第452話 苦手克服訓練?
「――君のボールはとても優秀だ。そのボールが城にいくつかあれば、もう私がいなくてもいいんじゃないかね? 是非とも私がいない間の防衛として配備していただきたいものだ」
あくまで一緒に防衛の任に着きたくはないんだね。
『こんなボールは他にはいないと思うわよ! いい加減慣れてくれないかしら』
一切視線をやらずに話すバルケリオス様に、モモは失礼しちゃうと揺れた。
バルケリオス様と出会ってからしばらく、さっそく手土産を持って遊びに行っては、モモ(とオレ)のシールド訓練を行っている。訓練と言ってもバルケリオス様のシールドを見せてもらったり、モモのシールドを見てもらう程度のことだけれど、なんせSランクのシールドを見せてもらえるんだもの! こんな貴重な機会を逃す手はない。
当初は遊びに行くたび『あれは社交辞令の一環で~』なんて言って逃げようとしていたけれど、その都度メイメイ様に笑顔で迎え入れてもらった。
最近ではバルケリオス様もようやく観念したのか、それとも毎回持っていく茶菓子が好評なのか、渋々付き合ってくれるようになったんだ。だけど、どうもモモのことは『ボール』だと自己暗示をかけているらしい。それじゃ魔物に慣れるって目標は達成されないような気がするけどなぁ。
「ねえバルケリオス様、犬は好き?」
「犬……普通の犬ならまあ、普通だとも」
シロは普通の犬じゃないけどフェンリルって魔物? それとも幻獣だろうか。バルケリオス様、魔物でさえなければ大丈夫なのかな。
『試してみるといいよね!』
止める間もなくぽーんとシロが飛び出し、バルケリオス様が飛びすさった。
「まもっ……魔物? 犬……?」
はっきりと目に見えるほど強力なシールドを展開したバルケリオス様が、眉間にしわを寄せてチラチラとシロを見た。
「う、うむ……犬、なのか? 犬にしては少々胸のざわつきが残るのだが……」
「犬でしょ? かわいいよ!」
メイメイ様がちらっとこちらを見て、目を見開いた。
しまった、バルケリオス様は魔物の区別なんてつかないけど、メイメイ様はAランクだもの、フェンリルだって見れば分かるよね……。
オレはひとしきり慌てた後、ちょっと肩をすくめて笑った。もう見られちゃったものは仕方ない。Aランクの人はいわば冒険者のプロだもの、やたらと他人のことを吹聴したりしないはずだ。
「驚いたな……とんだ才能だ。だからこその特種なスライムなのか」
「ユータは色々おかしい所があるんだぜ!」
タクトが失礼なことを言っている。メイメイ様はやはり魔法剣の使い手だったらしく、タクトはタクトで教えを請うことに成功していた。こちらはバルケリオス様と違って、割と真剣に特訓に付き合ってくれている。
「君だって中々筋がいいぞ、いずれバルケリオス様の剣として活躍してはどうだ! 私と双璧を成す剣士と讃えられるのも悪くはないだろう?」
「うーん、大人になったら考えるぜ!」
メイメイ様にはどうやら将来の有望株を抑えておきたいという目論見もあるようだった。
「それで、君は犬? を出してどうするのかね? 早くしまいたまえ」
「シロはとっても優しくて大人しいから、まずは大きな犬に慣れる所から始めたらどうかなと思って!」
「動物は大丈夫だ。その犬はどうも微妙なラインだが、そもそもそんな大きな犬の側へは行かないのが普通だろう!」
言いつつバルケリオス様はジリジリと下がっていく。幻獣は平気なのかな?
「じゃあ――蘇芳は?」
「う、うわっ?! まもっ……魔物?」
さっきと全く同じ反応を示して、バルケリオス様がさらに距離を取った。そんなに離れたらもうオレが抱える蘇芳がどんな生き物かも見えないんじゃない?
「魔物じゃないですよ! この子は蘇芳、えーっと確かカーバンクル!」
「幻獣……幻獣なら平気なはず、きっと私は大丈夫……」
また自己暗示が始まった。どうやら幻獣まではギリギリセーフのようだ。いや、ギリギリアウトだろうか。
「ひとまず害はないのでそっちに行ってもいいですか?」
『スオー、別に行きたくない』
「いやいやいやいや、来なくていいから! 君、待っ……あ、待って待って待って!!」
シロが大きくて怖いなら蘇芳は大丈夫だろう。ずんずん近づくオレに、後ずさっていたバルケリオス様がついに背を向けて走り出した。
「ま、待ってよバルケリオス様~! 魔物じゃないから~!」
「大丈夫っ! 明日っ! 私、明日頑張るから~!!」
何が大丈夫なのか。突如始まってしまった鬼ごっこだけれど、ふふふ……こっちにはシロがいるんだよ?
「シロ! バルケリオス様がつかまえてって!」
『うん! 待て待て~!』
「あ?! ちょ、犬っ! 今さりげなく第一シールド突破してっ……」
ぶんぶんと尻尾を振ったシロが、どーんとバルケリオス様を押し倒した。とは言えもちろんシールド越しだったけれど。
『やっぱりすごいわねぇ、一体何重に張られているのかしら』
シロの足下からあがる低い悲鳴を気にも留めず、モモはふよんと揺れた。
「バルケリオス様、犬は平気なんでしょう、触ってみて? 魔物に慣れる前に動物に慣れなきゃ」
「だだだだ大丈夫だとも、い、いい犬くらい問題ないとも。でも、だけど! ああーきっと獣臭くて生臭くてねちょっとして……」
失礼な! シロは毎日綺麗にしているから臭くないよ! ひとまず地べたに座り込んだまま、しっかりと目をつむっている様子に苦笑した。
『そんなにぼく、嫌かなぁ』
「仕方ないよ、苦手な人もいるからね」
へたっと垂れた耳と尻尾は、ぎゅっと抱きしめるとささやかに上向いた。
『スオー、嫌でもいい。スオーも嫌』
身も蓋もないいいざまに、ちょっと蘇芳の額をつん、として考える。普通ならここまで苦手なら諦めていいと思うのだけど、曲がりなりにもSランク冒険者がこれでは困るのだろう。きっと強力な魔物の討伐に付き添ったりもすると思うんだ。オレがお世話になってるんだから、やっぱり少しでも役にたてるといいよね。
「バルケリオス様、お目々閉じたままでいいので手を借りますね。これ、オレの手だよ」
触れただけでビクッとすくんだ手に申し訳なく思いつつ、そっと右手を取った。固い筋張った手が、オレの小さな手をぎゅうっと強く握る。
「いたた……ほら、どうですか?」
思いの外強い力に眉をしかめつつ、オレの手ごとそっとシロの極上毛並みに触れさせた。
「……これはマント、これはマント、マント………おお、最高級のマントではあるな」
潰されそうに握りしめられていた手が、少し緩んだ。そのままするすると手を滑らせると、徐々に力が抜けていく。
「どう? 気持ちいいでしょう? 触れるでしょう?」
「……ふむ。貴婦人が羽織ったマントだと思えば……いや、少々固いな。貴婦人と言うよりは騎士の身体……撫で回すのはちょっと……」
それだと貴婦人の方が撫で回しちゃだめだと思うよ。
段々と慣れてきたらしいバルケリオス様は、オレが手を離しても撫でていられるようになった。ただし、眼は閉じているし手以外にシールドを張るなんて器用なことをしているけれど。
『えらいね、ちゃんと怖くなくなったね。大丈夫、ぼくは大人しい犬だよ』
ちゃんと察してピクリとも動かないシロが、にこにこと見上げている。このぴかぴかの笑顔を見てもダメなのかなぁ。見ないなんて勿体ない。
「少年よ、私はどうやら犬を克服したようだ。この手触りは中々に良いものだ。私のコートにも欲しいくらいだよ。このサラサラとしてさらにふよふよと柔らかく……丸く……? 丸く?」
丸い? きょとんとして視線を滑らせると、ぴたっと止まったバルケリオス様の手が、何かをやわやわと掴んでいる。
「え、えーとまさに貴婦人のような……その、これ、これは……」
『貴婦人だと思えばいいんじゃないかしら?』
額に大粒の汗を浮かべつつ、大きな手がさわさわと何かをなぞっている。それは柔らかく形を変える桃色の――。
「あっ?! モモ?!」
何やってるのー!! 慌ててバルケリオス様の手から取り戻そうとした時、モモがふよんふよんと揺れた。
「………」
ふらり――。
声もなく意識を飛ばしたバルケリオス様。地面へ崩れ落ちる直前、メイメイ様の腕がスッと差し込まれた。
あああ~もう! いきなりは刺激が強すぎるんだよ……。
「ふふ、バルケリオス様、割と頑張られましたね!! 成長です! 少年、やるではないか」
そうかな……せっかくうまくいってたのに~! オレはガックリと肩を落とした。
------------------
1月23日(土) 本日もふしらコミカライズ版更新予定日ですよ!!
みんなで応援しましょう~! だって続いて欲しいから!!!なんかどんどん可愛くなってますよね~!
コミックも3巻が近々発売されますよ~!書籍よりお求めやすい価格ですのでぜひ宜しくお願いします!コミカライズ版が続いていく何より確実な応援になりますので…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます