第455話 思わぬ報酬

「――そうなのか! ふむ、それは困った。魔動物にもせっかく慣れてきたというのに」

バルケリオス様が真剣な表情で眉根を寄せた。彼は魔物の苦手感を少しでも減らすため、魔動物と呼ぶという、無駄……涙ぐましい努力をしている。現在見た目がソフトで(やろうと思えば)ちゃんと配慮できるオレの召喚獣たちで少しずつ慣らし中だ。まるで減感作療法みたいだね……。

別にオレの召喚獣でなくてもいいだろうと思っていたのだけど、近々王都を発つことを伝えると、随分難しい顔をしている。


「……君、私が養ってあげるから王都で暮らしなさい。あ、もちろんここではなく別の館で」

オレはお金持ちのトンデモ発言に苦笑して首を振った。

「ありがとうございます……でもオレ、学校があるんだよ。それに、お家はロクサレンにあるし」

「貴族学校ではダメなのか? 私からもお願いする。ぜひ残ってバルケリオス様の訓練を続けてくれ。ここまで来たんだ、もう少し慣れれば君の召喚獣でない魔物でも訓練ができるだろう」

メイメイ様にまで詰め寄られ、困ってしまった。オレじゃなくたって、そろそろ普通のスライムくらいならいけると思うんだけど……。

「えっと、時々王都に来るようにします……」

「それでは困る! もし君がいない間にまた私の耐性が元に戻ってしまったら!! 王都まで数日かかるではないか、呼んでも来られないでは困る!」

そんなこと言われてもオレだって困るんですけど! とは思うもののSランクとAランクの貴族様相手に言えるはずもなく、転移でちょこちょこ戻って来ますと言うこともできず、途方に暮れた。

「時々……そうか、バルケリオス様、あれの使用許可を出してはいかがです? 彼なら人となりも問題ありませんし、身請け先もカロルスですから滅多なことはないでしょう」

「あれ? 使用許可? ……おお! しかしあれ、まだ使えるのだろうか?」

「きっと大丈夫ですって! ほぼ使ってないから新品同然!」


とても不安の残るやり取りで連れてこられたのは、広い広い庭の端っこにある倉庫だった。鍵を開け、メイメイ様がふんっと力任せに扉を開くと、途端にぷん、と年季の入った匂いが漂ってくる。

「あ、バルケリオス様、そっと歩いてくださいよ、そーっと」

「うわぁ……」

思わず口元を覆って息を潜めた。閉じられた窓の隙間から帯状の光が差し込み、舞い上がる埃を照らしている。うずたかく積もった埃は尋常じゃなく、倉庫ができてから一度も使ってないんじゃないかと思わせるほどだ。

「なあメイメイちゃん、どこにあったか覚えてるかい?」

「それが全く。皆目見当もつかず……」

2人は困った様子だけれど、倉庫内はほとんど物が置いていない。ささやかな棚がいくつか壁際に並び、申し訳程度に武器らしいものが壁に立てかけてある、それだけだ。倉庫というよりもがらんとした車庫のようで、物を探すのに苦労はしないだろう。

「ここに何があるの? オレも探すよ!」


きょろきょろと棚を覗き込むオレに、メイメイ様が首を振った。

「物ではない。ここは元々バルケリオス様用の転移魔法陣が敷かれた場所だ。王都の危機に遠方にいるでは困るからな」

「えっ?! 転移魔法陣?!」

限られた人しか使えないって言う転移の魔法陣……それが個人宅にあるなんて! 時々疑ってしまうけれど、さすがはSランクだ。

「個人で所有する貴族はまあ王都だと滅多といないだろうね! 使ってないがね!」

「バルケリオス様、使ってください。先日だってこれを使えばすぐに戻ってこられたものを……」

得意げなバルケリオス様に、メイメイ様が苦々しい顔をした。そうだよ、穴の中で紅茶飲んでないで転移で帰れば良かったのに。

「……だって、これ使うとメイメイちゃんにバレるから……」

ぼそっと呟いたバルケリオス様に、メイメイ様の鋭い視線が突き刺ささり、彼はスッと視線を逸らした。

「それなら、ご自分で起動できるようにされてはどうですか?」

「まあ、私は人々を守るべき運命さだめを担ったおと――」

「単に不器用なだけです。練習して下さい」

どうやらバルケリオス様は転移陣の起動が出来ないらしく、メイメイ様が魔力を込めた特別な魔道具を使用して転移する必要があるらしい。

魔法使いなのに……本当にシールドのみに特化した人だ。そしてメイメイ様は魔法使いが本職じゃないのに色々と器用な人だ。


「じゃあ、このどこかに転移の魔法陣が描かれているってこと?」

「そういうことだ。ただこの有様だからなあ、また掃除をさせてから改めよう」

床に積雪のごとく積もった埃を見て、メイメイ様がうんざりと肩をすくめた。

でも魔法陣なら、ダンジョンの罠みたいになんとなく分かるんじゃないだろうか。そろそろと魔力を広げて床を探っていくと、案の状だ。

「あそこ! あそこにあるような感じがするよ!」

「ほう! 分かるとは素晴らしい。魔法使いの素質も十分だ。魔法使いは器用だとそれだけで高ランクになれる可能性があるぞ」

メイメイ様が上品に微笑んでオレを撫でてくれた。一方でバルケリオス様は「不器用でもSランクになれる!」なんて明後日の方を向いて主張していた。


メイメイ様が反応があった部分をそっと払うと、確かに床に刻まれた魔法陣の一部が見えた。

「ふむ……使えそうではあるが、起動は――」

ちらりと見下ろした瞳に、ひとつ頷いて進み出た。

「オレがやってもいい? これを使って転移すると、メイメイ様が分かるの?」

「いいや、私が分かるのはバルケリオス様が魔道具を使った時だ」

そうなのか! それなら絶対自分で起動する! 気合いを入れて挑んだものの、召喚の時のように魔力を通すと、何の抵抗もなく……呆気ないほど簡単に起動した。埃の中でぼんやりと淡く発光する魔法陣に、思わず傍らのバルケリオス様を仰ぎ見る。

「…………私には、難しいの!」

見つめるオレたちの視線に、バルケリオス様はぷいとそっぽを向いた。


「これ、起動はできたけどどうやって使うの?」

「片割れとなる魔法陣を登録しておけばいい。私の場合はこれだがね」

バルケリオス様は服の中に下げていた大きなネックレスを引っ張り出した。中央に大きな魔石があしらわれ、周囲には複雑な文様が刻まれている。いかにも高価そうなそれをいじると、ぽうっと淡い光と共に輝き、目の前の床へ魔法陣が描かれた。

「わあ~! 格好いい! 魔道具?」

「そう、これが私の起動の魔道具であり、転移に必要な片割れの魔法陣だよ。君にはちょっと高価だけどねえ」

いいなぁ……オレの羨望の眼差しに、バルケリオス様がふふんと顎を上げた。

「本来、起動ができる魔法使いには必要のないシロモノですけどね」

メイメイ様がぼそっと呟いて、バルケリオス様の肩がピクリと震えた。

「……そ、そうそう君用には片割れの魔法陣を刻んだ石版でも渡すから、帰ったらどこかに設置したまえ。収納袋くらい持っているだろう? 私に付き合う報酬は転移魔法陣を自由に使えること、これは勿体ないほどの恩恵だと思わないかね?」

「うん! 本当にいいの? オレ、とっても嬉しい!」


これなら!! 毎回ここへ転移すれば自由に王都を行き来できる……! 町で人に見られたって平気だ。オレは瞳を輝かせてバルケリオス様に飛びついた。

きっと寂しがるだろうミックやミーナに会いに来ることも、珍しい調味料なんかを買いにも――でも、自由にってどこまで自由に使えるんだろう。なんせ王都の超重要人物の館だ。

「ああ、私は別に恋人に会いたいからと毎日使っても文句は言わんよ? ただ面倒だから毎回私に声をかけず、勝手に使ってくれたまえ」

恋っ……?! オレ、幼児だよ! 確かにお貴族様だととっくに婚約しているだろうけど。分かっているよとウインクするバルケリオス様に、じっとりした視線を向けた。

「ただ一応の線引きはしておかないと君が利用されるだろうからねえ、条件は考慮しておこうか」


結局、石版を用意するので王都を発つまでにカロルス様とここへ来るように、と言いつかってオレはその場を後にした。使用に当たっての条件もその時に伝えてもらえるらしい。



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