第486話 一点突破!!
「モモ、二人をお願い!」
『あなたは大丈夫なのね?!』
オレはこくりと頷いた。
大丈夫、オレもシールドを張れる。何より、もう当たらないようにするから。
立ち上がった魔物は残った片目でオレたちを見据え、ぐっと四肢に力を入れた。
今突っ込んで来られると、ラキとタクトが巻き込まれる。
「行くよっ!」
――なら、オレが先に! 地面を舐めるように低く、低く。真正面から突っ込んだ。戦いにくいでしょう? その大きな顎、小さなオレに噛みつくには向いていないもの。
地面をえぐるように開かれた顎には、ずらりと並んだ牙が見えた。怖くなんてない。凪いだ心は、ただ無心に最善を探した。生ぬるい吐息を感じた瞬間、背中に地面を感じながらわずかな空間に滑り込んだ。それは、冷たい下あごがオレの顔に触れるほどに。
思い切り閉じられた顎の振動を感じつつ、目の前にある下顎を短剣で思い切り突き上げた。
声にならない悲鳴を上げて、魔物が思い切り頭を振り上げる。ゴツゴツとした背側と違い、チュー助は根元まで刺さったものの、力が足りない。切り裂けない。
空高く放り投げられた小さな体を、シロが受け止めて体を捻る。空気を割いてうなりを上げた尾が、間近を通り過ぎていった。
瞬間、通り過ぎざまにシロから飛び降り長い尾の付け根に短剣を振るった。
「固い……」
素早くシロがオレを拾って離脱する。がこん、とオレのいた場所の空気が大きな口腔に消えた。
「ラキ、移動するぞ!」
ちらりとオレを見て頷き、タクトがそっと魔物の死角へ移動を始める。と、気付いた魔物がピクリと反応した。
ほら、こっちを見て。
他に注意を向けられるような、生やさしい攻撃はしないから。
「ラピス!」
オレは宙返りするシロの背で声を上げた。ぐっと脚に力を入れて、逆さまのまま両手を魔物へ向ける。
――やるの!!
「岩合戦!!」
途端、マシンガンのような音が響く。呼応したラピス部隊とオレ、魔物の頭を挟んで左右からもたらされる幾千の岩つぶて。衝撃を逃がさない両サイドからの同時攻撃に、魔物は痙攣するように振動した。
魔法が効きづらいなら、雷や炎なんかより直接の打撃を! たまらず開いた口腔から、被弾した牙がいくつか砕けて散った。
「シロ!」
『うん!』
オレと共にシールドをまとったまま、シロは風の速さで突っ込んだ。一塊の拳となったオレたちが、魔物に猛烈な右ストレートをくらわせる。パキリ、とシールドの砕ける瞬間、チュー助をたたき込んだ。
巨体が吹っ飛び、確かな赤い飛沫を散らせて地面を滑っていく。
致命傷にはほど遠い、だけど、確かに削れていく命。
河原をえぐった魔物が、滅茶苦茶に尾を振り回してのたうった。
空を蹴って尾の乱舞をかいくぐるオレたちに代わって、ラピスが進み出る。
――行くの! 全部隊、集中砲火!! フルモッコにするの!!
きりきりと引き絞られていた弓のような心から、思わずかくんと力が抜ける。
ラピス、違うよ……圧倒的に違う。もっこもこにしてやる、なんて……。
「……あははっ! もう、あはは!」
オレは晴れやかに笑った。こんな時に、声を上げて笑った。
知らぬ間に世界から消えていた色が戻ったようで、目を瞬いた。いつの間にか消していた表情に気付いて、深呼吸する。
魔物しか見えていなかった視界に、真摯にオレを見つめるラキとタクトが映った。
思い詰めたような瞳にふわりと笑うと、二人が大きく息を吐いた。
「お前、その方がいいぜ!」
タクトが顔いっぱいでニッと笑う。うん、オレも、この方がいい。
改めて向き直ると、あんなに強大だった魔物は、嘘のように小さく見えた。
そうだ、さっきの浄化を試してみなくては。
「ラピス、時間を稼げる?」
――稼がないの! ラピスが倒すから心配いらないの!
ラピスがきゅうっと吠えた。愛らしい姿の中で、爛々と燃える群青の瞳だけが圧を持って魔物を見据えている。
オレはくすりと笑って頼もしい小さな獣を撫でた。
「うん、お願い」
オレはシロに乗って魔物の周囲をつかず離れず疾走する。大きいけれど俊敏な魔物は、直接触れて魔法を使うことが出来ない。なら、あれしかない。
「シロ……任せるよ!」
『うん、任せて!』
オレは信じて目を閉じる。
時折掠める風を切る音も、生臭い吐息も、もうオレとは関係ない。
「タクト、ユータをサポートするよ~!」
「おう! いいか? 狙われるぜ!」
ラキは、に、と口角を上げて笑った。
「良くないね! 狙わせないでくれる~? 前衛でしょ~!」
一瞬、きょとんとしたタクトが、にやりと笑った。
「いいぜ!! 俺に任せろ!」
「狙うのは、しっぽだけ!! ラピス、邪魔でしょ、ユータを掠めるあのしっぽ。……僕が狙う。ついてきて! 引きちぎってみせるから!」
――分かったの! 第1・第2部隊、一点突破! 第3部隊、かくらんするの!!
「「「きゅっ!!」」」
――残り、正面から迎え撃つの!! 根性見せやがるの!
「「「きゅうっ!!」」」
ラキは、すうっと息を吐いて、止めた。穏やかな瞳が怜悧に澄んで、ただ1つの鱗を狙う。
『スオーが、ついていてあげる』
蘇芳は静かにラキの傍らに寄り添った。
「……そこ!」
「きゅ!」
軽い連続音が響いた。何度も、何度も。ラキの弾丸を目印に、魔法をまとった管狐が弾となって追随する。
「今!」
「きゅ!!」
ラキの目が捉えるのは、ひとつの鱗のみ。
ユータがつけた、ささやかな傷。それは、ついに割けて鮮やかな目印となった。
――見えたの! 第1から第3部隊、集中砲火!!
正面からの攻撃を振り切って向き直ろうとした魔物に、タクトが飛び込んだ。
「っらああぁ!! お前は、こっち見てればいいんだよ!!」
斬ることを諦めたタクトが、鞘ごと鼻先をぶん殴った。急所にたまらず顔を逸らした魔物が、ついでとばかりに尾を振った。
「っくぅ!」
モモのシールドとタクトの身体強化、二人の力でかろうじて力を逸らす。
「そこだな! 行くぜエビビ!」
弾いた尾の付け根にくっきりとついた赤の印を見て取って、タクトが追撃を試みる。
『タクト!』
「やべっ!」
俊敏に身を翻した魔物が、大顎を閉じた。
モモのシールドが、かろうじて魔物との距離を広げた。閉じられた顎に捕まったのは、咄嗟に突きだした剣のみ。
ぶん、と激しく振られ、鞘を口腔に残してタクトが声もなく吹っ飛んだ。
「タクト?!」
激しい水しぶきをあげて川へ突っ込んだタクトに、ラキがハッと振り返った。
「痛ってぇ! 前向いてろ!!」
『頑丈ね……』
姿は見えないものの、元気な声に頷いて前を見据える。ラキは、ラキに出来ることを。
――ラキ、離れるの! 全部隊一点突破!!
「「「きゅーっ!!」」」
一瞬辺りが白く染まるほどの魔法が、全て尾の付け根に集中した。
衝撃で河原まで吹っ飛んだ魔物が、半ばちぎれた尾をうねらせる。
「らあぁっ!!」
川と共に飛び出してきたタクトが、巨大な水柱となった剣を振り下ろした。
水の剣が飛沫となって飛び散ったあとには、長大な尾が丸太のように転がっていた。
ぼたぼたと水を滴らせたタクトが、ラキと視線を合わせた。
にっと笑ったいつもの顔に、ラキは大きく息を吐いて汗を拭うと、いつものように笑った。こつんと合わせた拳は、二人だと随分高い位置にあるなと思った。
ひら、ひら――
「……これは?」
「ユータ?」
ひら、ひら、ひら
ふいに舞いだした光に、二人が顔を上げた。
「青い光の蝶々~? これは、魔法~?」
アゲハチョウほどの光の蝶は、やがて嵐のように渦を巻いて飛び交いはじめた。
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そして23日は多分コミカライズ版更新日ですよ!!!
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