第472話 動物と植物
「ユータは何か知ってるの~?」
「うーん、多分、だけど……この木を選ぶので間違いないと思うよ!」
そもそも植物のスペシャリストの言うことだもの、間違いないだろう。
「木はいくつ持って帰る? 実のなってない木ばっかりじゃなくていいと思うよ。実のならない木も一緒に持って帰りさえすれば!」
そうでしょ、とティアに視線を送れば、満足げにピッと鳴いてオレの肩にとまる。まふっと腰を下ろせば、まるで緑の鏡餅みたいだ。ほかほかのお腹がオレの肩を温め、頬に柔らかな羽毛が触れる。
「ありがとうね」
すりっとさらに頬を寄せると、瞬いたティアは役目は終えたとばかりにウトウトし始めた。
「うわ?!」
シャ、と鞘走りの音がしたと同時に、またも獣の悲鳴が上がった。少年が尻餅をついて目の前に倒れた魔物を見つめている。これも美味しいお肉じゃないけれど、質より量の子どもたちには十分なお肉だ。
「で、どれ持って帰るんだ? 早いとこすませようぜ! でもまあ、囮作戦としては結構いいかもな」
剣を鞘へ戻しつつ、獲物を拾い上げて呟いたタクトに、少年たちの作業の手が早くなった気がした。
「それで、実のないやつも全部一緒に植えればいいのか?」
孤児院に戻ってくると、さっそく植え替え作業だ。タクトにはその間獲物を処理しておいてもらおう。
「うん、同じ区画に植えればそれでいいと思うよ。そうすれば実がなると思うよ」
アツベリーは周期的に花を咲かせて実がなるらしく、1年のうち数回実が採れるらしい。今回は無理だけど次の開花の時期にはきっとたわわに実ってくれるだろう。
「それで~どうして実のない木が必要なの~?」
「あのね、多分、この木はメスの木なんだよ。それで、こっちがオスの木」
イチョウなんかが有名で雌雄異株って言うんだよね。ここらでは地球よりもずっとこのタイプの木が少ないんじゃないだろうか。少年たちはまだきょとんとしている。
「オレの故郷ではね、オスとメスがある種類の木があったんだよ。動物と同じなんだ、だから、オスとメスが揃ってないと実がならないの」
「えっ?! この木、動物だったのか!!」
「え? うーん……動物じゃ、ないと思うけど……」
オレはちらりとティアを見た。動物じゃ、ないと思うけど……でも、鳥になった苔がここに。そして元気に動き回るムゥちゃんもいる。
もしかすると、この世界では植物って思ったよりもずっと動物に近いんだろうか。
「そっか、動物じゃないけど動物みたいなもんなんだな! ごめんな、もっと何かしてやれば良かったか? 飯は……食わねえよな?」
少年はぽつんと畑の一角で枝を広げたアツベリーを撫でた。動物じゃないけど……だけど、そうやって話しかけて命として扱うのは、きっといいことなんだろう。
「じゃあ、お前らも今日からここで過ごしてくれるか? 一生懸命世話するからな!」
森から持ってきたアツベリーたちに丁重に説明する様子に、くすりと笑った。
持ち帰ってきたアツベリーは6本、オスの木は2本だ。
「ふう、結構な範囲を耕さないとな」
「手伝うよ?」
彼らが森で過ごすのは、かなり精神的にキツかったはずだもの、相当疲れているだろう。にこっと微笑んで畑に手をつくと、一気に畝を整えていく。生命魔法もほんのり使えば、きっと土壌にも良い影響があるだろう。
ああ、生前あんなに腰を痛めた作業が、こんなにも簡単に……。あまりに一瞬でできる作業に、むしろ腹立たしい気すらしてくる。
「すげえ……魔法使いってすげえな」
素直に感心して目を丸くする少年に、自分でやっておきながらどこか納得いかない。
「そうだけど……一生懸命耕すのだってきっといい影響があったはずだよね!!」
「なんでお前は怒ってるんだ」
早々に獲物の処理を終えたらしいタクトが、オレのほっぺをつまんで可笑しそうに笑った。
「よし、あとはお菓子作りだね!」
昼ご飯は焼き肉にする! とタクトが張り切ってお肉を刻んでいたので、オレはお菓子作りに専念しよう。周りで見つめられても困るので、みんなには遊びに行ってもらって作業環境を整えた。
まずは、と採取してきたアツベリーを再び口へ入れる。うん、酸っぱい。レモンほどではないけれど、甘みが薄いので余計に酸っぱさを感じるのかな。だけど、果実らしい爽やかな香りは高得点だ。
これなら、ドライフルーツにすれば多少甘みも増して美味しく食べられないかな?2日くらい干せばできるだろうけど、今すぐ試したい。今日のおやつにするんだし。
「魔法でなんとかできるかなあ?」
『出来そうな気がするけど、難しいのかしら? 薪を乾燥させるのと同じじゃない?』
なるほど! それならオレよりラキの方が上手だ。オレはさっそく、子どもたちと遊ぶラキに声をかけた。
「なに~?」
「あのね、この実にマキドラーイの魔法をかけてほしいんだ!」
「え~できるかな~?」
できるできる! ラキってば器用だから! にこにことアツベリーを差し出すと、仕方ないなあとラキが詠唱を始める。
「――滴る汗のように、煙のように、水は出でて散る。マキドラーイ!」
『やっぱりどうかと思うわ。ネーミングが』
確かに。薪以外にも使えるならマキドラーイでは相応しくないかもしれない。
『そうではなくて……』
ラキが眉間にしわを寄せてぐっと集中した。職人の時の顔だ。
普段のほわっとした表情とは違う真剣な顔は、大人びていてすごいと思う。こうなったラキはいくら眺めても気付かれないので、ついまじまじと見つめてしまう。集中、すること。ラキを見ているとオレの集中力も研ぎ澄まされていく気がする。この瞳、この雰囲気を思い浮かべれば、オレも真似できる。
今度、召喚する時はオレもこんな瞳で臨みたい。
「……できた、かな~?」
ラキの声にハッと目をやると、しわしわの黒い粒になったアツベリーがそこにあった。
「すごい! 本当にでき、た……ね?」
大喜びでラキへと視線をやると、じっとりした視線とかち合った。その額には汗が浮かび、つうっと一筋流れ落ちた。まるで筋トレでもしたかのような重い吐息が漏れる。
「あ、えーと。割と難しい? その、ありがと! お疲れ様!」
「そうだね~割と、結構、すごく、難しかったかな~」
あはは、と視線を逸らすと、タオルを差し出して回復魔法などかけてみる。
「ふう~、気持ちいい。それで~? こんなになっちゃったけど、食べられるの~?」
干しぶどうみたいなドライアツベリーを受け取ると、ひょいと口へ入れる。
「どう~?」
「うん! おいしい! ラキも、はい!」
差し出したアツベリーをぱくりとやって、ラキが不思議そうな顔をした。
「甘くなったね~。まだ酸っぱいけど、これなら美味しいよ~。何か味付けしてたの~?」
「ううん! ぎゅうっと色々凝縮されたんだよ、きっと!」
果実らしい甘酸っぱさと爽やかな香り。これは何にでも合いそうだね。
「「「肉ぅーーー!!!」」」
「お、落ち着いて食べて! ちゃんと焼かなきゃダメだよ、お腹痛くなるよ!!」
3台設置した大きな焼き台には子どもたちが群がり、待ちきれずに手づかみで取ってしまいそうな様相だ。タクトがせっせと刻んだ本日の獲物たち、焼くだけだと固いお肉はスープにして、ここぞとばかりに野菜をぶち込んでおいた。だって、どうせ野菜を焼いてもみんな食べないもの。
みるみる減っていくお肉の山に、そっとオレたちの貯肉分も追加しておいた。貯まる一方だからね、こういう時に使うのが一番だ。
「お金は出せないと言ったつもりだったけど……どうしましょう、本当にここには何もないのよ。何か私にできることはあるかしら?」
院長先生はとても困った顔だ。お肉も全然食べていない。
「あのね、これはあの子たちの取り分だから心配しないで! オレたちの欲しい物はもらったから大丈夫!」
彼らがいなかればアツベリーの収穫もできなかったし、彼らが囮になって魔物を集めたようなものだしね。
オレは院長先生のお皿にたっぷりとお肉を盛って隣に座った。
「ねえ、とってきたお肉、食べてみて!」
「え、えぇ……」
院長先生がお腹いっぱいになるまで、側に居よう。オレは一口食べては申し訳なさそうにする院長先生に、悪巧みの顔で笑った。
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コミカライズ版もふしら、現在3巻まで発売されていますが、なんと2巻に引き続き3巻も重版されることとなったそうです!!片岡先生おめでとうございます!!
嬉しい~~~!!応援して下さった皆さま、ありがとうございます!!
本当に回を重ねるごとにかわいさも魅力も増えて面白くなってますので、ぜひご覧下さいね!
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