ」

「ウォウッ!」

『うふふっ、お任せっ!』

脱兎のごとく走り去ったバルケリオス様に、やっぱり訓練の期間を空けたのがダメだったのかと項垂れた。せっかく免疫がついてきていたのに……。


『おれも行く』

あれ? チャト? オレから飛び出していったオレンジの猫に目を瞬いた。手伝ってくれるの? チャトにそんなサービス精神あったかな?

『いい獲物』

蘇芳は我関せずとばかりに後頭部に張り付いてしっぽを揺らした。




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9巻のブロマイドとショートストーリーが新たにファミマプリントとセブンイレブンのネットプリントに登録されましたよ~! あのかっこいい表紙のやつですよ!!

SSはメリーメリー先生の登場する楽しいお話…だと思いますよ!

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