第531話 どなたもどうかお入り下さい?

「すごい……きれいだね」

オレって、感動すると『すごい』と『きれい』しか言えなくなるかもしれない。明るい緑と精巧なミニチュアの中、ふわふわ浮かぶたくさんの光球……まるで童話の世界みたい。

『そうじゃろう! ワシらの里は他より美しいと思うのじゃ!』

得意げなチル爺の口ぶりからして、妖精の里はここだけじゃないらしい。それに以前チル爺と訪れた場所は森が眼下に見えたから、ここから随分と離れていたように思う。だからあの時は『妖精の世界』って言ったんだね。


『あれー?』『ゆーたがいる!』『いらっしゃーい』

3つの光球がくるくる回りながら胸元へ飛び込んで来た。

「3人ともおはよう! チル爺に連れてきてもらったんだよ! とってもきれいなところだね」

『そうなの!』『きれいよー!』『あんないしたげるー!』

小さな瞳がきらきら、まるいほっぺも上気して輝いている。小さな手がぐいぐいとオレの袖を引いて、さっそく案内しようという心づもりのようだ。


「待って待って! オレ妖精じゃないから、急に行ったらみんな怖がったりビックリしちゃうよ!」

『きっとだいじょうぶー!』『ゆーたキラキラだから』『こわくないよ~』

そう言えば妖精さんには、オレはきれいな光をまとって見えるんだっけ。

『ワシが連れてきておるのじゃから、怖がりはせんじゃろうて。じゃがまずはお披露目も兼ねて、中央広場で今回の説明をしようかの。ほれ、こっちじゃ』

『こっちじゃー!』『ついてくるのじゃー!』『いくのじゃー!』


きゃっきゃとはしゃぐ妖精トリオとチル爺に導かれ、オレはなるべくゆっくり歩いて進む。妖精さんからすると巨人だもん、きっと怖いよね。だけど、妖精さんは好奇心の方が強いのか、まるでたんぽぽの綿毛のようにふわーっと寄ってきてはオレに触れていく。もしや足下にいないか、怪我をさせてしまわないかとオレの方が緊張してしまう。

つん、と軽い痛みに振り返ると、数人の妖精さんが慌てて飛び去った。その手に握りしめているのは、黒の絹糸。誇らしげにオレの髪の毛を掲げる妖精さんに、わっと他の妖精さんが集まった。いやいや、髪の毛は珍しくないでしょう……君らにも生えてるよ?

完全なる珍獣扱いに苦笑する。別に人間は珍しくはないだろうに、ここの妖精さんはあまり里から出ないんだろうか。


『すまんの、色が珍しい上に、お主ほどの輝きを見たことはないからのう。話はしておいたんじゃが、妖精は好奇心の塊じゃからのう……』

「怖がられるよりずっといいよ。そっか、黒髪黒目って妖精さんにもいないんだね」

『妖精は淡い色が多いからのう』

確かに、人間よりずっとカラフルだと思ったけれど、濃い色の髪が見当たらない。光っているせいもあるかもしれないけど。


広場に着く頃には、『この珍獣は安全』と判断したらしい妖精さんたちが群がって、大変なことになっていた。両肩は満員御礼だし、頭に至っては乗るだけでは足りず、潜り込んだりしがみついたり、妖精さんでなければ重みに耐えかねているところだ。今オレって妖精さんまみれで光の塊みたいになってるんじゃないだろうか。妖精さんたちのあまりの勢いに、いつも肩に乗っていたモモやチュー助さえ中に引っ込んでいる。ティアだけは不動の飾り物と化して乗っているけれど。


『……広場まで来んでも良かったのう。皆、これがユータじゃ! 天狐様の……お友達じゃよ!』

ぶんぶんと杖を振って紹介したチル爺に合わせ、ぽんっとラピスが現われた。お友達……この辺りの言い回しは、当のラピスと綿密な打ち合わせが行われたとかなんとか。主だとか従魔だとか言うと無用なトラブルになりかねないそう。突如現われたラピスに、一瞬鎮まった広場に歓声が上がった。

――ラピス、偉い人みたいなの。

満更でもなさそうなラピスが、きゅっと鳴いてオレの頬にすり寄った。妖精さんたちの視線もそれに伴ってオレに集まる。尊敬の眼差しに、オレの方は心臓が縮まりそうだよ……。


『あらまあ~、本当に美しい御子だねぇ。来てくれて嬉しいわぁ』

振ってきた声に空を仰ぐと、遥か上の枝からふわふわとあやめ色の光球が降りてきた。グレーの髪をざっくり大きな三つ編みにしたおばあさん妖精は、穏やかなあやめ色の瞳でじっとオレを見つめる。

『はじめまして、ね! いつも話は聞いていたのよ。おだしもありがとうねぇ』

にっこり微笑んだ優しげな面立ちに、ハッとしてチル爺に視線をやった。

『そうじゃ、こやつがばーさんじゃよ』

頷いたチル爺に、ばーさんと呼ばれた妖精さんが心持ち鋭い視線を投げかけた。


『……おじいさん、私、その説明だと嫌だわ?』

『そ、そうじゃった。こほん、ワシの妻、アヤナじゃ。最長老の側使えをしておる』

え、最長老ってもしかして一番偉い人? チル爺の奥さんってお偉いさんだったんだ。そうでなくとも魔法の師匠の奥様だもの、失礼がないようにしなきゃ!

「は、はじめまして、いつもお世話になってます! あの、調味料の時は本当にありがとうございます! おかげでお米も見つかってすごく助かったんです!」

お米が見つかったのは、アヤナさんがチル爺に持たせてくれた麹のおかげだ。そう言えば塩麹として使おうと、取り置いたままだったのを思い出す。だって量が少ないから勿体なくて。

『なんかお主、ワシより扱いが丁寧じゃないかのう? ワシだって長老職ではあるんじゃが』

……そんなことないよ。チル爺にはあんまりオーラがないからとか思ってない。オレはそ知らぬ顔でチル爺の視線を受け流した。


『それなら良かったわぁ。ごめんなさいね、最長老はあまり自由のきく身じゃないからここまで来られないの。あなたに行ってもらうわけにもいかないしねえ』

困った顔で頭を下げるアヤナさんに慌てて首を振った。そんなお偉いさんと会うなんてできれば避けたいもの、願ったり叶ったりだ。

『あなたのおかげで、今年は極上のものがたくさん出来上がるわねぇ。最長老からも重々お礼をと言われているの。私も楽しみにしているわね』

アヤナさんは可愛らしくうふふっと微笑むと、チル爺にお願いねと視線を送って樹上に戻ってしまった。

「……? 極上のもの? 出来上がる??」

オレの頭には疑問符がいっぱいだ。もしかして、オレって何かするために連れて来られたの?


『さて、それじゃあそっちの木陰で説明するかの。まだ時間はあるがみそぎもいることだしのう』

み、みそぎ……? 極上のものが、たくさん出来上がる……? オレの脳裏には、どこかの注文が多いという料理店が浮かんだ。

途端にさあっと血の気が引いてくる。

「あの、チル爺……もしかしてだけど、妖精って、人を食べたり……なんて?」

意を決して口に出してみると、おそるおそる見上げた小さな背中がピタリと止まって振り返り――。



……オレは大層むくれて木陰に座り込んでいた。肩ではチル爺がまだ身体を震わせている。

「そんなに笑わなくても……」

『いや笑うじゃろっ!! 何をどう発想したら、そん、そんなっ……妖精っ……人をっ』

まだ笑いの発作が始まった。別に、おかしくないと思うんだ。だって地球では妖精って割と残酷ないたずらをするお話があったり、人を食べるのだっていたと思うんだけど。

まあ、ひとまずここの妖精は違うらしいとホッと安堵した。

「じゃあ、どうして禊をするの? 何が出来上がるの?」

頬を膨らませてチル爺を睨むと、ふわっと浮かんだチル爺が目の前に来た。

『じゃから、説明すると言ったじゃろ。お主にはな、作って貰いたい物がある!』

勿体ぶって言葉を切ったチル爺が、くるくると高く舞って大仰に両手を広げた。


『そう、神へ捧げる御神酒じゃ!!』


…………え?

オレが? なんで??

空を背景にばっちりとポージングを決めたチル爺だけど、オレの頭は再び疑問符でいっぱいになっていた。




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10巻、既に予約が始まってます!!

『超ボリュームの書き下ろし』とある通り、必死に頑張ってます~! 半分くらいは…書き下ろしになるかな? これならWeb派の方も楽しんでいただけるかなと!

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