第530話 チル爺と一緒に

『――での、森人の作る米(コム)の酒も良いものじゃ。ピンと澄んで水のような成りをして、割合ガツンと来よる。果実酒ではの、雪林檎から作られるものが良くてのう。ほれ、香りが格別じゃからすいすい進んでしもうて、思わぬ酔い方をするもんじゃ。あと変わり種なら蜜桃で作る痺れるほど甘いアレじゃ。おなご人気は高いが強いでな、くいっと飲めるもんでないぞ。強いと言えば大亀卵で作る酒はとびきり強くて……ああ、大亀卵は植物じゃよ? ジャボテン系の……知らんか? 果実なんぞ入っとらんのにフルーティでのう――』

「…………」

ああ、聞くんじゃなかった。本当に。

立て板に水とはこのことか……止まらない熱弁に口を挟む隙すらなく、チル爺のお酒講座が続いている。もはやお酒の話だけで酔っ払いそうだ。むしろチル爺が酔ってるんじゃないだろうか。

――もういいの。それで、どれが一番美味しいの?

ら、ラピス~! さすがの容赦ないぶった切り!! その勇姿に密かに拍手を送っていると、チル爺が難しい顔で頭を抱えた。

『い、一番……一番……そ、そんな……ワシにはどれかを切り捨てるなぞ……!!』

「えーと。じゃあ、好みの分からない目上の人にプレゼントするなら、何がいい?」

『そんならワインじゃろ』

あっさり!! 今までの講座は一体なんだったんだろう。ガックリと項垂れたところで、チル爺がポンと手を打った。

『お主、ワインが入り用かの? それならちょうど良い、次の満月の日、ここへ迎えに来るから1日空けておくのじゃ!』

満月になる日の朝からってこと? ええと、5日後ってことだね。

「分かった! でも、何するの?」

『それは来てのお楽しみじゃ!』

ひとまず楽しいこと、でいいんだろうか。まさかチル爺の飲み歩きに付き合う、なんてことにならなかったらいいけれど。

『さ、では帰ろうかの! ほれ、こんな所で寝るでない!』

妖精トリオが、いつの間にかシロに埋もれて眠っている。やたらと元気なチル爺がみんなを追い立て、妖精トリオは目をしぱしぱさせて不満げな顔をした。どうやらチル爺はお酒の話だけで活力がみなぎったらしい。

『チル爺、もうおさけだめ』『やっとおわったー』『おさけいらなーい』

『何を言う。酒なくして何が人生か。ほれほれ、しゃんとせい』

オレは3人をせっつくチル爺に苦笑して、ふらふらしながら浮かぶ光球に手を振った。


「ねえジフ! ワインってどんなのがあるの?」

帰ろうとしたところで、我が家の料理長の意見も伺っておこうと顔を出した。

「あぁ? 色々あるが……何に使うんだ」

夕食を作っていたジフが、でっかい肉を切りつつ訝しげな顔をする。

「オレが飲むんじゃないよ、人にお酒をプレゼントするならワインが無難だって聞いて!」

「あー、カロルス様なら渋めの赤、エリーシャ様とセデス様は白。ただ、セデス様は辛口は苦手、かなり甘い系統を好まれるな」


言いつつ床下スペースを開いて色々なワインを見せてくれる。へえ、セデス兄さんも飲むんだね! 甘いのなんてお子ちゃまだなぁ。

『お酒モドキで酔っ払う人に言われたくないんじゃない?』

『主に言われちゃあおしまいだぜ!』

両側から聞こえた台詞を黙殺して、首を振った。


「ううん、カロルス様たちにもプレゼントしたいけど、違う人! 好みが分からないんだ」

「ほう。どんな料理が好きなんだ?」

「え? うーん……なんでも好きだけど、やっぱりお肉系の方が喜ぶかなぁ。お菓子なんかも好きだし、カロルス様ほどじゃないけど、野菜はそんなに好きじゃないかな」

ルーって和洋折衷なんでも食べるし、スイーツも好きだ。好き嫌いがないって素晴らしい。

「それなら何選んでも飲みそうだが……やっぱ赤じゃねえか? 辛口でも甘口でもいけそうだな」

「そうなの? 分かった! じゃあ赤ワインだね」


買うのは赤ワインに決定したけれど、どこで買おうかな。口に入れるものなら鍋底亭が一番だと思ってるけど、あそこはあんまりお酒を置いてないみたい。やっぱり王都なんかがいいのかな?

「いい酒あったら俺の分も頼む。明日は1日鳥野菜のベーススープ作るから、分けてやるぞ」

「やった! いっぱい作っておいてね!」


ジフの鳥野菜ベーススープは、コンソメ風の万能スープだ。もちろんコンソメスープとして使えるし、洋風料理のだし代わりにできる。厨房が空いてる時にまとめて作って毎日煮詰めて使うんだ。こういうジフ特製のコンソメやだし、色々なソースがあるから、野外での調理でも簡単豪華に仕上がって感謝している。だけどいつか、顆粒だしも発明してくれるといいな、なんて思った。



「オレ、何か準備しなくていいのかな? お金は……ある程度持ってるけど、どこ行くんだろうね」

『おいしいお酒を買いに行くんじゃないの? ぼく、お酒飲んでもいいかな?』

シロがぶんぶんとしっぽを振っている。当然ながら犬だった頃は禁忌だけど、召喚獣は何でも食べられるからなぁ。チル爺に聞いてみようか。

今晩は月が満月になる夜、約束の日だ! オレは早くから起こしてもらって、そわそわと部屋で立ったり座ったりしている。


落ち着かない気分を持て余していると、柔らかな風と共に、笑みを含んだ声が聞こえた。

『おお、早いのう。感心感心』

チル爺がそよ風と共に入ってくると、満足そうにお髭を撫でる。

「チル爺おはよう! ねえ、どこ行くの?!」

『慌てるでない、すぐに連れて行ってやるからの。まずはこれを渡そうかのう、転移に必要じゃて』

ちいちゃなお手々が渡したのは……花? オオイヌノフグリみたいな小さくて青いお花が、透明な結晶の中に封入されている。

『小さき祝福の花、じゃの。お主を連れて転移するには必要じゃからの、ちゃんと持っておれ』

オレは慌ててきゅっとそれを握りしめた。


『さて、準備はよいな?』

杖を構えたチル爺に、こくこくと勢い込んで頷いてみせる。

ふむ、と重々しく頷いたチル爺が、サッと杖を振った。

ふわわっとほんのりと灯った光がオレたちを包み込んでいく。これ、ラピスと同じフェアリーサークルの転移だ! 


徐々に目の前が光で埋まり、無重力になったような感覚が訪れる。

そして、再び重力が戻って足が地に着くと間もなく、光が消えていく。チル爺はどこに連れてきてくれたんだろう? 

待ちきれずに目を開けると、薄れていく光の中で、たくさんの緑が目に入った。

「ほれ、里へようこそ、じゃな?」

イタズラっぽく笑ったチル爺に、辺りを見回して目を瞬いた。

「里……?」

目に映るのは、木々ばかり。さんさんと日の届く明るい森だ。気持ちのいい魔素に深呼吸したくなる。

だけど、村は見当たらない。

『ほれ、よく見てみい』

「よくって……あ! わあ、すごい!」


森の木々と違った色が動いた気がして、目を凝らした。

ひらひらと揺れていたのは、木の幹に引っかかったハンカチ……ではなかった。まるでおもちゃのような窓が開いて、カラフルなカーテンがたなびいている。

それに気付いた途端、扉が見え、らせん階段が見え、ベランダに煙突に、干した洗濯まで目に飛び込んできた。

まるでミニチュアのセットみたいだ。木の幹をくりぬいているんだろうか、幹に直接扉や窓が取り付けられていたり、ツリーハウスのような小屋もある。


「ここってもしかして……」

警戒していたんだろうか、大丈夫と判断したらしい妖精たちがひらひらと宙を舞い始める。色とりどりの光球が、興味津々でこちらを見つめているのを感じる。

『そうとも! 妖精の森、ワシらの里じゃの』

「チル爺たちの、妖精の里……!!」

オレは得意げに胸を反らしたチル爺に目をやることも忘れ、精巧なミニチュアの世界に目を奪われていた。


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