第522話 助っ人の役目
「だけど、どうして急にそんな大きな群れになっちゃったんだろうね。他の群れとくっついちゃうことなんてなかったんでしょう?」
「魔物など、何を考えているか分からん。たまたまではないか?」
魔物は動物とは違うけれど、それでも生き物としての生態がある。ある日突然生態が変わるなんてことあるんだろうか。
「頭のいい魔物なんでしょ~? 群れは大きい方が有利だって気付いたんじゃない~?」
「ユータみたいに変わり者のヤツもいたんじゃねえ?」
タクトが失礼なことを言いつつぽんぽんとオレの頭を叩いた。
「お、オレは変わり者じゃないでしょう?!」
「じゃあ、特殊? お前の影響で、オレらの学年がちょっと他と違うのと一緒なんじゃねえの?」
そ、それはオレのせいじゃ……ないとは言いがたいけど!! だけどオレは実用的(?)な考え方を広めただけで……!!
「ほら、あの森だ」
反論しようとしたところで、レイさんの声が割り込んだ。細い指が示した森は、特に何の変哲もなく木々を揺らしている。身を乗り出した彼女の長い髪が、風に煽られてオレの頬をくすぐった。
露わになった長い耳が不思議で、つい視線をとめてしまう。レイさんは校長先生と同じ、エルフっていうヒトだ。こうしてみると、ヒトって割といろんな種類があるんだな。
「どうかしたか?」
「ううん。校長先生と同じお耳だなと思って」
校長先生はあんまり見かけることがないので、オレにはエルフって種族自体が珍しく思える。きっと街中にはいるのだろうけど、森人と違って髪色が違うわけでもないから気付かないんだろうな。
「校長? ああ……あの変わり者の婆さんか」
「知ってるの? だけどおばあさんじゃないよ、きれいなお姉さんだよ」
「見た目はそうかもしれんが……」
レイさんが苦笑した。そう言えば校長先生は開校当時の記念画にも、あのままの姿で描かれていたっけ。
森人もエルフも長寿で見た目が変わらないし、ヴァンパイアもそうだって言ってた。とすると、もしかしてオレたちってヒト族の中でとりわけ短命なんだろうか。
「じゃあレイさんも、もしかして見た目よりずっと年上なの?」
若く見えるけれど、全然違ったりするのだろうか。じいっと見上げると、険しかった表情が緩んで悪い笑みが浮かんだ。
「さあ、どうだろうな。どう思う?」
し、しまった。聞いてはいけない質問だった。口ごもってあわあわしていると、レイさんはまた前を向いて森を見つめた。翻った髪が再びオレの顔を襲い、ひんやりした感触と柔らかな香りが鼻先を掠めていく。
「験担ぎだ、帰りに教えるとしよう」
いたずらっぽい笑みに、それってどっちかというとフラグってやつな気がする、なんて苦笑した。
「な、なあ……君は回復術師じゃなかったか?」
「そうだよ? だけど召喚士でもあるよ!」
にっこり笑ったオレに、レイさんが納得いかない顔でチャトを見つめている。
森の中までシロ車は入れないので、みんなはぎゅう詰めでシロの背中に乗り、オレは喚びだしたチャトに乗った。
『おれは、走るに向いてない』
飛行担当のチャトはぶすっとしているけど、それでもオレが走るよりも速いもの。リズミカルに走るシロの後ろについて、チャトは木々を蹴るように跳躍しながら進む。飛べれば早いんだけど、木々の密集した森の中では難しい。
『ゆーた、もうすぐ! このまま行っていい?!』
「いいよ! みんな、大丈夫だよね?」
「おうっ!」
「タクト、僕を頼むよ~?」
レイさんだけ状況を飲み込めてないけど、シロに乗っているから大丈夫だろう。
レーダーで見るに、冒険者さんがたくさんいるけれど、モノアイロスと思われる魔物はもっとたくさんいる。これは、ゴブリンの村並みじゃないだろうか。
そして、冒険者の方が押されている……そんな気がする。
剣戟が間近に聞こえ始めたとき、シロが大きく跳躍して藪を飛び越えた。
「よしっ! 行くぜ!!」
言いざま、タクトがラキを小脇に抱えて飛び降りる。
続いてしなやかに着地したチャトは、役目を果たしたと言わんばかりにすぐさま小さくなって、木の上で毛繕いをはじめてしまった。
目の前に広がるそこは、まさに戦場。元から拓けているのか、それとも戦闘によって拓けたのか。森の中に出来上がった空間は、大勢の人と魔物で溢れていた。
土と、血と、内臓と、獣の臭い。あらゆるものが焼ける臭い。そして、なぎ倒された草木の青い匂い。
戦争というのは、こんなに酷い臭いがするのか。
解体には慣れたはずの身体が、それでも少し震えた。
『主ぃ、だいじょぶなのか? 俺様は戦闘なんて慣れてるけどな!』
温かい小さな手が頬に触れ、やわらかな感触にふわりと笑った。
「大丈夫。オレはDランク冒険者だから」
こくりと唾液を飲み下し、オレは淀んだ空気で深呼吸した。
「くっ……みんな、どこだ?! 戻ったぞ!」
シロから滑り降りたレイさんが歯を食いしばって視線を彷徨わせている。
かろうじて混戦にはなっていないけれど、このわずかな間にも冒険者さんたちの防衛ラインがどんどんと後退してきているのが見て取れた。
必死に戦う顔に見え隠れするのは、色濃い敗戦の文字。
飛び込んで来たオレたちを気に留める余裕もない状況に、きゅっと唇を結んだ。劣勢ムードが強すぎる。なら、流れを変えるのが……助っ人の役目!!
「シロ、気配を強めて!」
『わかった!』
途端、周囲の空気が澄んだ気がした。淀んだ霧が晴れていくように、重い気配がシロを中心に押し流されていく。
自然と集まった視線の中で、白銀のフェンリルはうっすらと余裕の笑みを浮かべた。
ゆっくりと息を吸い込み、たっぷりとした動作で鼻面を天に向け。
「……アオオオォーーーーン」
堂々たる強者の咆吼。
味方の心を震わせ、敵の足を震わせるそれに、攻勢だった魔物が一気に及び腰になったのを感じる。
まるで図ったようなタイミングで、ドウッと炎があがった。
「『希望の光』、来たぜ!」
タクトの炎の剣が、派手に魔物を吹っ飛ばしていた。
華やかな魔法剣は、ハッタリにも抜群の効果を発揮する。これも一種の戦闘センスだろう。
冒険者たちの目に映った炎は、消えることなくその瞳に光を宿していた。
と、鉄板に小石を蒔くような軽い音とともに、悲鳴をあげた魔物が次々うずくまっていく。
異様な光景に、魔物からも冒険者からもざわめきが広がった。
「ふふっ、密集してると、どこに打っても当たるね~。Dランクパーティ、『希望の光』参戦します~!」
じんわりと不穏な笑みを浮かべたラキに続き、オレも慌てて声をあげた。
「回復が必要なら、オレに! ユータ、って呼んで!」
目立つシロに飛び乗って、いっぱいに両手を広げた。
ふわっと広がった回復の光が、オレの周囲にいた冒険者さんたちを包み込んでいく。
裂けた皮膚がみるみるふさがり、白かった顔には血色が戻る。枯れていた表情が驚きに歪み、そして泣き顔と笑みに歪んだ。
子どもが3人。だけど、もう冒険者さんたちの目に不安の色はない。
ちゃんと認めて貰えた。オレたちは助っ人になり得るって。守護対象じゃないって。
「野郎ども! チビに負けてんな! 押し返せ-!!」
誰かの発破と共に、野太い声がうねりを上げた。
魔物をいくらか倒しただけ。数人回復しただけ。
だけど、流れは変えられた。
オレたちはにっと笑って視線を交わした。
そして、レイさんだけがぽかんと口を開けて佇んでいた。
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