第528話 3人とみんなの部屋で

「蘇芳~そこに乗られると、結構困るというか~~」

ラキの加工が面白いらしく、蘇芳はラキの頭にのし掛かるように覗き込んでいる。蘇芳は軽いけど、さすがに加工する時には邪魔だろう。

『スオー、困らない』

「ほら、こっちに座ろう~? ……ユータ~、蘇芳も言葉が分かってるんだよね~? 全然言うこと聞いてくれないよ~」

『言うことは聞かない』


蘇芳も念話はできるのに、基本的にはやろうとしない。おかげで、傍で聞いているオレは可笑しくて仕方ない。大丈夫、ちゃんと伝わってはいるから。

「蘇芳はオレの言うことも聞かないよ?」

『そんなことない』

心外と言わんばかりに、振り向いた紫の瞳が瞬いた。大きな耳がぴこぴこと上下して、しばし思案した後、トトッとラキの頭を駆け上がってデスクに下りる。ついでにラキの頭を蹴ったように見えたのは気のせいだろうか。


「そこなら見ていていいよ~」

ぺたんとお尻をついた蘇芳が、しげしげとラキの手元を眺めている。そんなに面白いことをやっているのかとオレも覗き込むと、魔石や石を加工しているところのようだ。オレも石ころをつるんときれいに磨くことはできるけど、本場の加工師はやっぱり違う。みるみる透明度を増して輝く様は、なるほど見ていて面白い。

「きれいだね」

「そう~? 冒険に出て食器とか色々作ってるせいかな、割と褒められることが多いんだよ~!」

はにかむ顔は、いつものすました顔と違って年相応に愛らしい。知ってるよ、ギルドでも評判の加工師だもんね! その歳の加工師で指名依頼が来ることなんてないって驚かれていたよ。


きっとそれも依頼を受けた品なんだろう。真剣な瞳はランプの光を透かしてゆらゆら燃えているみたい。淡い茶色の瞳は、普段の優しげな面影を消して、厳しい職人の目をしている。きりりと上がった眉に、薄い唇はクッと引き結ばれ、『男』の顔だなと思う。

ラキがそんな顔をするのは、戦闘じゃなくてここなんだな。

サラサラと流れる細い髪が柔らかく頬を滑り、頭を傾ける度に、オレからその鋭い瞳を隠した。

オレは、どんな時にこんな顔をしているんだろう。こんな風に、誰もが見惚れるような目をしている時があるんだろうか。

いつもじゃなくていい、たまにでいい、こんな風にぎりぎりと引き絞る弓のように、集中した顔をしていたい。


「くそぉ~~~なんで俺だけ!」

ぼうっと眺めていたら、扉が吹っ飛びそうな勢いで開けられた。

「「おかえり~」」

「おう……」

ひらっと手を振ったタクトが、そのままベッドに突っ込んだ。どうやらこの時間までみっちり『お勉強』していたようだ。いわゆる、補習ってやつかな。

「疲れたー。なんでお前らは受けねえんだよ! 一緒に休んだのに!」

「「テストに受かったから?」」

そして、タクトが受からなかったから? にこっと微笑むオレたちに、タクトが獣のように唸った。

オレたちはエリスローデの件で想定外の外泊をしちゃったので、授業の欠席を補うテストを受けていた。冒険者だもの、依頼が長引いて授業を欠席なんてザラだ。だから必要なことが理解さえできていたら何もお咎めはない。

そもそもオレは先に色んな授業のテストを受けて、授業自体免除になっている。だって、ねえ……さすがに小学生が分かる授業だもの。


「俺の味方はエビビだけか……」

すりすりと簡易水槽に頬ずりするタクト。

「ムゥ!」

窓辺から心強い声が聞こえ、ちまちまと一生懸命手が振られている。

「お、そうか! お前も俺の味方してくれんだな! そうとも、お前は俺の救世主だからな!!」

タクトは嬉しげに手の平にムゥちゃんをすくい上げ、頬を寄せた。

そうだね、タクトはムゥちゃんがいなかったら馬車にも乗れないもんね。優しいムゥちゃんが葉っぱを1枚取って、さわさわとタクトを撫でる。


「お~気持ちいい。癒やされる~」

「ムゥちゃん、あんまりタクトを甘やかしたらダメだよ? お勉強をしないせいなんだからね!」

「……ムゥ?」

はちみつ色の瞳が、じいっとタクトの瞳を覗き込む。清さを煮詰めたような無垢な瞳に、タクトがぐうっと呻いた。

「そ、その……ちゃんとやるから。その目をやめてくれ……いたたまれねえ」

再びベッドへ突っ伏したタクトに、ぽんと飴玉を放り投げる。彼はこっちを見もせずにキャッチすると、すぐさま口へ入れた。食べ物じゃなかったらどうするつもりなのか。

「甘い……心に沁みるぜ……」

頭脳労働には甘いものが一番、だよね!

『肉体労働にもそう言ってなかったかしら?』

『主は寝起きにも食後にも寝る前にもそう言ってたぞ?』

『さすがにそれはどうなのかしら……』

い、いいんだよ! 甘いものはいつだってオレの心を持ち上げるんだから。


「ユータ、僕も~。なんだかこれ見てたら飴が欲しくなっちゃった~」

苦笑したラキの手元には、ころりと転がる様々な飴玉――ならぬ宝玉たち。

「うわ、美味そう! キレーだな!」

「本当だね、舐めてみたくなっちゃう!」

目を輝かせるオレたちに、ラキがくすくす笑って伸びをした。

『スオーも、きれい』

くいくい、と袖を引かれて視線を下げると、大きな紫の瞳が見上げていた。

キョトンとしてから、慌ててにっこりと微笑んで抱き上げる。

「うん、蘇芳の宝玉もとってもきれいだよ! ピカピカだね」

『そう、スオーもちゃんと磨いてる』

のすっと遠慮無くオレの腕に身体を預け、ブルーグリーンのお手々を口元へ持っていく。小さな桃色の舌でちろりとお手々を舐めると、身体を丸めるように小さくなって額の宝玉をきゅっきゅと擦った。

その仕草、懐かしいなあ。そうやって毛繕いしていたよね、上手なはずだ。


変わらぬ仕草にほっこりして見つめていると、にゃあと鳴く声がした。

「チャト、どうしたの?」

チャトはへそ天で寝ているシロに乗っかり、ぬくぬくと眠っていた。緑の瞳がじっとオレを見つめ、視線が合った途端、逸らされた。

呼んでおいて知らぬふりで毛繕いするチャトに、絶対何か言いたかったはずだと頭を悩ませる。

「……あ! うん、チャトも毛繕いはすごく上手だもんね! いつも毛並みはピカピカできれいだよ!」

ドキドキしながら表情の乏しい顔を見つめると、まんざらでもない表情をしている……と思う。

『おれは、全部自分でできる』

つんと得意げな顔に、吹き出しそうなのを堪えて頷いた。

『おれの方が上手い。でも、たまにはお前がやってもいい』

ほら、と言わんばかりに身体を伸ばして横になったチャトに、今度は堪えきれずに吹き出した。


「そう? じゃあお言葉に甘えて。みんなも順番にさせてもらおうかな」

さあ、ブラッシングタイムだ。大変でもあり、オレの癒しでもあり。

まずは目の前のオレンジ色から堪能しよう。ブルーグリーンは宝玉磨きに精を出しているので後で良さそうだ。ふわ、と短めの柔らかい被毛と、その下にある柔らかい身体。

チャトはどこもかしこもやわやわとして頼りない。なのに、オレを乗せて飛べるくらいの力があるなんて不思議だ。

うっとりと閉じられた緑の瞳とは裏腹に、長いしっぽが寄り添うようにオレの腕に絡んだ。


と、唐突にシロがヘクシュ! と足を跳ね上げ、ビクリとしたチャトが迷惑そうに細めた目でシロを見る。その目が再びぴったりと閉じ、シロの四肢が再び弛緩していくのを眺めつつ、これが幸せってことだとしみじみ思ったのだった。



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もふしら9巻発売日、いよいよですよ……10月8日(金)発売!!

早い所では本日から並ぶかも?

手にとって頂けると幸いです!表紙がすっごくかっこいいのでぜひじっくり眺めて下さいね!

今回もたくさん書き下ろし書いてます!お楽しみいただけますように~!!

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