第441話 いつもと違うワケ

ヒタヒタと通路に響く小さな足音は、どこか不規則で慌ただしい。

ゴブリンかな? どうやらこちらに気付いて向かって来ているわけではなさそうだ。

こちらに気付かないまま通路を曲がって現れたのは、逃げるホーンマウスと追いかける2匹のゴブリン。

姿を現わすやいなや、タクトが電光石火で飛び出した。

「それは俺のだー!」

タクトは瞬時にゴブリンを切り捨てると、心持ち丁寧にホーンマウスを斬った。

「よし、飯確保!」

もはや美味しい料理にしか見えないらしい。タクトはいそいそとホーンマウスを拾い上げた。


「ゴブリンとホーンマウスかぁ、お外の魔物と変わらないね」

「初級ダンジョンの最初の階だもんね~」

ギルドで調べたところによると、外よりも魔物との遭遇率は高いし色々な種類が出てくるらしい。そりゃあ魔物にとってもヒトにとっても身を潜める場所がないもの……そこにいたら遭遇しちゃうよね。

「宝箱とか、あるかな?」

「あはは、それはもうないんじゃない~? たくさんの人が入ってるからね~」

「宝を探して隅々まで探索しないでいいってのは楽だけどな! なあ、このあたりはゴブリンばっかりだろ? 走って行こうぜ!」

さっさと進みたいタクトを先頭に、オレたちは1階を走り出した。概ねゴブリン以下小物しかいないので、強行突破だ。たまに出てくるホーンマウスは大事にとっておく。


「え~と、この辺りに~……あ、ここかな~!」

簡素な地図を頼りに進むと、ちゃんと所定の位置に階段があるようだ。ただし、多数の魔物の気配もある。

通路からそっと顔を覗かせると、ホールのように広くなった場所にゴブリンが10匹ほど。これって結構多い方じゃないのかな? 低ランクなら危険な数だ。奥の方にあるのが階段だろうか。転移するタイプではないけれど、やっぱり魔素の通り道になっているらしく、ほんのりと周囲より明るく見えた。

「嫌がらせのように階段付近にいるんだな」

「下への階段付近は魔素が濃いから、魔物が集まりやすいらしいよ~」

「そうなんだ! それなら下から上がってくるときに気をつけないとね」

ひとまずゴブリンを倒してしまおうとした所で、奥の方で揺れる手に気がついた。

「あれ……? 誰かいるよ!」

広場に繋がる別の通路から、ゴブリンに見つからないよう気にしつつ一生懸命手を振っている。

「なんだろう? 何か用事かな?」

「子どもの冒険者みたいだし、盗賊や悪人ってわけじゃなさそうだね~」

「俺たちよりは年上だな! 行ってみるか!」

オレたちは顔を見合わせて頷き合った。じゃあ、まずは広場のゴブリンをなんとかしないと。


「いっくぜ!」

真っ先に飛び出したタクトが、抜き放つ剣で右に一閃、返す刃で左に一閃。さらに踏み込んで真一文字に振り抜いた。一太刀一体、悲鳴をあげる間もなく3体のゴブリンが倒れ伏す。

「タクト、僕の直線ラインに入らないでね~」

「おう! 分かってるぜ!」

パシュ、パシュ、と軽い音と共に1体、2体とゴブリンが倒れていく。とても静かな攻撃……だけど、確実に、正確に。そしてどこか無慈悲に。とてもラキらしいと思う。

「じゃあオレも――お鍋!」

突如地面に穴が空き、こちらへ駆けてきた数匹のゴブリンがまとめて転がり落ちた。

「――落とし蓋!!」

落とし穴で取り除いた土を、しっかり圧縮してどすんと叩きつけた。煮物をするなら落とし蓋だよね。単なる落とし穴も、お鍋をイメージするだけで次の一手が連想しやすくなる。やっぱりお料理は戦闘にも通じるものがある。


「殲滅完了! 行こうぜ」

「「うん!」」

ハイタッチもそこそこに、オレたちは奥の通路へと走った。

「こんにちは~僕たちに何か用~?」

駆け寄ってみれば、そこにいたのは5人の少年少女たちだ。一様にぽかんと口を開けてオレたちを見つめている。

「なんだよ? 用があったんじゃねえの?」

何も言わないこども達に、タクトが首を傾げて一歩近づいた。

「あ、ああ……。なんだ、お前達。なんでそんなに強いんだ?!」

「特訓してるからな!」

タクトの身も蓋もない返事と顔いっぱいの笑顔に、少年たちが脱力した。

「そ、そうか……。何にせよ助かったよ」

「それで、何のご用事だったの?」

ことんと首を傾げて見上げると、どうやらリーダーらしき少年が複雑な顔をした。

「こんなちっこい子なのに……。ああ、用事はすんだからいいんだ」

「あたし達だけじゃ倒せないから、一緒に協力しようって言いたかったんだけどね……」

少女が苦笑してオレの頭を撫でた。な、なるほど……それなら悪い事をしたかもしれない。

「獲物を横取りしちゃった?」

「う、ううんっ! 全然! 全然そんなことないから! むしろ私達だけだったら諦めて引き返す所よ」

思い切り首を振られて、それはそれで大丈夫なのかと思う。まだ1階なのにその調子では、ダンジョンに挑戦するのが難しいんじゃないかな。敵わないときちんと判断できる時点で有望株なんだと思うけれど。


「僕たちはこのまま下に行くけど、どうする~?」

「俺達も下りるよ。その、後ろを歩いたら……やっぱり迷惑か? 」

オレたちは顔を見合わせた。勝手に後ろを歩かれるのはあまりいい気分ではないけれど、こうして声をかけてくれる人たちなら問題ない。

ただ、それなら別に後ろを歩かなくても――。

「いいけど、なら後ろじゃなくて一緒に行こうぜ!」

「戦闘は避けたいの~? どうしてダンジョンに~?」

ホッと肩の力を抜いた少年たちと一緒に、オレたちは階層を繋ぐ階段へ足を踏み入れた。


「薬草がほしくて……この辺りだとダンジョンの中が一番見つけやすいんだ」

「ほら、もうすぐエルキス風邪の時期だろ。今のうちに自分達の分だけでも確保しとかなきゃ、やってられないからさ」

エルキス風邪は王都から北の方で、寒くなると流行る風邪の一種らしい。大した症状が出るわけでもないけど、体が資本の冒険者はちょっとした病気でも命取りだ。特に自転車操業状態の低ランク冒険者は、時によって1日の休みがかなりの痛手になってしまう。体調不良を押して依頼を受け、惨憺たる結果になることもあるようだし。


「ふうん、このダンジョンに薬草があるんだ~。僕たちにも教えてくれる~?」

「もちろんだ! ただ、ちょっと奥まで行かないと見つからないと思う」

そんなことを言いつつ階段を下りていくと、少し不思議な感覚があった。軽い転移のような、ふわっと体中の毛が逆立つような不思議な感じ。

「お、おお?! 階段って言っても普通の階段じゃないんだな!」

「なんかふわっとしたね!」

「ホントだね~! やっぱりダンジョンの階層は特別な隔たりがあるのかな~」

初めての体験に興奮するオレたちに、少年たちが不思議そうな顔をした。

「何かいつもと違ったか……? 普通だろう?」

「いつもって言われても、オレたち初めてだもの」

2階層にたどり着き、警戒したものの周囲に魔物の気配はない。ずんずんと進み出したオレたちに、少年が慌てて声を掛けた。


「えっ?! ちょっと待て、お前たちここ初めてなのか?!」

「ここも何も、ダンジョン自体初めてだぜ!」

それは胸張って言うことじゃないけどね。堂々と初心者宣言したタクトに、ラキと一緒に苦笑した。

「そんな……なのにあの腕前なのか」

「私たちの方が経験豊富じゃない……」

どことなく落ち込む少年たちの様子に、実はこの子達の方がずっと経験があったのだと知れる。

「何度も来てるんだ~? じゃあどうして一緒に行こうって言ったの~?」

「はあーそっか……お前ら何も知らないから突っ込んだんだな。ゴブリンの数が明らかに多いだろ? 初級ダンジョンの割に多すぎると思わねえ?」

「そうか? 全然思わなかったぜ!」

スッパリと答えたタクトに、少年が肩を落とした。


「そ、そうか――実力あるもんな。いやさ、普段はこんなに数が多くないんだよ。数が増えてるからさ、オレたちだけじゃムリだと思ったんだ」

「そうなんだ~? どうしてそんなに数が増えてるの~?」

ゴブリンって結構簡単に数が増えるけど、普段より多いってのはどうしたことだろう。まさか、魔物の異常繁殖とか、何か思いも寄らない自体が――

「最近大きな祭りがあったろ? その影響だな」

「へっ?」


思わぬ返答に、ぽかんと少年を見上げた。え? 祭りってその、お祭りだよね。最近にあった祭りってその……やっぱり王都での?

「低ランク冒険者たちの街中での需要が増えたからさ、こっちが手薄になったんだよ。来る人が減って魔物が増え、魔物が増えたから低ランクが行きづらくなって――こうなった」

『なるほどねぇ。つまりは?』

『主のせい!』

ち、違うよね?! お祭りしただけでそんな……。

オレは妙に汗ばみだした顔をぱたぱたとあおいでそっぽを向いた。





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6巻の発売が来月に迫って参りました!

Amazonさんでは美麗イラストが見られますよ!本当に美しいですね~!!

今回は本編にたっぷりと約50ページ分の追加ストーリーを加え、全ページ何かしら加筆修正していますので楽しんでいただけると幸いです。

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