第482話 バラナスラベ
「お料理はしたことがあるのね? 刃物も大丈夫そうだったし、じゃあ、一緒に作りましょうか」
刃物って……剣を振るんだから、大丈夫に決まってるでしょう。どうもまだ冒険者だと認めて貰えていない気がする。
「バラナスラベは家庭によって色んな味があるのだけど、ウチの材料はこんな感じなの。」
バラナス、貝、お野菜、香草……
「この貝も川で獲れるの?」
「そうなの。だけど最近川に行くのが命がけになっちゃって。元々は上流に行かないとバラナスは出て来なかったのよ」
お話をしながら、オレたちはテキパキと調理を進める。お野菜はごろっと感を残し、香草は細かく刻む。こういう作業になるとやることのないタクトは、がしゃがしゃと貝を洗っている。
「まあ、本当にお料理をするのね。手際がいいし切るのも上手ね」
「そ、そう?」
最近そんな所を褒められることがないので、ちょっと照れくさく笑った。
3人+αもいれば、作業はあっという間だ。家庭料理なのでさほど凝った作業があるわけでもなく、あとは煮込むだけだ。ところで、何で煮込むんだろう。だしや味付けに使用しそうなものが並べられていない。
「なあユータ、これ何? これも食えるの?」
タクトが指したのは半透明の結晶。飾りの割には、大小ごろごろと無造作に置かれている。
「うふっ、そっちの小さいのを舐めてごらん」
イタズラっぽく笑った奥さんに、ピンと来た。
食える物と判断したタクトは、舐めろと言われたのに、ひょいと口へいれてしまう。
ころりと口の中で転がして……
「……ん? しょっぱ!」
ぺっと手のひらに吐き出した。やっぱり岩塩だったみたい。
「甘いと思ったのに!」
奥さんたちがしてやったりとコロコロ笑っている。サイズ的にオレの作る飴と似ているもんね。
「うふふ、ごめんなさいね。だけど割と美味しいでしょ? お酒のあてに舐める人もいるのよ。山で取れるから、ここらのお塩はこれを使ってるの」
「あ、もしかしてお鍋の味付けも?」
「ええ、そうよ」
ほほう、アクアパッツァみたいなものかな。魚じゃないけど。淡水の生き物だけで、素っ気なくなりそうな所を補う岩塩なのかもしれない。
お鍋で直接バラナスに焼き色をつけてから、貝や野菜を放り込む。あとは水を注いで岩塩を入れるだけ。香草は最後に入れるそうだ。お水を割とたくさん入れるので驚いた。煮込みと言うよりスープ煮?
「ふーん。俺でもできそうだ」
「家庭のお料理は、大体誰でもできるものだと思うよ。今度タクトが作ってみてよ」
「やだね、勿体ねえ。美味いもん食いてえからユータの料理がいい。手伝うからさ!」
それは手放しに褒めてもらってるんだろうか。
『そりゃあ、料理だけは間違いない、ものねえ』
『その通り! 主って料理にはぽんこつが発揮されないもんな!』
それは褒めてないよね!!
バラナスラベは、あとはコトコト煮込むだけ。奥さんたちに逆にお礼を言われつつ厨房を後にすると、テンチョーさんたちも応接室から出てきた。
「お料理終わったの~?」
「料理は一瞬だったぜ! そっちはどんな話だったんだ?」
お料理よりもバラナスを捌くのに時間がかかったね。
オレたちは一旦村長さん宅を後にし、今夜の宿……もとい空き家に向かった。村の依頼だと、宿なんてない場合が多くて、こうして空き家だったり誰かのお家に邪魔するのが定番らしい。
「オレたちのお家ー!」
それなりに手入れをされた空き家は、当然ながら宿よりずっと広くて、走り回っても怒られない。ほとんど家具もなく広々しているから、オレたちはきゃあきゃあと走り回って隅々まで確認してまわった。
「おいおーい! なんで急に子どもになるの?! お兄さん恥ずかしいよ! 待ちなさいって!」
アレックスさんが追いかけてくるので、今度は鬼ごっこになった。
「こら、走り回るんじゃない。ここは一時的に借りているんだからな」
ご近所とも接しているわけじゃないし、と思ったのだけど、テンチョーさんから怒られてしまった。
「アレックスまで一緒になるんじゃない!」
「はーい。パパ」
「「「はーいパパ!」」」
アレックスさんに倣って返事したオレたちに、テンチョーさんがげっそりと額を押さえた。
「手のかかる息子が4人も……」
きゃっきゃと笑うオレたちを眺め、将来は娘がいい、なんて呟いていた。
あれこれしながら荷物を整理して、布団が用意されていたことに感動などしていると、メイドさんが呼びに来てくれた。
「美味そう!」
「これがバラナスラベなんだ~」
やっぱりアクアパッツァに似てる。お魚じゃないので違和感があるけれど、澄んだスープに色とりどりのお野菜や貝がごろごろする雰囲気はそっくりだ。
失礼があってはいけないと、テンチョーさんたちが食べ始めたのを確認して、オレたちもスプーンを運んだ。
「わあ、お塩だけでこんな味に? すごい! 美味しい~!」
これはここらの岩塩を持って帰らなくてはいけない! バラナス以外の食材は知っているもの、ここまで深い味わいになるのは岩塩の影響も大きいに違いない。
感動するオレの皿に、気付けば貝が増えている。
「……ラキ。お行儀悪いよ」
貝が苦手なラキは、そ知らぬふりしてホスト側の目を盗んではオレとタクトの皿に入れている。川の貝だけど泥臭くないし、美味しいよ。
「お、バラナスって魚みたいだな! 肉っぽくねえ。あんな顔してんのにな」
顔は関係ないんじゃないかな……。
大きなバラナスをスプーンでつつくと、ぽろりと繊維に沿って身が離れた。へえ、白身魚みたいだ。
白っぽい身は確かに魚や鶏に似ている。煮込んだ割に崩れない身は、割と固いんだろうか。
頬ばってみると、確かにお肉とは違う食感だ。だけど、固くはない。固くもないしホロホロもせずに、しっかり噛める。
そうだ、これってフグみたい。それもお刺身の時のこりこりした感じ。もしくは食感だけならホルモンにも似ているかも。しっかりと噛めるおかげで、じわじわと独特のうま味が広がる。スッキリしたスープが、バラナスを一緒に含んだ時だけ濃度を増すようだ。主食としておかれたハーブチーズを塗ったパンとも相性がいい。
「では、基本獲ったバラナスは半々で買い取り。もし余剰になればこちらで引き取ってギルドでの買い取りということですね」
「そうだな、それでいい。だが村に配るから、まず余剰にはならんと思うぞ」
夢中で食べるオレたちの横で、テンチョーさんが真剣な顔で村長さんとやり取りしていた。一方のアレックスさんは奥さんとお話している。
「美味いですね、奥様は料理がお上手です。その華奢な腕で解体までされるとか」
「まあ、ありがとう。うふふ、人手が足りなくってね」
アレックスさんがよそ行きの顔だ。紳士的に微笑む顔に胡散臭さを感じてしまう。
依頼によってはこんな風におもてなしを受けることもあるんだな。オレたちも、こんな風にできるだろうか。
脇目も振らずに貪るタクトと、また小さな貝を見つけてオレの皿に滑り込ませたラキを見て、ため息を吐いた。オレがしっかりしていくしかない!
――でも、ユータはお料理が出たらそっちに集中するから無理なの。ラピスたちにお料理作ってもらうから、ちゃんと集中しなきゃなの。
『確かに! 主はホストなんてそっちのけで料理に興味がいくもんな!』
「…………」
オレはそんなことない、とは言えずにバラナスを頬ばった。
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