第473話 置かれた場所で
「ふははは! 甘い甘い!」
「うわあー!」
「怯むな、みんなでかかれー!」
戦闘ごっこだろうか、それともタクトが魔物役なんだろうか。群がる子どもたちを捕まえては投げ、振り回される棒きれを避け、タクトは子どもたちに集中攻撃を受けながらも楽しそうだ。
中々体力を使う遊びだね。あれはタクトに任せよう。時折ラキが水鉄砲で参戦するために、割と本気の訓練になっていそうだ。
おろおろする院長先生が気の毒だけど、怪我するならタクトだと思うから大丈夫だよ。
「お腹いっぱい……」
「一生分のお肉たべた~」
一方、こちらにはお腹いっぱいになった子どもたちがあちこちで動けなくなって転がっている。緩んだ顔から滲む満足感に、おやつはもう少し後にしようとくすりと笑った。
お腹が空いて、お腹いっぱい食べられる。こんなに幸せなことってない。にこにこしながら膨らんだおなかをさすっていると、ふぁ、とあくびが零れた。
「あと、眠いときに眠れる。この2つがあれば、オレは幸せかも」
みんなに倣ってころりと地面に横になると、まぶしさにぎゅっと目を閉じた。青空で伸び伸びと光を伸ばすお日様は、中々強力にまぶたを貫いて光を届けてくる。
眠いけど、眩しい。だけどもう半分眠っているから、動きたくない。
眉間にしわを寄せてうつらうつらしていると、間近に人の気配を感じた。
少し間を置いて、どうやらそっと隣に腰を下ろしたらしい。強い光がふわりと途切れて、力の入っていたまぶたから力が抜けた。
これはタクトだと思うけど、どうしたんだろう? 随分と静かだ。
「――タクト兄ちゃん、もっと遊ぼう!」
小さな足音がいくつかパタパタと駆けてきて声をかけた。やっぱりタクトだ。
「おう、後でな。今は、しーっ! だぜ。まあ、こいつはそうそうのことじゃ起きねえけど」
くっくと抑えた笑みが聞こえて、夢うつつにムッとする。だったら起きてやろうと思うものの、整った環境に意識はどんどんと薄れていく。
「ほんとだ、かわいいなあ」
「お姫様みたいね」
確か君たち、オレより年下――。囁かれる声に納得いかない思いを抱きつつ、オレはころりと夢の世界に転がり落ちた。
う~ん……痛い。
うっすらと意識が浮上してくる。むにっと変形したほっぺが痛い。手をやると、ふわっと温かいものに触れた。
『おやつは?』
ペチペチペチ! 小さな手が催促するようにおでこを叩く。
「蘇芳~ほっぺ引っ張っちゃダメだよ……痛いよ」
『分かった。ごめんね』
さすさす、と柔らかく小さな手がほっぺを撫でた。
蘇芳は人に対しての力加減が下手くそだ。姿が随分変わったせいもあるのだろう、割と乱暴なところがあるから、その都度教えてあげなきゃ。
「大丈夫だよ。おはよう、おやつ?? あ、そっか、寝ちゃってたんだね」
ふわっと微笑んで蘇芳を抱えると、むくりと上体を起こした。するりと胸元を滑ったものに目をやると、いつの間にやらマントが掛けられていたようだ。
傍らに目をやると、片膝をついた姿勢のまま、タクトが眠っている。
間もなく9歳になる少年は、オレの記憶する小学生とは比較にならないくらい大人びて精悍だ。それでも、眠る姿は十分にあどけない。
「タクトだって、寝てるじゃない」
くすっと笑ってマントを掛けようとすると、濃い茶色の瞳がパチリと開いた。
「お、起きたのか」
起きた瞬間からバッチリと覚醒するタクトは、にっと笑ってマントを受け取る。鼻でもつまんでやろうと思っていたのに、少々不満だ。
「やっと起きた~」
目ざとくオレたちの様子に気付いたらしいラキが、子どもたちの相手をやめて歩み寄ってきた。
「僕疲れたよ~。子どもって元気だよね~」
「ラキだって、まだ子どもでしょ?」
何言ってんだかと笑うと、ラキはそうだったかな、なんて微笑んだ。
「ユータは間違いなく子どもだけどね~。よく眠れた? ユータも元気ではあるけど、すぐ寝るよね~」
「そんなことないよ! だってほら、タクトだって寝てたんだよ?!」
「お前が眠ってるの見てたら俺も眠くなるんだよ! お前の爆睡と俺のうたた寝を一緒にすんな」
むにっと頬を潰して鼻で笑われ、ふて腐れてその手を振り払った。あの目覚めを見てしまうと下手な反論は墓穴を掘りそうだ。
『おやつ』
「うぶっ!」
しびれを切らした蘇芳が、オレの顔面に貼り付いた。せっかくだから、柔らかなお腹の毛並みを存分に堪能してから引きはがす。
「そうだね、そろそろおやつにしなきゃね」
『ぼくも! おやつ食べたい! いいこで待ってたよ!』
飛び出してきたシロが、ウキウキとオレの周囲を走り始めた。みんなもお腹は落ち着いたかな? ドライフルーツだけだとすぐになくなっちゃうから、刻んでクッキーに散らした。クッキーは量産が可能で美味しい、しかも手軽に食べられて差し出せる。まったく優秀なお菓子だ。
ただ、お肉ほどたくさん用意できないから、みんなに平等に行き渡るよう個人ごとに配ることにした。これなら慌てず食べられるでしょう。
「お菓子だ……! これ、お菓子だよね?」
お菓子を知ってはいても食べる習慣がなかった子どもたちは、お肉ほどがっついたりしなかった。きらきらした瞳で、大事に、大事に手にとって眺め、匂いを嗅いで、そして皿に戻す。
「食べないの?」
「食べるよ! 食べるけど、ちょっと待って」
お腹が満たされているせいもあるのだろう。にこにこと眺めてはなかなか手を着けない様子に、院長先生が少し目元を拭った。
「美味いな! もうねえの?」
「ドライフルーツが少ないからね、これだけだよ」
物足りなげに周囲を見回した視線を感じ、子どもたちが慌ててクッキーを手に取った。
「わあ。甘ーい! ねえこの粒々はなに?」
「食べたことない味! 甘くて、サクッとして、いい香り!」
ほっぺを紅潮させて喜ぶ子どもたちを見て、ほっとした。ドライフルーツにしてもまだ酸味の強いアツベリーは子どもには不評かと思ったけれど、そもそも果実を食べていた子どもたちに心配は無用だったみたい。
「な、これもしかして採ってきたアツベリー? すげーな、違うモンになってる!」
「そうだよ。ね? これなら実をそのまま売るよりもいいかなと思って」
天日干しにするだけだもの、子どもにだって作れるだろう。もしお金に余裕ができたなら、砂糖漬けにするとなおいいと思う。
「これなら、薬草と同じくらいにはなるんじゃねえ?! いや、きっともっと……!」
森へ行ったメンバーが瞳を輝かせた。冒険者なら採ってこられる果実だし、干すだけだもの、高値になったりはしないだろう。だけど、果実のまま売るよりはずっといい値がつくだろうし、何よりも日持ちする。
「本当、子どものおやつだと思っていたけれど、これは中々……紅茶に入れてもいいかもしれないわ」
遠慮がちに1枚口へ入れた院長先生が、真剣な瞳をした。うん、フルーツの香りがする紅茶、とってもいいと思う!
「あとね、お金ができたらだけど、こういうのもどう?」
「まあ、綺麗ね!」
差し出したのは、薄いバゲットに載せたフルーツバター。刻んだドライアツベリーをたっぷりとバターに混ぜ込み円柱型に固めれば、オシャレなフルーツバターの出来上がり! 普通にバターとして塗ってもいいし、スライスしてバゲットなんかに載せても素敵だろう。
ふんふんと熱心に耳を傾ける院長先生はとても聞き上手だ。思いつくレシピを夢中で語っていると、ふと悲しげな顔をした。
「ありがとう、あなたは色んなアイディアがあるのね! だけどアツベリーをたくさん採ってくるのは難しいの。もし採ってこられたらやってみるわね」
柔和な微笑みを浮かべた院長先生を見て、オレはちらりと4人組に視線を走らせる。
「院長先生、心配いらねえ!!」
「俺たちが卒業するまでに、なんとかしてやるから!」
頷き合った4人が、院長先生の両手を引っ張って中庭へと走った。
「ほら! な、これでアツベリーはいつでも安全に収穫できるだろ?」
「え、いつの間にこんなに?! これがアツベリー? だけど、人の手で育たないでしょう?」
「育つぞ! この木、これは俺たちがここまで元気に育てたんだからな!! チビたちもここでなら働けるだろ? 危なくないぞ!」
一番立派なアツベリーを指して、少年たちが胸を張った。
「――!」
院長先生は両手で顔を覆うと、ぼろぼろと泣いた。
アツベリーが収穫できることよりも、栽培の難しいアツベリーを育てたことよりも、もっと嬉しいことがあったから。
「そんな、ことを……考えてくれるように……」
おろおろする少年たちを抱きしめ、院長先生はただ泣きながら微笑んだ。
「大きく、なったのね」
「じゃあ、それを院長先生に渡しておいてね」
院長先生を少年たちに任せ、オレたちはそっと孤児院を出た。気付いて駆け寄って来た子にドライフルーツのレシピを託すと、手を振って帰路の旅を再開する。
「――なんか、ああいうのもいいな。俺、割と子どもと遊ぶの好きかもしれねえ」
「それはタクトが同類だからじゃないの~?」
院長先生が追いかけて来ても困るので、オレたちは早々に町を出てシロ馬車に揺られていた。
「違うだろ! 俺、ちゃんと面倒見てたろ?!」
憤慨するタクトに、オレたちはくすくすと笑った。そうだね、たくさんの元気な子たちとの生活は、きっと大変で、きっと楽しい。
年をとって冒険者生活を引退したら、孤児院を開くのもいいかもしれない。
『あなたまだあの子達と同じくらいの年でしょ、どれだけ先のことを考えるのよ……萎びてるわね』
モモがまふんと揺れて呆れた視線を寄越した。そう? 輝く未来のことを考えるのは、萎びてはいないでしょう?
『あなたにとっては、それも輝く未来なのね』
やれやれと平べったくなったモモを撫で、オレは遠くなっていく町を眺めた。耳にはまだ、賑やかな子どもたちの声が響いているような気がする。
あの子たちは、懸命に生きている。種の落ちた場所で育つしかないアツベリーのように。
自ら大きく何かを変えることはできなくても、彼らができることを精一杯にしていた。置かれた場所で咲くのは、諦めじゃないんだね。それは、運命を変えるために彼らができる唯一のこと。
翌年枯れる運命だった貧弱なアツベリーが、懸命に伸ばした枝を見つけてもらえたように。
青々と立派に育った畑のアツベリーを思い浮かべ、オレはにっこりと笑った。
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管狐たちも参加している展示会『もふもふしっぽのきつね達東京展』本日17時で終了です!ご訪問下さった方々、ありがとうございます!
そしていよいよもふしら7巻発売日まで1週間を切りました…!!
不安と期待でキリキリする日々です!
amazonレビューとか見返しては力をもらっていますので、感想等あればこれまでの既刊も含めぜひ…! 特に外伝や新章、ショートストーリーは書籍にしかないので、こういうのもっと頂戴!とかあれば…!
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