第520話 ブランチ
「これ、なんだろ?」
薄桃色で大きな……ゴーヤ? 表面がつやつやしていてオモチャみたいだけど、食べ物なんだろうか。そうっと持ち上げてみると、結構ずっしりとしている。
「食ってみればいいんじゃねえ?」
食べられると確信しているタクトがそう言うけれど、露店に並んでいるからって食べられるものとは限らないんだよ? 飾り目的のものもあれば、塗り薬に使うようなものだってあるんだから。
「モモウリはそのくらいが食べ頃だ、美味いぞ! 銅貨3枚、今食うなら切ってやろうか?」
忙しげに客の相手をしていた店主のおじさんが、こちらに暑い笑顔を向けた。そう言うってことは果物みたいに生で食べられるってことかな?
「じゃあ、そうする!」
今食べる分と、あとでラピスやシロたちが食べる分、他にも見たことのない気になる野菜(?)と果物(?)を次々カゴに入れていると、地べたへ置いていたカゴがひょいと持ち上がった。
「お前、そんなに入れたら絶対持てねえだろ」
呆れた視線が突き刺さる。……まだ持ってないもの、持てたかもしれないよ?! なんとか会計さえすませたら、収納に入れるからいいの!
ちなみにラキはふらっといなくなってはいつの間にか側にいる。ほくほくした顔で荷物が増えていくのを見るに、素材を買ってるんだろうなあ。
オレも1人にしてくれて構わなかったのだけど、タクトは深いため息をついてオレの側から離れなかった。
「腹減った。早く行こうぜ……」
確かに、朝ご飯を食べようと思っていたのに、もうブランチくらいの時間だ。
ナターシャ様のところを出たのは朝早かったけれど、エリスローデの町は既に活気づいていた。もしかすると、農業に関わるひとが多いから早起きなのかも知れない。開いている店も多くて、つい町を散策していたら思いの外時間が過ぎていた。
「あっちの方、食べ物だったよ~」
当たり前のように隣に戻ってきていたラキが、露店街の奥を指した。
タクトは割と限界みたいなので、散策はここらで切り上げかな。
「おいおい、そんなに買ってどうすんだ? うちは高くはねえけど、金は大丈夫か?」
会計を頼むと、山盛りになったカゴにおじさんが心配そうな顔をする。だけど、オレは立派な冒険者だからね!
「カゴつきで、銀貨4枚で足りるでしょう? オレ、お料理するんだよ!」
買った物が料理に使えるのかどうか知らないけれど、後でジフに聞くんだ! 慌てて会計してくれたおじさんは、狐につままれたような顔でオレたちを見送った。
「甘いね! これおいしい!」
「美味いけど……物足りねえ~~!!」
ひとまずは切ってもらったモモウリをいただこうと、オレたちは川岸の石塀に腰掛け、かぶりついている。
器用に縦に3等分されたモモウリは、やはり果物だったらしい。外側と同じく果肉もうっすらと桃色で、上品な甘い香りがする。外側は固いけれど、中身はとても柔らかい。桃……ううん、メロンみたいな食感かな? 果汁が多くて、滴らないように食べるのが大変だ。おかげで服は無事だけど口の周りが無事じゃない。
「ユータ、顔~」
知ってるよ! だけどモモウリで両手が塞がってるもので。カロルス様だって割とワイルドに食べるから、オレも大丈夫だと思う。
「こっち向いて~」
大丈夫じゃなかったらしい。苦笑したラキが拭ってくれるに任せていると、両手に軽い振動を感じた。
「はい、いいよ~」
お礼を言ってモモウリに視線を戻したところで、目を見開いた。
「タクト! オレのモモウリだよ!!」
半分以上食べられてる!! 慌てて胸元に引き寄せると、キッとにらみつけた。
「だけどユータ、それ食べちゃうとごはんが食べられないんじゃない~?」
……確かに。せっかくだから色々な露店の食事を楽しみたい。オレはもうふたくちモモウリを頬ばると、タクトに押しつけた。
「じゃあ、あげる」
「お前、一番甘いとこだけ食ったな!」
「オレのだもん」
文句を言いつつ、立ち上がったタクトはものの数口で平らげ、皮を袋へ放り込んだ。
「とりあえず、余計腹減った!!」
どうして?! 今食べた分が胃袋に入ってるでしょう?!
せっつくタクトに引っぱられるように、オレたちも立ち上がる。これ以上待たせると、小脇に抱えられてしまいそうだ。
「タクト、それ収納に入れるよ!」
ざかざかと早足で歩くもんだから、山盛りのカゴから中身がこぼれ落ちそう。相当な重さだと思うんだけど。そしてタクトが早足だと、オレは小走りになるんですけど! 抱えられたくないから言わないけどね!!
「後でな!!」
どうやらそれどころではないらしい。収納に入れるのなんて一瞬だよ……だけどもう、彼の頭は食べ物のことでいっぱいだ。タクトの冒険に一番ネックになってくるのは燃費の悪さかもしれない。
「うまい……うまぁい……」
飲食関連の露店が集まった場所には、大きな道の両脇にしか店がない代わり、中央にはフードコートよろしくたくさんの椅子やテーブル、ないよりマシと言いたげな大小様々な木箱なんかが設置されていた。
それぞれ食べ物を選んで座ると、ようやく肉にありついたタクトが至福の顔でキラキラしている。お肉の串ばっかり、よく5本も持てるね……。
「1つちょうだい?」
あんまり美味しそうなのでねだってみると、口いっぱいに頬ばったまま、ほら、と串が差し出された。
「ううん、ひとつ!」
タクトの手ごと捕まえ、一番上のお肉だけ囓った。ひとくちで食べられるはずもなく、せっせと囓りとるうちにタクトの串は残り2本になっていた。
「うまいだろ?」
「うん、ガッツリお肉! おいしいけど、そんなに食べられそうにないよ……」
「お前のはすげーアッサリしてそうだな」
だって、ガッツリやこってりを食べるとすぐお腹いっぱいになる……。色々食べてみたいもの。
「あっさりしてるけどおいしいよ!」
オレは芋がゆみたいなものと、白身のお魚串焼きを選んでいた。
大きなお魚らしく、丸焼きではなく切り身になっている。きつめに塩を振ったシンプルな塩焼きは、炙られた皮がぱりりと香ばしく、崩れるせいか、細めの串二本で支えられている。
川魚だろうから、パサつくならおかゆに入れちゃおうと思っていたんだけど、心配無用だった。脂ののった白身は、まるでノドグロみたい……なんじゃないかな。
ノドグロを食べたことないけど、このお魚はおいしいから、きっとノドグロもこんな風に違いない。
「うん、それおいしかった~。魚だから微妙かなと思ったけど~」
「そうでしょ! お魚を食べて、おかゆを食べるとすごくちょうどいいんだよ!」
この組み合わせが鉄板、と言われて勧められるままに買ったけど、確かに絶品。
柔らかく崩れるほどに煮込まれた雑穀と、甘いお芋のおかゆ。味付けはしていないらしい。だからこそ、ちょっと塩辛いお魚を食べて、おかゆを含むと……。しわっとなったお口が一気に甘みを見つけ出して、口腔内が幸せで溢れる。
タクトに食べさせてみたけど、感想は「まあ、うまい」だった。これだから肉食は~!!
そしてラキが食べているのは野菜とお肉が交互になったシンプルな塩焼き。色んな種類のお野菜が刺さっていたけれど、オレがもらった分は分厚く切られたズッキーニみたいだった。香ばしい焼き目と粗塩を感じた瞬間、とろっととろけるように中身が溢れ、強いかなと思った塩味を中和していく。採れたてのお野菜は、お塩だけで最高に美味しかった。
お食事は凝った物じゃないけれど。涼やかな朝の空気も、青空も、笑い合った3人分の声も、全部が美味しかった。
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