第545話 オレが笑っていれば
「いっぱい食えよ~」
テーブルに頬杖をついて水槽を覗き込み、タクトはにまにましている。朝からずっとこの調子だ。
「まあ、無理もないけどね~」
ラキが苦笑してポテトをつまんだ。一応、お祝いの体裁は整えてみたものの、お料理はオレたちの分。エビビは生命魔法水とお野菜の葉っぱで十分だそう。
「結局、どうしてエビビはあんなことができたんだろうねえ」
ただのエビでしかなかったはずなのに、色々と規格外なことがありすぎじゃないだろうか。
水槽に突っ込まれているのは、エビビの大好物らしいムゥちゃんの葉っぱだ。微かな振動は、ちみちみと必死に齧っている証拠。
『こういう時は、主が原因になっていることが多いと俺様は分析する! だから、まず主ありきで考えたらいいと思う!』
ピンとしっぽを立てて、チュー助が得意げにりんごスライスを齧った。それ、エビビのだよ!
「そんなことないよ。それに、今回はオレ宿にいたんだから」
そんなに何もかもオレのせいになっちゃあ堪らない。ふすふすと動く鼻をつつくと、チュー助はむうっと腕組みして眉根を寄せた。
『そうかしら? あなたのせい以外にないと思うのだけど……』
聞き捨てならないモモの発言に、今度はオレがむっと頬を膨らませる。
『だって、エビビの召喚を維持しているのはゆうたの生命魔法水でしょう?』
そう言えば、タクトが召喚を維持するのが難しいから、薄い生命魔法水を使っているんだった。
ほらみろ、とばかりにツンツンしてくるチュー助にはお手拭きをかぶせておく。
「そう、だけど……召喚維持に必要な分くらいの、ほんのちょっぴりな量だよ。維持に使っちゃうから残らないはずだよ!」
『そうね、当初はね』
今は違うって言うの……? 怪しくなってきた雲行きに、知らずたらりと汗が流れる。
『だって、タクトは魔法剣を使うまでに魔力が伸びているじゃない? だけど生命魔法水も使い続けているわけでしょ?』
「……!!」
ハッと水槽を見やると、心なしかエビビがギクリとした気がする。まさか、エビビ……余剰分を取り込んだり、溜め込んだりしていたの?
『ほら、高濃度の邪の魔素で魔物が強力になるじゃない。だから……』
そっと目を逸らしたモモに、愕然として小さなエビを見つめた。オレの視線にもそ知らぬふりの小さな生き物は、葉っぱを咀嚼するスピードを上げた気がする。
「なあ、エビビはブレスを吐けるようになったんだから、ドラゴンにだってなれるかもしれないぞ! 一緒に頑張ろうな!」
無邪気なタクトの声に頭が痛くなる。それ以上エビビを焚きつけないで……タクトに似て、きっと強さに貪欲なエビだから。
『そっか、エビビは生命魔法をいっぱい摂ったらブレス? できるんだね! じゃあ、ムゥちゃんの葉っぱ食べたらきっとまたできるね! ぼくも見てみたいな』
シロ……なんて? あっと気付いた時には、葉っぱの末端がエビビの口に吸い込まれていくところだった。
ふう、やれやれ。エビビからそんな気配が伝わってくる気がする……このエビ、絶対確信犯だ! どうも、してやられた気がして悔しい。
悶々としていると、ちょいちょい、と腕に控えめな感触があった。
そこには居住まいを正したチャトが、ごく深刻な瞳でオレを見つめていた。普段あまりオレたちの会話など気に留めていないようなのに、やっぱり同じ召喚獣の可能性については思うところがあるのだろうか。
にゃあと鳴く三角のお口がそっと開き、案外低い声が真剣な声音で問うた。
『エビは……ブレスを吐くのか?』
何事かと詰めていた息が力なく抜けた。
……大丈夫です、エビはブレスを吐きません。エビビ以外は見つけたら安心してお召し上がりください。
知ってるよ、シロもチャトもお散歩で何かしら拾い……狩り食い? してるの。
安堵したらしいチャトは、ひょいとオレの隣にやってくると、四角くうずくまった。目を閉じ、耳を下げ、しっぽがオレの腕を撫でる。
撫でても良かろうの合図にくすっと笑うと、滑らかな毛並みに手を滑らせる。いつも丁寧にグルーミングしているオレンジの毛並みは、撫でるとぺったりと平らになってすべすべするくらいだ。
「エビビ、明日から特訓だ!」
「一体エビに何をさせようって言うの~……」
お日様みたいなきらきらした笑みを見つめていると、オレまで温かくなってくるみたい。
「良かったねえ」
タクトが笑っていること。それって何て大事なことなんだろう。
オレの小さな世界は、タクトとラキが笑っていれば、それだけで大体幸せなんじゃないかな。
『そう。あなたも
肩に乗ったモモが、ふよっと頬に触れた。
オレも……? そうか、オレもそうなのか。
オレはほこほこと自然と浮かぶ笑みを心地よく受け入れて、ただそっとチャトの背中を撫でた。
「――もしかして、君、昨日冒険者を助けなかった?」
ギルドのカウンターについた途端、口を開くよりも先に尋ねられた。そのギルド員さんの視線はタクトに向いている。そう言えば、タクトってギルドへの報告とか……済ませてないよね。
「あー……忘れてた。それどころじゃなかったし」
頷いて苦笑いしたタクトに、ギルド員さんが2,3質問して確認を取った。どうやら報告は問題なく冒険者さんがしてくれていたみたいだけど、タクトが何も告げずに去ったものだから困っていたみたい。
「彼らは君のものだって言うし、貴重な素材がダメになったらどうしようかとヤキモキしてたんだよ。ギルドに売ってくれるってことでいいかい?」
「俺が丸ごともらっていいのか? だったら……」
ちらりと視線を受けて、いそいそとラキが進み出る。あとは任せておけばいいだろう。
「これ、預かっていたお礼ね。素材の分はこっち。一人でムラサキヨロイムカデを二体なんて、王都でもその歳でなかなかできることじゃないわよ?」
受付のお姉さんにぱちんとウインクされ、タクトがエビビ水槽を見つめて苦笑した。
「……驕らないのね。ますます期待できるわ。あなたたち、地方出身でしょう? 王都でも十分活躍できると思うわ。こっちを本拠地にしたらどう? 受けられる依頼の幅が違うわよ」
にこりと微笑むお姉さんの圧力に顔を見合わせる。
「俺ら、学校があるからなぁ。だけど、ちょくちょくこっちで依頼受けるつもりだぜ!」
「ちょくちょく……?」
不思議そうな顔をしたお姉さんが、離れようとしたオレたちに慌てて声をかけた。
「ああ、こっちで依頼を受けてくれるつもりなら、気を付けてほしいの」
振り返ったオレたちに、お姉さんが眉根を寄せて真剣な顔をした。
「魔物の動向が不安定みたいなの。魔晶石の産出も増えているみたいだし……先日の騒ぎは知っているかしら? 『城壁』と『ドラゴンブレス』が出張った事態」
え? 『城壁』ってバルケリオス様? すごい、バルケリオス様って本当にちゃんと活躍できるんだ!
「知らねえ! それに『城壁』の名前は知ってるけど、『ドラゴンブレス』って――あ、それって!」
「知らないの?! 華麗なるメイラーディア様を?!」
タクトの疑問に、突如身を乗り出したお姉さんが食いついた。その瞳の輝きに負けないくらい、みるみるタクトの瞳も輝き始める。
「ド、ドラゴンブレス……!! メイメイ様、カッコよすぎるぜ……!! うおお、俺も言われてみてえ~!!」
「メイラーディア様はいずれSランクに認定されるわ! あの若さで! 見た? 見た?! 白銀の鎧をきらめかせ、風に金の髪をのなびかせたあの雄々しくも美しいお姿!」
通じ合っているようないないような。お互い好き勝手に瞳を輝かせて思いを馳せている。
この場を離れられなくなる気配を感じたオレたちは、タクトを引っ張ってそそくさとギルドを飛び出したのだった。
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