第474話 ひとときの輝き

「へえ、タクトもやればできるんじゃない~」

ラキがにっこりと微笑んだ。

「そうだろうよ! この地獄を抜け出す方法……それにはもうこれしかないんだ!!」

そんな血を吐くように言われても。オレたちだって一緒に勉強してるからね?!

どうやら嫌々やってもなかなか点数は取れないと気付いたらしい。宿題をこなすわけじゃないからね……試験に受かるには自分で頑張るしかない。真面目に取り組みだしたおかげで、タクトの試験対策も大丈夫そうだ。シロ車の旅は順調そのもので、孤児院を出てからも特にトラブルに見舞われることなく今に至っている。勉強も目処がついたし、この分だと明日にはハイカリクに着けるだろうか。

「試験、なんとかなりそうだね!」

「戻ったら僕たちも3年生かぁ~」

「3年終わったら卒業もできるんだぜ?」

オレたちは、シロ車に揺られつつ空を仰いだ。


卒業かあ……。学校は最長7年、最短3年で卒業可だ。

……オレはどうしようかな。

召喚術についてはもう習ったし、常識についてだってもう大丈夫だと思う。今も立派に冒険者としてやってるのだから、社会勉強も十分だ。

『そうかしら……』

モモが異議ありと、ぽふぽふオレのほっぺに体当たりをする。そりゃあ、まだ知らないこともたくさんあるもの、学べるなら学んだ方がいいに決まってる。学校にいながら冒険者活動だってできるんだから、わざわざ卒業するメリットはあまりないし、オレたちは学費くらい十分に払える稼ぎがある。オレはカロルス様が払ってくれているけれど、その分何か別のお返しをしようと思う。

せっかくの機会だもの、オレは3年以上在籍したいと思っている。でも、二人はどうするんだろう。


高い位置にある二人の顔見上げると、ふと視線を下げてラキが微笑んだ。

「僕は加工師だから、長く在籍するつもりだよ~。お金の工面も自分でできるようになったしね~」

オレを覗き込んで、するりと頭を撫でる。そっか! なんとなくほっとしてにっこりすると、タクトがごろりと仰向けに転がった。

「オレは卒業しようかな! 勉強したくねえ!!」

「えっ……?!」

タクトが、いなくなる……? 息を呑んで見つめると、どこか楽しげな瞳と目が合った。

「――なんてな! 俺がいねえと寂しいだろ?」

にやっと笑ったタクトに頬をつままれ、盛大にむくれて振り払った。

「それに、俺がいねえとお前ら朝起きられねえだろ! 毎日薬草採りしかできねえよ?」

「「うっ……それはもう、日々感謝シテオリマス~」」

拝んだオレとラキに、タクトは満足そうな顔をした。


うーん、ゆくゆくはモモに依頼を受けに行ってもらうとか……せっかく召喚士なんだから、ありかもしれない!

『ありじゃないわよ、討伐されかねないわよ……』

「じゃあ、シロにモモが乗って、チュー助が必要時のお話役で……何かあってもシロがいるし、モモがシールドを張って完璧じゃない?」

ちょっとブレーメンの音楽隊みたいだけど。

「ユータ、召喚士って……召喚獣って、そうじゃねえよ」

「召喚獣使うのはそこじゃないから~」

二人はぽん、とオレの両肩に手を載せると、残念な顔で首を振った。



――ユータ、あっち見て、きれいなの!

そろそろ野営地を探そうという時になって、ラピスが小さな瞳を輝かせてオレの胸元に飛び込んできた。

「なにがきれいなの?」

――ユータもあっちに行くの! 一緒に見るの!

「待って待って、もう日が暮れるから野営の準備しなきゃ」

一生懸命オレを引っ張るラピスに、どうしたものかと二人に視線をやった。

「どこかに行きたいの~? もう野営をするから遠くには行けないよ~?」

「すぐそこに綺麗な所があるんだって」

「じゃあ、そこで野営すりゃいいんじゃねえ? 行こうぜ!」

せっかくきれいな場所があるなら、見逃す手はない。オレたちは冒険者だもの! 


さっそくラピスに導かれるまま歩き出す。藪を抜けて小高い丘を登りきったところで、目の前が真っ赤に染まった。

「わああ~!」

「すげー!」

「絶景だね~!」

峡谷になっていたそこは、夕日に照らされ、まるで違う世界に来たように赤く燃えていた。

――ラピスが間違えていっぱい燃やしちゃった時みたいなの。でもきれいなの。

……それは聞かなかったことにしようかな。

オレはオレンジ色に染まったラピスをふんわりと撫でた。

「ありがとう、本当にきれいだね!」

まばゆい炎色は、熱すら感じる気がした。赤い土、赤い岩で形成された峡谷が燃え上がる、ほんのひとときの時間。

「来て良かったな!」

赤茶色の髪が燃えるようで、にっと笑うタクトに目を細めて俯いた。

「うん、来られて……良かった」

3人で過ごす時間。それも、こんな風にひとときのまばゆい輝きなんだろうか。

……卒業のことなんて考えていたから。タクトが卒業するなんて言うから。

美しい景色に動いた心は、簡単に揺れる。

「思い出に、なるのかな」

この美しい景色と楽しかった時間。いつかそれを懐かしむことになるんだろうか。


「うん、いい思い出になるね~」

落とされた視線を感じてゆっくりと見上げると、ラキの淡い茶色の瞳も燃えていた。

「いつか、大人になってから。何を覚えてるか3人で言い合いっこしようか~」

大人になるまでの時間と、大人になってからの時間。その言葉は、どちらの時間も一緒に居ようと言ったみたいだった。慌ててきゅっと唇を結ぶと、忙しく目を瞬いて、いよいよ燃える崖に視線を戻した。


「思い出の場所巡りとかいいんじゃねえ? その頃には俺らすげー冒険者になってるだろうな!」

思い出になった先の、未来の楽しみ。他愛のない子ども同士の約束が、冒険者パーティという形となって現実味を帯びる。当たり前のように隣に在ることを信じる姿に、オレの心の炎も揺らめいて大きく燃えた。


「――で、なんで泣いてんの?」

「へ?」

崖を見つめて呼吸を整えていたら、ぐいと仰のかされる。突然の暴挙に、泣いてなんていなかったのに瞳の端から雫がこぼれ落ちた。

「あ~もう、タクトってば~」

ラキがやれやれと苦笑して、オレはカッと頬が熱くなるのを感じた。あまりの衝撃に言葉が出ない。

「お前、顔真っ赤だ……うおお?!」

わなわなと震える手で短剣を握ると、ぶんと両の手を振った。ちなみに、かろうじて残った理性のおかげで、鞘はついていた。

「危ねえ! なんだよ?!」

「今のはタクトが悪いねえ~」

大ぶりの一撃を避けられ、舌打ちする。ほんの1年前は避けるどころじゃなかったのに。だめだめ、冷静にならなきゃ。ふふ、と口角を上げて腰を落としたオレに、タクトが及び腰になる。

「待て待て待て、なんで怒ってんだよ! 別にお前しょっちゅう泣いてんだから珍しくも……やべっ?!」

「もうすぐ暗くなるから、気が済んだら戻ってくるんだよ~」

ラキの声を後ろに聞きながら、オレはタクトを追って走った。



『――見えてきたよ! ぼく、このまま街に入っていい?』

うとうとしていたオレは、シロの声にハッと目を開けた。

「いいんじゃない~? シロのことは割と知られてるし、これからもシロ車は使うから~」

「もう着くの?」

かけられていた毛布をはねのけて飛び起きると、進行方向に目を凝らす。

『毛布かけて寝ておいて、うとうとはないんじゃない?』

「よう、もう着くぜ! おねむはもういいのかよ?」

オレが眠いのはタクトのせいですー! 昨日タクトのせいで野営準備が遅くなったしごはんも遅くなったし……だから眠いだけだ。

『主が追いかけ回すからだろー! 俺様腹減ってたのに!』

だってタクトが逃げるんだもの。断じてオレのせいじゃない。


「あ、シロちゃんだー! どこ行ってたの-?」

横を行く馬車から幼い声が響いた。シロがウォウッと返事をすると、目一杯身を乗り出した女の子が嬉しげに手を振った。

『ぼく、覚えてもらってる!』

ぶんぶんと振られたしっぽで、シロ車のスピードさえアップしそうだ。あまつさえスキップを刻みだした4つ足の歩みは、確実に速くなった。


「帰ってきたんだね!」

「俺たちの拠点の街だもんな!」

「もう懐かしいような気がするね~」

門番さんにいささか戸惑われつつも、シロ車は無事に門を通過した。出発した時と何も変わらない町並みに、うきうきと心が躍る。

オレたちはシロ車から飛び降りて顔を見合わせると、正面を向いた。


「「「ただいま!!」」」


誰にともなく声を上げ、拳を付き合わせてにんまりと笑った。




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