第456話 工房で使う素材
「……差し入れ……」
「ユータくんの差し入れ……」
死屍累々。いや、まだかろうじて生きているかな。
赤の街の工房では、うわごとのように「差し入れ」と呟く職人たちが転がっていた。
「そんな……嘘じゃろう?! わ、わしはもうお主(の差し入れ)抜きでは生きていけぬのじゃ!」
カン爺が悲壮な顔でオレに縋った。うむ、これほど心に響かない懇願も珍しい。
「カン爺はもう十二分に……いや二十二分にぐらい生きてるわっ!」
カン爺さんをむしり取ると、今度はサヤ姉さんがひしっとオレを抱きしめた。
「行かないでっ! 田舎よりこっちの方が楽しいこともお仕事もたくさんあるわよ?! 美男美女だって都会の方が多いって相場が決まってるのよ?!」
そ、そうなの?! でも美男美女は……オレ、別にいなくても困らないよ……。
「羨ましいだろ~俺らはいつも食い放題だぜ!!」
にやにやと得意げなタクトに恨みがましい視線が集中する。そんなに熱心に差し入れをしていたつもりはなかったけど……それならおやつを当番制にして、当番が作るか買うかしたらどうだろう。オレの作るものなんて、所詮はご家庭の味レベルなんだから。
「違うわ! それは違うのよ!」
煤だらけの細い指が、がしりと俺を掴んだ。両の瞳がまるで炉のように燃えている。
「差し入れに必要な物! それは『心』じゃないの?! あなたはそんなことも忘れてしまったの?! 小汚い者どもが適当に買って適当に作業台に積まれた食糧なんて! 腹を満たすものでしかないのよ! 『おつかれさまー』のあの笑顔! 清潔で食欲をそそる器! 美しいけれど、手を伸ばすことをためらわない素朴さも併せ持つお菓子! ああ、それは断じて貴族のご令嬢ではなく、村娘から成り上がった慎ましくも美しい癒やしの聖女――」
サヤ姉さんがまたおかしくなった。拳を握って熱弁をふるう側からそっと離脱する。心を込めてはいないと言えば嘘になるけど、そこまで日々のお菓子に熱意を込めてないから!
そんなにお菓子が好きなら、みんな作り方を覚えたらいいのにと思うけれど、それは違うらしい。自分で作れば、あんなに取り合いしなくても1人でたくさん食べられるのに。
「やだやだ~~だってユータくんが持ってきてくれなきゃやだ~! ふわ~って良い香りがして、にこっとするとぱあーっと明るくなるのよ~! フッと体の疲れが軽くなる気がするのよ~~」
熱くなったと思ったら今度は幼児返りしたサヤ姉さんが、ぐりぐりとオレのほっぺに頬ずりして泣き落としにかかっている。それってもしかしてオレの生命魔法の影響を受けているのかも知れないね。それだと確かにオレじゃなきゃダメかもしれない。
『生命魔法がなくても、多分同じ効果が得られると思うけどね』
『主は存在がお布団みたいなものだからな!』
チュー助がぺたっと頬に張り付いてすりすりと顔をこすりつけた。
なんか、もうちょっと良い表現はなかったんだろうか。多分褒めてると思うんだけど、存在がお布団って全然嬉しい気分にならない。
「だってね、私絶対いい男見つけてやるって思ってたんだけど、あなたのせいでそれが揺らいでるのよ?! この癒やしを男が担える?! 仕事で疲れて帰って来たら、『おかえり~、ごはんできてるよ』ってふわふわの笑顔でにっこりされたいのよ! 私は今……史上最高に嫁が欲しい!! あ、尽くしてくれるタイプで!!」
サヤ姉さん、サヤ姉さん、ここで重大発表なんですが、オレ、男です。
尽くしてくれるタイプのふわふわした男性を探せばいいんじゃないかな。ラキは……ダメだな。ふわふわしてるのは見た目だけだもの。そうだ、鍋底亭のプレリィさんや海人のウナさんみたいな人がピッタリじゃないかな。
「……ユータ~?」
ぼんやりと考えていたら、背後からの声にビクリと身をすくませた。
「なんか僕、失礼なオーラを感じたな~?」
ふんわりとした笑顔に感じる圧力。オレは何でもないとぶんぶん首を振った。
ひとまずクッキーを出して場を落ち着かせると、蹲っていた職人さんたちがわらわらと群がった。
「ユータ、考え直せ! 残ってくれよー、タクトは返すからさ」
「あ、ラキも腕がいいから置いてけ! ちゃんと給料払うから……カン爺が」
どうやら帰れるのはタクトだけらしい。ラキもここで随分色々と経験を積ませてもらったし、腕が良いので工房側も大変助かっていたようだ。
「なんで俺だけ返すんだよ!」
「だってお前ここで役に立ってねえもん」
役立たず扱いのタクトがぶすっとむくれた。
「俺だって役に立つっつうの! 素材とかとって来られるのにちっとも言わねえから!」
「だってなあ、タク坊だからなぁ……」
職人さんたちがむくれるタクトをがしがしと撫でて笑った。そっか、彼らにとってタクトはいつまでたっても幼いタク坊なんだね。伸ばされる手を振り払っては怒るタクトに、確かに注がれているものを感じてくすくす笑った。
「なあラキ、お前工房でよく使う素材とか知ってるだろ?」
工房での挨拶をすませて街を歩いていると、ふいにタクトがニッと笑った。
「そりゃあ知ってるけど~、どうしたの~?」
「教えてくれよ! それでさ、良いモンいっぱいとってきてぎゃふんと言わせてやるんだ!」
静かだと思っていたら、どうやら工房の人たちを見返す方法を考えていたらしい。それだと喜びはしてもぎゃふんとは言わない気がするけど、まあいいか。
「えっ? いいの~? 近場に良い鉱物の出るところがあってね~帰るまでに絶対また行こうと思ってたんだ~! 行ってもみんなすぐに帰っちゃうからさ~!」
途端にラキの瞳が輝きだした。どうやらソロで他パーティとは素材採りに行っていたようだけれど、物足りなかったらしい。平気で丸1日素材店に居座るラキを思い出し、タクトとオレはしまったと顔を見合わせた。
せっかくなのでちょうどいい依頼がないかと、一応ギルドに寄ったのだけど、そこでは職人さんの護衛依頼が多くて採取の依頼は少なかった。もちろん護衛だと自由に行動できないからと、ラキに却下されている。
鉱物採取の依頼自体もあるのだけど、正直職人さんでないと鉱物の見分けが難しくて無駄足になることも多く、依頼としては敬遠されがちなんだとか。
「だけど、人気がないから取りやすい依頼でもあるし、それを見越して目利きね~。う~ん、今は特に素材関連の動きはなさそうかな~」
ラキは素材採取に関連する依頼はもちろん欠かさず、加えて時間があればどのランクの依頼も全て目を通している。まるで新聞を読むお父さんみたいだ。
ふむ、新聞か……なるほど。依頼書を読み解くセンスがあれば、この世界で一番情報の早い新聞代わりになるのかもしれない。腕のいい商人さんは依頼書を『読む』って言うし。一応ギルドでも大きな出来事はアナウンスされるのだけど、そんな細かな所まで網羅するサービスはない。だから街や冒険者同士の噂話は聞いておくべきだし、個人の情報収集能力は重要だ。
オレはひとつ頷いてじっくりと依頼書を眺めはじめた。
「…………」
――たくさんの依頼書を隅々までながめ、オレはひとつ分かったことがある。
「へえ、ゲイデン大岩のあたり、今物騒みたいだな」
「えっ? どうして?」
「どうしてって……Dランクの護衛依頼出てんじゃねえか。普通、あの辺りなら護衛ナシでもいけるだろ!」
タクトがそんな裏を読むなんて!! さっき目を通したのに素直に護衛依頼としか見ていなかった。
「いや、裏じゃねえから……」
「ほら~、ランナバーム採取の依頼が多いよ~。きっとそこに鳥系の魔物がいるんじゃない~? だからさっき武器屋で弓が前に売り出されてたんだね~」
な、なるほど! 分かる分かる、弓は対空の敵への基本装備だし、ランナバームは鳥系魔物が嫌う匂いがするもんね! 鳥除けの基本素材だ。
「ふーん、鳥系で弓で倒せて厄介なやつ……ならゴアイーグルとか、あ、分かったカラクバードか!」
「だね~。時期的にも~」
えーと、そうだね! カラクバードは確かこのくらいの時期に渡りをする小型魔物だったもんね。急に出現することも納得できる。
「でも、ゴアイーグルや他の鳥系魔物じゃないのはどうして? 違う可能性だってあるでしょう?」
「う~ん、多分ないかな~? だってそれなら羽根やそれっぽい採取依頼とか、討伐依頼がひとつもないのはおかしいよ~」
「護衛が必要なレベルだけどギルドが討伐依頼組むほどじゃねえし、素材も採れないってならカラクバードだろ」
はーん。なるほど。冒険者はこうやって読み解いて色々対策をするのか……そして店側も商品を売り出すのか。これってこの世界のアタリマエってやつ、だろうか。
そう――オレは気付いてしまった。どうやら、依頼書の裏を読み取る能力はオレには備わっていそうにないってこと。
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