第440話 初級ダンジョン

ガララララ――

『お散歩! 楽しいね! みんなと一緒にお散歩できるのっていいねー!』

ルンルンと弾む足取りで駆けるシロ馬車は、快調に街道を走っている。このスタイルだと、見ず知らずの人にシロが怖がられることもないし、堂々とみんな一緒に街道を走れる。ともすればスピードが上がっていくのが難点だけど、そこさえ気をつければシロ馬車はとてもいいアイディアだね。

『シロ! また速くなってるから! もうちょいゆっくりじゃないと俺様吹っ飛んじゃう』

『ほんと? 速かったかな? ゆっくりゆっくりー』

車体の一番前に陣取ったチュー助が、御者よろしくシロのスピード制御をしてくれている。シロ馬車はゆっくり走っても十分に速い。あまりに速度を上げると車体の方がもたないので、超特急で行くときは車体を収納してシロに乗るしかないかな。


「オレたちだけの馬車だもんなー! くつろげていいよな!」

ムゥちゃんの葉っぱを咥えたタクトが、敷き詰めたお布団の上でごろごろしている。どうしてもガタガタはするので、とりあえずの対策としてマットと布団を敷き詰めてみた。屋根がないので雨が降ったら収納しなきゃいけないけど、快適度は段違い。まるで走るベッドだね!

「この速さならお昼には到着だね~」

「さすがシロ! じゃあ到着したらお昼ごはん?」

のんびりお料理するより早くダンジョンに行きたいから、今日はサンドウィッチ持参だ。

オレの膝でうとうとしていた大きな耳が、ピピッと動いた。

『スオー、お腹空いた。ここで食べる』

くたりと体を預けたまま、紫の瞳が見上げる。

「ここで? そっか、シロ車に乗ってたら移動しながら食べられるね」

「お、そうだな! シロ車便利だな! 馬車で食うとみんな欲しがるからな!」

みんなで分けて食べるのも楽しいけど、タクトはいっぱい食べたいもんね。シロ車の速度をぐっと落としてもらうと、オレたちはさっそくお昼を広げた。


「シロ、お疲れさま!」

オレはぴょん、とシロの背中に飛び乗ってサンドウィッチを差し出した。

『疲れてないよ! もっとたくさん走りたいね!』

シロは特製の大きなサンドウィッチをハモハモと頬ばると、ご機嫌なふさふさしっぽを勢いよく振った。



「ここが、ダンジョン……!!」

「なんとなく、迫力あるよね~」

タクトとラキが、感極まって呟いた。

「これが、ダンジョン……?」

オレはちょっと首を傾げる。ダンジョンって、ゼローニャみたいに洞窟だと思っていたんだけど……。

目の前に現われたのは、廃墟――いや、遺跡だろうか。風化した石造りの建物が、半ば植物に埋もれるように佇んでいた。

聞いたことはあったけれど、実際に目にすると洞窟とは全く違う姿に尻込みしてしまう。洞窟も怖かったけど、古びた遺跡って……また違った怖さがあるよね。

ただ、こういった遺跡から成長したダンジョンも割と多くあるタイプだそう。明らかに人工物みたいなのに、これも『生きてる』ダンジョンなんだろうか。

『そうだぞ! 遺跡型は途中までは元々の建物の形になってるんだぜ! だけどダンジョンとして成長した部分は、造りが無茶苦茶なことがあるから要注意なんだぞ!』

『おやぶ、かっこいい!』

先輩風を吹かせて得意げなチュー助に、アゲハがきらきらと目を輝かせた。

どうやら階層を下へと下りるにつれ、通路が迷路のようになったりしがちだそう。だけどここは初級のダンジョンだから、そこまで入り組んでいることはない。

「受付はないのかな?」

入り口付近に兵士さんがいるけれど、受付をしている様子はなかった。このまま勝手に入っちゃっていいんだろうか。思ったより入り口が狭いのでシロはオレの中に引っ込んでもらう。蘇芳も人に見られることを嫌って戻ってしまった。

「受付があるダンジョンなんて、有名で街から近い所ぐらいだぞ!」

そうなんだ! 確かに全部のダンジョンに受付があったら大変だろう。人里離れた場所も多いもんね。


早く早くとタクトに手を引かれ、オレたちは段々と駆け足になる。ぽっかりと開いた小さな四角い入り口は、近づくにつれ段々と威圧感を増して来るようだった。

明るい周囲とは裏腹に、黒い折り紙を貼り付けたような真っ暗な入り口。横幅は2メートルほど、だけど高さは2階建ての家ほどあった。

「ちょっと、怖いね」

「真っ暗だもんね~」

誰からともなく入り口の前で足を止め、そっと覗き込んだ。外の光はすぐに闇に呑まれ、ごくうっすらと下へと続く階段が見えるだけだ。

「行くぜ。手、繋ぐか?」

タクトが階段を一段下りて振り返った。ニッと笑ったいつもの顔と、目の前に差し出された手は、お日様の熱と光を纏っているような気がした。

悔しいけれど、そのお日様の手はオレを安心させる。でも、もしかするとオレの手だってそうかもしれないよね。

「……うん! タクトが怖くないように、繋いであげる!」

そうかよ、と笑ったタクトがお兄さんみたいで少し腹立たしかった。

「足下、気をつけてね~」

縦に並ぶように階段を下りながら、オレのもう一方の手をラキがそっと掴んだ。タクトよりも大きくてしなやか手は、ともすれば下へ引っ張られそうになるオレをしっかりと支える。


「ねえ、何か見える?」

「まだ階段しか――あ、見えた!」

オレはタクトの体で何も見えないけれど、先行するライトの明かりが1階層に到達したらしい。

「危ない気配なし、よしっ!」

ぱ、とオレの手を離し、タクトが剣に手をやりながら残り数段を飛び降りた。

「――安全確保! 大丈夫だぞ!」

「もう、先に行ったら危ないよ!」

慌てて駆け下りて頬を膨らませたけれど、タクトはちっとも堪えていない。

「危ねえから俺が行くんだよ。俺が前衛だからな!」

どすどすと頬を突く手を押さえて見上げると、笑う瞳はしっかりと芯を持ってオレを見つめ返した。

「そのために頑張ってるんだもんね~。でも、そこまで気にしないでよ~前も言ったでしょ、ユータは一人パーティなんだから守る対象は僕だけでいいよ~」

そっか。タクトはずっと言ってるもんね。オレたち二人を守るのは自分の役目だって。

タクトがいると、気持ちが前を向く気がする。どんどんエネルギーが補充される気がする。十分、守ってもらってると思うんだけどな。

「一人パーティなぁ。だよなー、ユータは一人で全部やっちゃうもんな……」

ため息をつくタクトに、なんとなく失礼だなと唇を尖らせた。


「ダンジョンって静かだね……」

「人も魔物もいるハズなのにな!」

「魔物が来たら分かりやすくていいけど、不気味だね~」

石造りの通路に3人分の足音が響く。延々と続く人工的な通路は、オレにとって洞窟よりもずっと不自然で怖い。唯一助かったのは、ライトの明かりがなくてもほの明るいところかな。ああ、あとは単純に歩きやすい。

「こんな所に魔物がいるのかな」

――いるの! でも弱いから大丈夫なの!

一応警戒のつもりなのか、ダンジョンに入ってからはラピスが肩に乗ったまま離れなくなった。

「ん? 来るんじゃねえ?」

一歩前を歩いていたタクトが立ち止まった。ダンジョンの中だとオレの索敵の範囲が狭まるから、タクトの野生の勘の範囲と同じくらいだろう。数匹の魔物がこちらへやってくる気配に、オレたちもそっと戦闘態勢を取った。

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