第481話 それだけは間違いない

「ごめんなさいぃ……」

タクトが萎れている。オレたちは案の定、テンチョーのげんこつをもらってしまった。

魔物を倒すこと自体は問題なかったけれど、勝手にやるなって言われたそばからやっちゃあ、当然怒られるよね。

「反省したからさ……だからもうちょっと早く行こうぜ……」

「懲りていないようだな。3問解けるまでストップだ。1問目、鳥の羽4枚にイチライの実はどこの紋章だ?」

げんこつなんて大した影響のないタクトには、特別にテンチョーから熱血授業が入っている。村までの道のりをゆっくりと、割と難しいテンチョーの質問に答えながら歩く苦行。タクトは既に口から魂を吐きそうだ。

「オレたち、げんこつですんで良かったかも。いたかったけど」

「ホントだね~。それにタクトに効果抜群なお仕置きが見つかったしね~」

ふふっと笑うラキが怖い。タクト、今後はラキの手を煩わせるようなことをしちゃダメだよ……。


「や、やっと着いたぁ~~! 近かったのに……こんなに遠いなんて!」

村の門に到着した頃には、既に日が沈みかけていた。

べしゃりとへたり込むタクトを尻目に、オレたちは村の門をくぐる。

まずは、依頼を出した村長さんとお話をするらしい。


村人の案内で村長さん宅へお邪魔すると、出てきたのはまだ50やそこらに見える若い村長さんだ。玄関先に置いたバラナスを見て、嬉しげに手をすりあわせる。

「おお、さっそく狩ってくれたのか。そんな子どもを連れてどうかと思ったが、腕はいいみたいだな。それを使わせてもらっても良ければ、今夜バラナスラベを振る舞うが、どうかね?」

バラナスラベ? どんなお料理だろう? 

もちろん歓迎なので、テンチョーさんの承諾を得て、奥さんらしき人とメイドさんがバラナスへ歩み寄った。

「では、こちらで調理致しますので……」

微かなためらいを感じて、オレはタクトを引っ張る。

「テンチョーさん、オレたちお料理手伝ってくるね!」

「ああ、構わないぞ。ラキは残るか?」

オレたちと一緒に一歩踏み出したラキが、少し考え頷いた。

「そうだね~、僕は話を聞いておくよ~」

「ラキ。ありがとう」

見上げたオレに微笑むと、ラキはぽんと、ひとつ頭を撫でて離れていった。


「重いぜ! 俺が運ぶから持っていく場所教えてくれよ」

案の定玄関先では奥さんたちが四苦八苦していた。なんとかバラナスを台車に乗せようとするものの、バラナスは大きさの割にずっしりと重い。ぐにゃりとした肢体はなおのこと重く、『普通の』メイドさんの手に余るシロモノだ。

『メイドサンだったら、ヒョヒョイって抱えていけるんじゃないの? この人はまだ子どものメイドサンなのかな?』

『シロ……メイドさんって言うのは普通の人間なのよ……』

モモが脱力して平べったくなった。オレの中で、シロが不思議そうに首を傾げているのを感じる。

『メイドサンなのに、普通の人??』

違う、違うんだシロ……。繋がりを通してシロが何を不思議がっているのか伝わってくる。

メイドサンじゃなくてメイドさん。そして、人種じゃなくて職業なんだ。ロクサレンにいるのは別人種みたいだけど、あれも同じ人種なんだ……。


『そうなの! 知らなかった! じゃあタクトもメイドサンの血が混じってるわけじゃないんだねぇ』

無邪気なシロの台詞に、つい、目の前で3匹のバラナスを担いで歩くタクトを見た。想像力豊かなオレの脳内で、みる間にメイド服を着たタクトに変換され、盛大に吹き出してしまう。

「……ユータ? お前、なんか余計なこと考えてるだろ!」

胡乱げな瞳で振り返ったタクトから、必死に視線を逸らす。せめてノーマルなメイド服にすれば良かった。フリッフリのメイド服はさすがに攻撃力が高い。

『メイド服着るならゆうたじゃなきゃ! そうね、今度ロクサレンでメイド服の相談を――』

モモがぽんぽん弾んで恐ろしいことを言い出し、オレは話を逸らそうと慌てて奥さんたちに声を掛けた。

「ね、ねえ! バラナスラベってどんなお料理なの?」

「えっ? どんなと言われてもねえ……。バラナスとお野菜を煮込んだものなの。バラナスは煮込んでも美味しいのよ。あなたは好き嫌いなく食べられる? ――それにしても、冒険者ってすごいのね」

呆気にとられてタクトを見ていた二人は、我に返ってオレを撫でた。

「うん、タクトは力持ちなんだ! オレ、お料理好きだから、一緒に作ってもいい? レシピを知りたいの」

にっこり見上げたオレに、二人は目を丸くして頷いてくれた。


「力持ちくん、ここに置いてくれる? 普段は1匹だし、狩ってきた人がここへ置いてくれるのよ。やっぱり重いのねえ」

解体スペースだろうか、庭の井戸近くにはすのこみたいな台が設置されていた。年季の入った大きな刃物を手にしているのを見るに、解体はメイドさんがするらしい。

「タクト、一緒に見よう! 次トカゲを狩ったとき解体できないと困るよ」

「おう! 戦闘にも役に立つしな!」

戦闘に役立つこと、となると、割合いタクトは真面目だ。解剖学の知識などないから、こうして解体の時にどこを切れば効果的か考えるらしい。

「結構力がいるのだけど、力持ちくんがいるなら大丈夫ね!」

「俺はタクト、こっちはユータって言うんだぜ! 料理はユータが得意だけど、力仕事なら俺じゃねえと!」

にっと笑うタクトに、ちょっぴり頬を膨らませる。この奥さんやメイドさんができるんだよ? オレにだってそのくらいできる!


「……できるかなぁ」

バリ、バリ。額に汗しながら、メイドさんが少しずつバラナスの皮を切開し、身を開いていく。奥さんは巧みにバラナスを押さえたり開いたり、解体の補助を行っていた。

動くとシワの寄る表皮だったから、そんなに硬いと思っていなかったのだけど、バリガリ鳴る音を聞くに、随分と硬そうだ。なるほど、分厚い刃物があんなにボロになるわけだ。あの力のいれ具合を見るに、オレにできるのか少々自信がなくなってくる。


奥さんとメイドさんは時折交代しながら、30分ほどかけて解体を終えた。疲労感漂う二人に、残り2体を任せるのは忍びない。

「オレたちも練習したいから、解体してもいい? 失敗しないように見ていてくれたら嬉しいな」

「本当? 多少失敗したって大丈夫よ、ぶつ切りにしてラベにするんだから」

ホッとした顔の二人には座って休んでいてもらおう。血やら油やらでひどいことになっているので、サッと洗浄魔法をかけておく。

「まあ?! すごい、魔法使いなのね! そんなに小さいのに、どうやって戦うのかと思っていたの」

……こんなに小さいけど、ちゃんと剣でも戦うんだよ……。いつまでも小さい認識されるのは、周囲にいる人が大きくなっているからだろうか。


「なあ、これって剣でやったら早くねえ?」

「あ、確かに」

残る2体のバラナスを前に、ぽんと手を打った。少なくともさっきのボロ刃物よりは手入れされた剣の方が切れるに違いない。

「いくぜ! よっ……!」

物は試しと、あろうことか片手でバラナスを投げ上げて、タクトが空中で一閃した。

「あーっ! タクト切りすぎ!! 地面でやってよ!」

「だって、地面だと振りにくいじゃねえか」

皮一枚を切って開くはずが、身まで半分切れている。じりじりと切開していた先ほどを思えば、一瞬で済んだけれど。


『俺様! 主、俺様なら! こんなとかげの柔肌、バターみたいに切れちゃうぜ!』

『おやぶ、すごい! きれちゃう! かっこいいね-!』

チュー助がここぞとばかりに主張して、アゲハが大喜びだ。まあ、切れ味に不満はないからチュー助を使わせてもらおう。

「この辺りから、すーっとしっぽの付け根までだよね」

タクトが割と乱雑に解体する横で、オレは丁寧を心がけて開いていく。

『おやぶ、すごいね! まっすぐね!』

『そうだろうそうだろう! アゲハ、俺様は今集中している。騒がず大人しくしているんだぞ』

集中しているのはオレですけど! 得意満面なチュー助に構う暇もなく、丁寧かつ迅速に解体を進める。


時折確認しながらの慣れない作業は、それこそバターみたいに切れちゃうチュー助のおかげで20分ほど。ざっくざっく切り分けたタクトはものの10分だ。だけど骨にもたくさん身が残って勿体ないことになっている。

「なんてこと……私も剣を習おうかしら。ううん、剣を買えばいいのかしら」

「奥様、今度街の武器屋で買って参りましょう!」

二人が瞳を輝かせて意気込んでいるけど、チュー助は特別だからね。タクトの剣はタクトの力と技があってこその面もあるし。奥さんが剣を習うならいいかもしれないけれど。

「それじゃあキッチンへ運びましょう。手伝ってくれるかしら?」

村長さん宅では、お料理も奥さんが担当しているようだ。料理長のいるカロルス様のところは、やっぱり貴族なんだなと改めて思う。


キッチンへ運び込むと、奥さんが満面の笑みでオレたちを撫でた。

「ありがとう、本当に助かったわ! あとは大丈夫よ」

「ううん! オレお料理を手伝いたい! レシピを知りたいって言ったでしょう?」

「ユータはいつも美味い飯作ってくれるんだぜ! 絶対役に立つって!」

戸惑う二人に、タクトが太鼓判を押してくれた。にっこり微笑むと、ぽんぽんとオレの肩を叩き、力強く拳を握って熱く続けた。

「他のことやると割とぽんこつだけど、料理だけは間違いねえから!!」

言うまでもなく、オレの笑顔は引きつったのだった。



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