第491話 得られた資格

「だあれ?」

一見、誰もいないけれど。

だけど、妖精さんならイタズラして隠れているかも知れない。

しばらく土壁を眺めてみたけれど、誰も、何も現われない。

あれ? 誰かいると思ったのは気のせいだろうか。うとうとしていたものだから、溢れる生命の魔素で勘違いしたんだろうか。

生命の魔素がわき出しているような気がして、もう1歩壁に近づいた。

もしかして、この山から魔素が溢れているんだろうか。


そっと壁に手を触れようとした時、てっきり地層か何かだと思っていたものが、大きな木の根だと気がついた。

「大きな根っこ……」

土壁から一部がむき出しになったそれは、悠々と土壁を横断して再び地中へと姿を消している。掘り出せばどのくらい大きいんだろう。見える範囲でも、オレの両腕で抱えられない大きさがあった。

根っこなのに、そこらの木の幹より太いなんて。


引き寄せられるように触れて――

「えっ――?」

思わず手を引っ込めた。思いもよらないことに、ふわふわと半ば微睡んでいた意識が覚醒する。

「あの、これ木……だよね? 根っこだよね??」

まじまじと鼻がくっつきそうな距離で見つめてみても、やっぱりそれはただの根っこに見える。

しばし思案した後、再びそうっと手を触れた。


小さな丸っこい手が滑るにつれ、ザリザリと土が落ちる。固くて、表面は案外滑らかだ。しっとりと冷たくて、行き渡る水の気配を感じる。

どうあってもこの感触は根っこだ。大きすぎるってことを除けば、他はごく普通の根っこだ。

だけど、どうしてだろう。

「これ、生き物みたいな気がする。あ、木も生きてはいるんだけど、そうじゃなくって……」

もどかしく言葉を探した。変な感じだね、木よりももっと能動的な生き物の気配。動物とか、ヒトとか。それに、どこか覚えがあるような。


「ピピッ」

小首を傾げていると、肩のティアがスサーッと片翼をスカートのように広げて伸びをした。居心地良さそうな様子にくすっと笑う。ティアは穢れや嫌な気配に一番敏感だから、生命……聖の魔素が豊富なこの場所は気持ちいいんだろうね。

ふわふわの頭を軽く掻いてやると、目を閉じてうっとりしている。

「……あ、そっか! ティアだ。ティアに似てる気がする」

『何が似ているのかしら?』

「あのね、この根っこが生き物みたいに感じるんだけど、その気配がちょっとティアと似てるような……?」

言いながらちょっと自信がなくなってきた。だって、どう見ても根っこだもの。

『ティアも元々は植物なんでしょう? だから似ているんじゃないの?』

『ふーん、じゃあこの根っこも鳥になるのか? 俺様ちょっとかじってみようか?』

痛かったら逃げるだろう、なんて言うチュー助に苦笑した。こんな大きさの根っこだよ? もしこれが生き物だったら、とてつもない大きさじゃないかな。チュー助なんて米粒以下だよ?

『ふ、ふん。俺様、身動きの取れない者を痛めつけるような真似はしないぜ!』

『おやぶ、すてきねー! やさしいねー!』

『そ、そうだろう! ヒトには優しくするもんだぞ!』

アゲハのきらきらした視線は、何よりチュー助の行動を正しく導いてくれる気がする。まるで、お互いが鏡だね。


「この木も、フェリティアみたいに特別な木なのかもしれないね。ティアみたいに何か役割が――」

オレは、はたと気がついた。フェリティアって、確か……。思わず見つめたティアは、羽繕いをやめてオレを見上げた。丸い瞳がぱちぱちと瞬きする。

「フェリティアは、世界樹の、目……」

まさか、これが? オレの小さな胸がどきどきと高鳴った。

「世界樹の、根っこ――?」

ほんのり上気する頬で根っこを撫でると、ティアが羽を鳴らして飛び立った。

「ピッ!!」

正解、と言われた気がする。どこか嬉しげに飛んだティアが、ちょんと根っこにとまる。

と、ぽうっと小さな体が輝いた。

パタタ、と飛び上がれば光が消え、根っこに触れると光る。まるでコンセントを抜き差ししているみたい。やっぱりティアと世界樹には明確な繋がりがあるんだな。

『あなた、もっと美しい表現はないの?! 神秘的な現象じゃない?! 電球じゃないのよ!』

うん、まさに電球みたいだと思ったもの。


突如、白い綿毛がオレのほっぺに体当たりする勢いで飛んできて頬ずりした。

――ついに見つけたのー!! ユータ、ちゃんと自分で見つけたの! だからちゃんと行けるの!

群青の瞳をきらきらさせ、ラピスが全身で喜んでいた。

「行ける? ちゃんと??」

――そうなの! いつかユータも一緒に行こうと思ってたの! だけど、自分で『道』を見つけたなら安心なの! 「きょうきょうとっぱ」しなくて良かったの!

強行突破、かな。うん、さっぱり分からないけど、なんにせよ不安しかないラピスの強行突破が実行されなくて本当に良かった。

――これでユータは資格を得たの! 行けるの、聖域に!

「せ、聖域?!」

これから行く? 今行く? とそわそわするラピスをなんとか落ち着かせて、オレも座り込んだ。


聖域って、ラピスの故郷みたいなものだ。いつか行こうねと言っていたから、てっきり行こうと思えば行けるものだとばかり……。ラピスの口ぶりからするに、それはどうやら強行突破に当たるようで。

――でも、ユータだからいいと思うの。ラピスは大丈夫だと思うの。

どうしていいと思ったのかな……? ラピスが大丈夫だと思うことは何の安心材料にもならなくて苦笑した。だからあまり熱心には誘わなかったんだね……。珍しいと思ったんだ、ラピスならもっと強く行こうと誘ってくると思っていたから。

――じゃあティアに今から行くって言えばいいの。それでラ・エンも分かると思うの!

そんな、友だちの家に行くようなノリで……。ティアは電話でもメールでもないからね。

ラ・エンって確かラピスたちの長だったはず。ラピスは一番長く生きている、って言ってた。


聖域なんて特別な場所、いつかはと思っていたけれど、今だとは思っていなかった。

「行ってもいいのかなぁ……」

『資格があるって言うんだから、行っちゃえばいいのよ! きっと美しい場所よね!』

珍しくモモが乗り気で、まふまふと伸び縮みしている。

どうやって行くの、とは言わない。オレは無意識に撫でていた根っこを眺めた。これが世界樹だと意識した途端、『道』が見えた。

感じた、の方が正しいのかな? 根っこに触れていると、まるでダンジョンの階層を移動するときのような、魔素の流れを感じる。これに身を委ねれば、きっと聖域に行ける。

『どんな所かな? どんなヒトがいるの?』

シロがうきうきと脚を弾ませて、オレを見つめた。

『赤い実、おいしかった』

ああ、女神の聖珠! ルーがあれは聖域で実を付けるって言ってたもんね。

紫の瞳も期待を込めてオレを見つめている。

――ユータ、行くの! ラ・エンは物知りなの。聞きたいことはないの? きっと色々教えてくれるの!


色々と……。

オレの脳裏を、漆黒の獣が掠めた。知っているのだろうか、あの美しい獣のことも。

早く早くと急かすラピスを撫で、オレは腹を括った。

「うん……。じゃあ、ちょっとだけ。いつもラピスがお世話になってますって挨拶するだけね」

――お世話になってないの! ……今は! だってラピス強くなったの!

そっか、ラピスが魔法を使えない時、きっとたくさん助けてもらったんだね。なら、お礼だけでも言いに行こう。


いつの間にか泥だらけになっていた小さな両手。

両手で根っこに触れると、目を閉じた。

「ピッピ!」

案内は任せろと言いたげなティアの声に、オレは安堵して温かな魔素の流れに身を委ねた。





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ラ・エンはまあほぼ出てきてないので覚えてらっしゃらなくて大丈夫です!


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は、はちじゅうえん…………

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