第475話 お土産はたくさん
ハイカリクの街に到着して寮に戻ったオレは、腰を落ち着ける間もなくロクサレンへと転移した。
カロルス様たちに無事に着いたことをお知らせしなきゃいけないし、もうひとつ大事なことがある。
オレは館へ跳ぶと、一直線にお目当ての人物へと駆けだした。
「ただいまー!」
見つけるやいなや、ピシリと着こなされた執事服へ飛び付いた。
そう、今日だけはカロルス様じゃなくて、執事さんの所じゃなきゃ。だって、ずっとひとりでお留守番してくれていたんだもの。
「ユータ様、おかえりなさい。急に飛びついては危ないですよ」
僅かに戸惑った執事さんは、受け止めたオレをそっと床に下ろした。負けじと満面の笑みで見上げると、眩しげな微笑みが返ってくる。
「執事さん、お留守番してくれてありがとう! あのね、お土産いっぱいあるんだよ!」
執事さんが欲しいものって難しくて、もう色々と買ってきたんだ。ハンカチでしょ、おやつでしょ、あときれいなペンに美味しいチーズと――。気を使わせるだろうから、お値段は安いものばかりだけれど。
次々と収納から取り出すお土産に、執事さんは目を丸くして慌てた。
「ゆ、ユータ様? そんなに……私に? いえ、どうぞご自分でお使い下さい。私はユータ様がご無事で戻って来られれば、それで良いのです。それがお土産ですよ」
オレが、お土産? そっか、それなら。
ふわっと笑うと、いっぱいに背伸びして両手を伸ばした。
オレだってもう大きいから、さすがにちょっと恥ずかしいけれど。だって執事さんがそう言うんだもの、仕方ない!
「――ねえ!」
伸ばした両手でぱんぱんと執事服を叩いて催促する。
「どうしたのです? やはり子どもだけの旅は寂しかったですか? カロルス様は執務室に――」
ぎこちなく抱き上げた執事さんに、べったりと身を寄せて首筋に腕を回した。カロルス様より細い首や肩は、それでも歴戦の戦士を感じる。執事服はそれらを随分と覆い隠してしまうんだ。
「ううん、カロルス様はお留守番してないからいいんだよ!」
ぎゅうっと力を入れてしがみつくと、森の木のようなどっしりと落ち着いた香りと、しっかり揺るがない根を感じる。オレは落ち着くけれど、執事さんはどこか緊張しているような気がした。
「あのね、帰りはシロ車で帰ったんだよ。途中で孤児院に行って――あ! そうだ、ほらこれ!」
ぱっと体を離すと、執事さんの目の前にアツベリークッキーを差し出した。収穫したアツベリーは旅の途中でしっかり天日干しにしておいたんだ。たくさんあればジャムにしても美味しいかも知れない。
「ええと、はい……」
引っ込めない手に、執事さんは苦笑してぱくりと口へ入れた。
「酸っぱいけど、爽やかで美味しいでしょう? それでね――」
そうだ、王都にいた時のお話も、まだ全部伝えられていないもんね! 話し出すと次から次へと言いたかったことが溢れて止まらない。
お土産は、いっぱいあるよ。
オレは温かなグレーの瞳を見つめ、わくわくと笑った。
* * * * *
ただいま、の声と共に飛び込んで来た小さな雛鳥は、やわやわと頼りない体でグレイの腕の中にいた。
小さくぺたぺたとした手が首筋を捕らえ、冗談のように柔らかい頬が触れる。
この力加減でいいのだろうか、もう少し緩めなければ潰れてしまわないだろうか。一人動揺するグレイの心を知らぬげに、ユータは声まで弾ませてさえずり始めた。
かと思えば、伏せていた顔をさっと上げ、身を離して何かを差し出した。泡を食ってお尻を支えたことなど、気にも留めていない。
目の前にある満面の笑みと、差し出されたクッキーを眺め、グレイは苦笑した。
(私に手づから食べさせるなど、あなたくらいのものですよ)
甘酸っぱい果実の香りと、洋菓子の甘い香りがしみじみと体に広がる。なんと、苦くない苦笑もあるものだと、グレイはどこか他人事のように感心した。
おしゃべりと共にだんだんと動きの激しくなる脆い体を支えていると、高い体温がじわじわと枯れた体を温めるのを感じる。
ぺたんと身をもたせかけては、パッと離れてグレイの瞳を覗き込み、また思い出したように身を寄せる。間近に星を浮かべる瞳を見つめるのも、首筋に柔らかな頬の産毛を感じるのも、どちらも甲乙付けがたい。弾む声音を聞いているだけで、身の内に何か注ぎ込まれていくような気がした。
と、じいっと見つめるユータから、何度目かになる同じ問いが発せられ、グレイはまた同じように返した。
「――まだ、重くない?」
「重くなどないですよ」
下ろせという意味だろうか。冷静な思考が巡るのを感じつつ、グレイのその腕は一向に緩まなかった。
だから、触れずにいたものを。こうまで触れてしまえば、離しがたくなる。
「………」
「どうしました?」
やや不満気な表情に、これはさすがに終了の合図かと残念に思う。
「ううん……オレ、結構大きくなったんだけどな」
言われた言葉を反芻し――つい、吹き出した。
むっとした瞳が、『今、笑った?』と言いたげに逸らされた瞳を追いかける。
「……そう、です、ね。しっかり、成長されましたよ。その、私は戦闘員ですから」
グレイはフルフルと震える体を気合いで押さえ込み、見事穏やかな微笑みを浮かべて見せた。彼はこのときほど自分の感情コントロール能力に感謝したことはない。
「そっか、そうだよね! 執事さん鍛えてるもんね!」
不審そうに目を向けていたユータは、案の定にっこりと頷いた。いかにも満足そうな笑みに、再び震えそうになる体にぐっと力を入れる。
途端にトン、と小さな体が胸元へぶつかり、ハッと目をやった。つい、抱く腕にも力が入ったらしい。硬い胸板に黒髪がくしゃりと乱れ、きょとんとした瞳がグレイを見上げていた。
しまった。
抱き寄せてしまった柔らかなぬくもりに、グレイはひどく狼狽した。
「す、すみません! 苦しくはなかったですか?!」
そっと下ろされたユータは、グレイの珍しい様子にくすくすと笑った。
「執事さん、大丈夫。オレ、怖くないよ。チュー助じゃないもの、噛みついたりしないよ?」
『なっ?! 噛みつくのは俺様じゃなくてそっちの――』
憤然と主張しかかったチュー助の気配は、すぐさま短剣の奥に引っ込んだ。
「……そうですね。ユータ様はそんなことはしませんね」
グレイは屈み込んで淡く微笑むと、ユータの耳元でそっと囁いた。
「――ですが、私はユータ様が怖いですよ」
「え、オレが?」
ユータは心底不思議そうに首を傾げた。
「ええ、あなたが」
真意をはかろうと見つめる瞳に、グレイはついに堪えきれずに笑った。
「もしかすると、世界一怖いかも知れません」
「世界一?!」
仰天した瞳がこぼれそうに見開かれ、グレイは満足そうにユータを見つめた。
漆黒の瞳は楽しげなグレーの瞳をじっと見上げ、くすりと笑った。
「……じゃあ、カロルス様は何番目くらい? あ、セデス兄さんは二番目くらいでしょう?」
してやったり、と口角を上げていたグレイが、ぴたりと止まった。
「オレはね、怖くないよ。何番目って言うのは難しいけど、執事さんもだ――」
満面の笑みで綴られようとした言葉は、かさついた手で止められた。
「……?」
口元を塞がれたユータが目を瞬かせていると、絞り出すような小さな声が聞こえた。
「参りました、ユータ様。そこまでで……」
片手で覆って伏せられた顔は、何ひとつ見えはしなかったけれど、塞いだ手は普段よりずっとずっと高い体温を伝えていた。
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