第453話 高貴なお方

「美味いか?」

頬杖をついてじっとオレを見つめるブルーの瞳が、フッと細くなった。

均整の取れた逞しい肢体は高価な衣装に包まれ、一分の隙もなく覆われている。だのに、些細な身じろぎにも衣服の下を想像させる色香は、野生的な雰囲気ゆえだろうか。


女性の多い店内で、目の前の美丈夫に視線が集中しているのを感じる。

――これ、誰だろうね。オレはくすぐったい気分でくすくす笑うと、もう一口ぱくりと口へ運んで満面の笑みを浮かべた。

「とっても!!」

に、と口角を上げて、大きな手がわしわしとオレを撫でる。

「おう、それは良かった」

オレたちは、王都でも有名なスイーツ店に来ていた。貴族の子女御用達の高級店は、そうそう予約の取れない人気ぶりだそう。

今回スイーツ店の予約チケットをくれたのは、なんとバルケリオス様だ。あれからしばらく、シロやチュー助は触れるようになり、先日ついにモモに触れられるまでになったんだ。どうやらそのお礼らしい。随分と洒落たお礼に少しビックリだ。


「食ったら出ようぜ……居ずれえ……」

ゆっくり食っていいぞ、と付け足して美丈夫が笑った。

戦闘とは無縁の美しい貴族服に身を包んでも、ひと目で『強い』って感じる高貴なお方は、もちろんカロルス様。街を歩きたがらないカロルス様のために、ならば変装を! とマリーさんと王都のメイドさんたちが惜しみなくその技術を注いだ結果、まるで英雄王のような人物が誕生した次第だ。

『変装』なんて体の良い言葉を使いつつ、実のところメイドさんたちが行ったのは、思い切り身なりを整えて髪型を変えただけだったりする。渾身の仕上がり……額の汗を拭ったメイドさんたちの、輝く笑顔が眩しかった。

「もういいの? 美味しいよ?」

「俺の分は食ったぞ?」

言いつつも、差し出したスプーンは素直にぱくりとやった。美味いと笑ったカロルス様に、オレもぱくりと含み、おいしいと笑った。


さすがは王都のスイーツ。田舎の素朴なおやつとは違う。ただ、残念なのはオレが何を食べているか分からないってことだ。

美しい器に盛られた手のひら大の白いドームは、ほんのりと冷たくて柔らかい。まるで大きな冷たい大福みたいだ。スッとスプーンを入れると、ミルクの風味が強いふわふわしたクリームと、小さくカットされたシャーベット状のものがたくさん入っている。まとめて口へ入れると、ひんやりふわっと甘くて、口の中でクリームがとろりととろける。そしてシャーベットのザクザクした冷たい食感と混じり合って、再びふんわりと喉を通過するんだ。一体口の中で何が起こっているのか……すごく慌ただしい食感の変化が、あっという間に過ぎ去っていく。後に残るは、ほの甘いミルクと、果物の芳醇な香り。

贅沢なスイーツだ……。こんなに凝縮されたひとくちなのに、どうしてカロルス様は3口ほどで食べきっちゃうの……勿体ない。

美しい言葉でしたためられたメニューの説明によると、どうやらこの不思議なクリームも大福みたいな外側も、それぞれ果物から作られているらしい。


「お前は美味そうに食うな」

天上の甘露のごとき一口に、またほうっと夢見心地になっていたみたいだ。苦笑したカロルス様が、オレの緩んだ口元を乱暴に指で拭って、舐めた。……それ、あんまりやっちゃいけないやつだよ。やっていいのはエリーシャ様にだけだよ。

何をしても視線が集まり、居心地悪そうに小さくなったカロルス様にくすっと笑う。

仕方ないなぁ、ともう一度大きな口へスプーンを差し出すと、器に残ったスイーツを大きく頬ばった。



「あぁ~この格好だけでも疲れるっつうのによ、あそこは俺には向かねえ! 次はエリーシャたちと行けるといいな」

「そうだね! マリーさんもきっと立ち直ってくれるね」

出発前になってもシクシクしていたマリーさんを思い出して、ちょっと眉尻を下げた。

ペアでもらったチケットは日取りが決まっていたので、まず行きたがったエリーシャ様とマリーさんが行けなかったんだ。

ちなみに、セデス兄さんにはきっぱりと断られてしまった。どうやら行ったことがあるらしい。今日のカロルス様の様子を見て、どうして嫌がったのか納得だ。あそこへキラキラ王子様なセデス兄さんが行ったら大変だろう。見た目とのギャップなんか出しちゃったらもう正しく阿鼻叫喚だね。


チケットは別日でまだ残っているので、エリーシャ様とマリーさんと行ける日が楽しみだ。だって、食べてみたいスイーツがまだたくさんあったんだもの。

きっと二人も行きたいだろうなぁ。高級なお店だから、二人はたぶんおめかしするんだろう。あれ? それってまるで、デートだね! じゃあ格好良くエスコートしなきゃ!

オレは買ってきたお土産を覗き込んで、うふっと笑った。



二人で白の街を歩きながら、ふとカロルス様が視線を下げた。

「そういや、俺達はそろそろロクサレンに帰る調整をするぞ。お前らはどうだ? 帰りは一緒に帰るか?」

オレはもちろん首を横に振った。オレたちは立派に冒険者をやっているからね! 自分たちで帰るんだよ。ただ、行きと同じように『一緒に』帰ることにはなるだろうけど。

「む……そうか」

ほんのりと肩を落とした背中に、哀愁が漂っている。

ただ、パーティ資金はどうだったろうか。きっとオレたちに護衛を頼む馬車はいないだろうから、馬車代も宿代もかかってくる。なかなか手痛い出費だ。

「俺らもめんどくせえ挨拶なんかが残ってるから、すぐにってわけじゃないぞ。ただ、準備はしておけよ」

そのめんどくせえ挨拶なんかは、きっとエリーシャ様とセデス兄さんが担当するんだろうけどね。そう思いつつ頷くと、ふと大きな手を握った。

お手々、繋いでなかったね。

オレ、強くなったし大きくなったもんね。だけど、繋いだ手はやっぱり変わらず大きくて固くて、温かかった。


帰ったら、オレはハイカリクで、カロルス様たちはロクサレンだ。

少しだけ長い足の方へ身を寄せると、普段よりカサつきの減った手をじっと見つめた。

「どうした?」

「……ううん。お手々、キレイになったね!」

「あいつら、手まで磨くんだからなあ……」

げんなりと苦笑した顔は、やっぱり王様みたいな迫力と威厳があって可笑しかった。いつもこうなら、きっと気安く声をかけられることもないんじゃないかな? 色々と近寄りがたいもの。ただ、視線はいつもよりあつめるだろうなぁ。


「どれ、これも今のうちか」

繋いだ手をスッと離すと、カロルス様はひょいと後ろからオレを抱き上げた。そのままオレのうなじ辺りに顔を埋めると、ルーやシロにやるみたいに、顔をすりつけてぐりぐりとする。

たまらず声を上げて笑うと、身体を捻って正面にブルーの瞳を見つめた。

「今のうちじゃないよ、帰ってもオレだってロクサレンに行くもの! 大丈夫だよ」

オレを抱え直したカロルス様が、ふっと表情を緩めた。

「そうか? 見ろ、セデスなんかもう触らせてもくれねえんだぞ」

唇を尖らせたカロルス様に、思わず吹き出した。そりゃそうだよ! セデス兄さんはもう大人だもの。

「オレにとっちゃお前もセデスもそう変わらねえよ」

「変わるよ! オレはまだ子どもだから、まだまだ大丈夫だよ!」


だから、いっぱい抱っこしてもいいよ! 大きくなったらダメだけど、今はいいよ!

カロルス様は、案外寂しがりで甘えん坊だなあ。オレは大きな身体を抱きしめて、ふわっと笑った。



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Twitterの方でキャラに概念のチョコをあげようってやってるんですが、すっごい楽しいですよ。(私が) 匿名でもできるみたいで、もちろん無料。バレンタインSSに人気あったキャラのお話書くとか面白そうですよね!

渡したキャラからTwitterでお返事来ますのでご興味のある方はどうぞ!ただ、お返事は順番にぼちぼちなので気長にお待ち下さい…W.D.までには……。


また執筆作業で更新ばらつくと思いますが(むしろ最近ずっと安定してませんが)、なんとか更新の方も頑張りますね…


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