第521話 頼まれてくれよう
「腹も膨れたし、これからどうする?」
「うーん……とりあえず、オレはまだおなかいっぱいで……」
露店の喧噪を離れ、オレたちは川のほとりでお腹を休めていた。
ゆるやかな流れがたぷたぷと音をたて、町の賑わいが木々のざわめきのように聞こえる。
川の流れっていいな。ナターシャ様の館じゃないけど、将来のお家は川のほとりなんてどうだろう。ルーの所みたいに、湖もいいな。森も好きだけど、この世界だと森があるともれなく魔物も出るからなぁ……。
「ユータ、落ちるよ~」
「……寝たら担いでいくぞ」
耳に吹き込まれた低い声に、ビクッと身を竦ませた。目を開けると、いつの間にかすっかりラキに寄りかかっていたみたいだ。
「お? 起きたな」
「寝てないよ! ちょっと考え事してただけ!」
とりとめもなく将来のことを思い描いていただけで、決して寝ていたわけじゃない。
「へえ、お前は考え事しながらよだれを垂らすのか」
…………これは、さっき美味しいものを食べたせい。
「それで、これからどうするかって話でしょう!」
「あ、そのあたりまでは起きてたんだね~」
「で、ギルドに行こうって話のあたりは寝てたんだな」
だから寝てな……え? ギルドに行く話になったの? いつの間に。
午前中にある程度散策はすませたし、報酬の受け取りも兼ねてこの町のギルドに行ってみようってことになったらしい。あわよくば短時間で面白い依頼でも受けられたらラッキーだ。
「あ、ここだね!」
エリスローデのギルドは、ハイカリクよりも少し小さいくらいかな。初めてのギルドだけれど、冒険者ギルドはどこも似たような雰囲気で、特に気負うことなく扉を開けた。
「討伐の依頼とか残ってねえかな!」
「この時間だもんね~さすがにないんじゃない~?」
お昼前なので、ギルドは比較的空いている。ちらほらと依頼を眺める人たちと、テーブル席に数名がいるくらい。人気の依頼が早朝での争奪戦なのはどこのギルドでも同じだね。
「オレ、薬草採りでいいよ!」
「それなら依頼受けずに外出てもいいじゃねえか」
「じゃあ、このまま外に行く~?」
報酬の受け取りと、一応登録をしておこうとカウンターまで来たものの、それならそれでいいかもしれない。
「――あら、回復術師?」
冒険者カードを見た受付さんが小さく零した。せっかくだし、登録だけしておこうと冒険者カードを出しておいたのだけど、何か引っかかったろうか。
ひとまず、オレたちはもらった報酬が思いの外多くてあたふたしていた。返そうにも『放浪の木』はどこへ発ったのか分からないし……。
「えっ? D?」
再び声を上げた受付さんに、さすがにオレたちも視線を向けた。
「あ、すみません。つい……。ここらではその歳でDランクの子なんて見ないから」
「回復術師も珍しいの?」
「ああ、それは……そうではなく」
ちらっと目線を外した受付さんに、首を傾げて振り返った。
「回復術師が見つかったのか?!」
振り向いた目の前を塞ぐ身体。見上げると、その人は真剣な瞳で受け付けさんを見つめていた。淡い金髪をひとつにまとめ、傷だらけの防具を身につけたお姉さん。
朝から依頼を受けていたのだろうか。まるで戦闘直後のように、防具には汚れがこびりついている。
「いえ、その……」
言い淀む受付さんに3人で顔を見合わせ、オレはくいくいとお姉さんの手を引いた。
「回復術師に、なにかご用?」
オレがいることに初めて気付いたような顔をして、お姉さんは目を瞬いた。
「あ、ああ。出払っていると聞いて待っていたのだが――そうか、君たちのことだったのか。邪魔してすまなかった」
あからさまに肩を落とすと、お姉さんはすごすごとテーブルへ戻っていった。回復術師を探しているんじゃなかったの? だけど、大きな怪我をしているようにも見えない。
「あの~、あの人たちは~?」
「うーん。そうね、回復術師がいるのなら説明しても構わないと言われているから――」
「で、どうすんだ? お前、どうせ行くんだろ?」
受付のお姉さんから話を聞いて、オレたちは額を寄せ合った。
「うん、行った方がいいでしょう? 2人は?」
「ユータ1人じゃ心配だからね~」
「討伐だろ?! 行くに決まってるぜ!」
そう、お姉さんは中規模討伐の途中らしい。回復術師もいるのだけど、思ったよりも被害が大きくて手が回らなくなっているそう。回復薬も尽きそうだとのことで、お姉さんを含む数名が急ぎ応援を求めに来たらしい。ちなみに彼女を残し、他のメンバーは既に回復薬を買い込んで討伐に戻っている。
「…………」
落ち尽きなく窓の外を眺めた彼女が、ため息と共に立ち上がった。
「私はもう行く。もし、回復術師のあてがあれば……私たちの居場所を伝えてくれ」
「ですが、それでは現場まで回復術師お一人で向かうことになります。それは無理があると……」
「だが、このまま待ちぼうけていても仕方ない。私も戦闘に戻る」
そっか、回復術師は戦闘できない人が多いから。
「あの。オレ、行けるよ?」
再び裾を引くと、視線を下げたお姉さんは苦笑して頭を撫でた。
「ありがとう。だけど、討伐の最中での回復なんだ。戦闘に慣れた人でないと難しいんだよ」
「うん。大丈夫、戦えるから」
「そうか。ではまた今度頼むとしよう」
まっっったく信じてない。よしよし、とおざなりに頭を撫でて立ち去ろうとするお姉さんに地団駄踏みたい気分だ。
「お姉さんって、何ランク~?」
「私はDランクだ。さあ、急ぐから離してくれるか?」
そっとオレの手を振り払おうとするお姉さんに、ラキがにっこり笑った。
「なら、僕たちと同じだね~? 応援に不足はないと思うんだけど~?」
お姉さんがピタリと止まった。
「Dランク……?」
確認するように受け付けさんに視線を走らせると、受付さんはちゃんと頷いてくれた。
「登録を確認しています。間違いありません」
「ほら! 俺は回復できねえけど、討伐なら手伝えるぜ! お待ちかねなんだろ? 行こうぜ!」
黙ってしまったお姉さんに、タクトが冒険者カードを掲げてみせる。よし、ここでダメ押しと実力証明といこう。
乾いた泥と血の跡が残る手を取って、適当な文句を唱えてみせる。
ふわ、と包み込んだ柔らかな光が収まると、お姉さんは両手でオレの手を握り込んだ。
「頼まれて……くれるか?!」
「す、すごいなこれは……!! 速い!」
『えへへ、そうでしょ? ぼく、速いんだよ!』
褒められたシロがぶんぶんとしっぽを振って、ご機嫌に首を上げた。
急ぐお姉さんのために、オレたちはシロ車で現場に向かっている。単騎で行くよりこっちの方がさらに速い。
「しかし、本当にいいのか? その歳でDランク、ただ者ではないと思うが……モノアイロスの群れだぞ? もちろん最優先で君たちを守るし、最悪の事態になる前に離脱させるつもりだが……」
「守らなくていいぜ! 俺たち割と強いから」
「ユータは守る必要がないよ~。でもまあ、実際見なきゃ実力も分からないと思う~」
モノアイロスは一つ目の真っ黒い猿みたいな魔物らしい。小規模な群れで暮らすのだけど、ある時2つの大きな群れがかち合い、争った末に合併してしまったらしい。
結果、突然に大規模な群れが登場する事態になってしまい、慌てて討伐依頼が出たそうだ。
モノアイロスは割と頭が良く、力も強い。集団行動を取れるので、群れが大きくなればなるほど厄介な相手らしい。
「我らも油断していたわけではなかったのだが。想定されていた数より明らかに多いようだ。もしかすると、さらに別の群れが合併しているのかもしれん」
レイさんの長い髪がきらきらと風になびいて輝いている。難しい顔をした彼女は、何とかかんとかレイリャーナさん、という名前だそうだけど、長いのでみんなレイと呼ぶらしい。
「戦闘している人たち、大丈夫なの~?」
参加しているのはDランク以上のパーティらしいので、そう滅多なことはないはずだと言う。
「……例え敗北を期しても、撤退はできる実力がある。しかし、撤退するとなると……近隣の村がな」
レイさんはそう言って眉根を寄せた。
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