第430話 貴族学校の授業

「――お前~俺のゴーレム全部ぶっ壊しやがって! 加減ってものを知らんのか!」

「だって、ユータが見てるんだからカッコイイとこ見せなきゃ、でしょ?」

でしょ、じゃないよ! 格好良かったけども! むしろ場内どん引きだったと思うよ?! 格好良かったけども!! ラスさんも怒るのはゴーレムだけなんだ。荒れ果てた闘技場内はいいのかな。


セデス兄さんが闘技場を破壊した後、オレたちは大騒ぎになる前にいち早く現場を脱走した。脱走したところで素性は割れているので、後で先生方の所へは行かなきゃいけないんだけど。

「でもさ、剣技を見せるならああなるって分かるでしょ? 父上はもっと酷かったよね?」

「あれは……!! ……そりゃあまあ、あのカロルス様だからな! 皆も覚悟はあったというか……」

カロルス様もやったの? カロルス様の剣技、どれをみせたって闘技場ごと破壊されると思うんだけど……?

「うん、全壊。でもどうしてもってせがまれて嫌々やってたからね! 壊れるぞってちゃんと言ってあったしお咎めナシだったよ。だからホラ、僕はきちんと建物は残してあるし、全然問題ないよね」

あー疲れた、なんて伸びをした身体から、ほんのりと何かが焦げたような匂いが鼻を掠める。あの時の獅子のような人が、この草食べてそうな人と同じだなんて、とても信じられない。

「セデス兄さん、戦うの好きだったんだね」

「僕が? どうして? 好きじゃないよ。必要があればもちろん厭わないけど、わざわざ戦いに行こうとは思わないよ」

不思議そうな顔で頭を撫でられ、無自覚って怖いなと思った。そりゃあカロルス様とエリーシャ様の血を受け継げば、戦闘が嫌いなはずないよね。


「じゃあ、後のことはラスがやってくれるから。僕たちは帰ろうか」

立ち上がったセデス兄さんに釣られて立ち上がり、慌てて手を引いた。

「ううん! ラスさんの授業見る約束!」

少し唇を尖らせたセデス兄さんが、ちらっとラスさんを見た。

「……ふうん、じゃあ僕も見学させてもらおうかな?」

「来るなよ……俺にヤキモチ妬かれても困る。俺はあんなど派手なことはしないから安心しろ」

腕組みしたラスさんがうんざりとため息をついた。

「ああ、あと、お前も一緒に説明に行ってもらうからな」

にこっと形ばかりの笑みを作ると、大きな手がガッチリとセデス兄さんを捕まえた。

「えっ? なんで僕も?! ちょっと待っ……ユーター!」

ずるずると引きずられていくセデス兄さんに手を振ると、オレはやれやれと側の石段に腰掛けた。


「ラスさん、ゴーレムいなくなっちゃったけど授業できるのかな」

『あれは1体って数えるんでしょ? なら他のゴーレムだって持ってるんじゃないの?』

そっか、召喚士や従魔術師と同じでゴーレム使いも1人で結構な戦力になるんだな。何体くらい使うことができるんだろう。その数によっては1人で部隊が編成できるよね。

――ユータも部隊を編成してるの。ちゃんとラピスの部隊がいるの!

『しかも能力が違いすぎるわね。ゴーレム1体と管狐1体じゃ攻撃力が桁違いじゃない』

確かに。そう思うとなんだか凄い気がしてきた。機動力も戦闘力も、圧倒的にラピス部隊に軍配が上がるもんね。

改めてラピスたちの脅威を思い知った気がする。他の何を知られても、ラピス部隊の存在は隠しておいた方がいいね。

とりとめもないことを考えながら足をぶらぶらさせていると、周囲が騒がしくなってきた。


「あれ、授業かな?」

目の前に広がる広いグラウンドに集まってきたのは、オレより少し大きいくらいの子どもたちだ。思い思いにおしゃべりする様子は、貴族も平民もそんなに変わらないね。

「――集合ッ!」

微笑ましく眺めていると、大きな号令に思わずオレまで飛び上がった。

パタパタと集まる子どもたちを眺めていると、腕組みした男性の厳しい視線がこちらを向いている。

「そこの君、早く集合しなさい!」

オレ?! ち、ちがいます! 慌ててぶんぶん首を振ると、男性が怒りの形相で走ってきた。速っ! 何、こっち来るの?! 怖いんですけど!! 石段から飛び降りて逃げようとしたところを、むんずと捕まえられた。

「訓練から逃げるとは、騎士の風上にもおけぬ行いと心得よ!」

「あの、違うんです! オレ……」

「問答無用! 言い訳は結構だ。そんなだから軟弱で小さいのだ」

むかっ! 小さいのはきっとここの人たちよりオレの方が年下だからですー! そんな風に言われて立ち去るわけにもいかず、授業を一緒に受けさせてくれるなら乗っかろうと腹を決めた。見学だけでなく参加できるなら儲けものだ。


「あんた、誰よ?」

「お前何年?」

ですよね-! 放り込まれた集団の中で、子どもたちが不審げな顔をしてオレを見下ろした。講師らしき先生はラスさんみたいに外部講師なんだろうか、生徒の顔を覚えてないんだね。

「ええっと、今日だけ参加します……あの先生がそう言うから」

全部あの先生のせいにしてしまおう。オレは小さくなって答えた。

「あっそう、体験生ね」

おや、案外そういう生徒もいるんだろうか。大して詮索もされずに納得されてしまった。

ホッと安堵しつつ見回すと、周囲の生徒たちの身長に違和感がない。全員見上げる羽目にはなるけれど、きっとオレの学年と同じだ。つまりは2歳上くらいってことだろうか。


「では、練習の成果をみせてもらおうか。概ね同数で分かれるように!」

先生の声でぞろぞろと動きだした生徒たちに、オレは一人あわあわとしている。な、何すればいいの?!そもそもこれ、何の授業?!

「こっち来る? ウチの班人数少ないし、どうせここに入れられるでしょ」

やや投げやりな声に振り返ると、概ね班分けの終わったらしい生徒たちの中で、女の子が手招きしていた。

「あ、ありがとう!」

どうやらひとつの班に10人程度の人数が必要らしい。オレが招かれた班にはオレを入れても7人しかいなかった。

「いないよりマシか、いない方がマシかってとこだな」

班の男の子が、オレを見て苦笑した。確かにこれが綱引きなんかだったらオレの力は微々たるものだ。でも、いないよりはマシだよ!

「あのね、オレ何するか知らないの。これ、何の授業なの?」

「えっ? そんなことも知らずに入れられてるの?! そもそもあなた、随分小さいけど参加できるの?」

そう言われても……。


困った顔で説明を聞くと、どうやらこれは本格派陣取りゲームみたいなものらしい。ただ、一定時間内で攻守交代するので、明確に攻めるターンと防衛のターンが分かれている。防衛側の陣地内にいる『大将役』が残るかどうかで勝敗が決まるらしい。

「でも、それだと大将がめちゃくちゃ強い人なら勝てなくない?」

大将がセデス兄さんみたいな人だと、1人で防衛できると思うんだけど。

「そうだよ!! だから勝てる所にみんな集まっちまうんだよ」

腹立たしげに言うと、ちらりと他のチームを見た。そっか、貴族様だもの。お家柄なんかもあるし、どうしても班分けにも偏りができてしまうのかもしれない。さらに成績如何では重役に抜擢されることもあるのだから、オレたちの学校よりもずっとずっと勝敗は重要になってくる。

つまりは、この半端な人数の班の人たちって――。

「あ、気付いた? あなたも小さくとも貴族ね。そうよ、私達は下っ端貴族だし落ちこぼれってやつよ」

じっと見上げた視線に気付いて、少女が自嘲気味に言った。


「では、各々準備はいいか? 魔法防御の装備チェックを」

やや緊張感の漂う中、生徒達が装備を確認し合っている。全部で班は4つ、前半組と後半組に分かれてゲームを行うみたいだ。幸いオレたちは後半組になったので、これ幸いと作戦会議が始まった。

「どうする? せめて前回より防衛時間を延ばさないと、さすがにマズイ」

「だから、この子を大将にするしかないんじゃない? それならあたし達全員で防衛できるわけだし」

部外者のオレはただ黙って割り当てに従うのみだ。ただ、これってどこまでやっていいものだろう。そりゃあ、全力で参加しちゃいけないことくらいオレにだって分かる。オレのクラスは他より優秀だけれど、それでもオレたち『希望の光』パーティはずば抜けているもの。いくら貴族様だって、子どもにそこまでの実力はないだろう。


話し合いが続けられる中、前半組のゲームが始まった。

「わあ~結構本格派なんだね! さすが貴族様だね」

専用の防具を身につけた生徒たちは、結構派手に魔法をぶつけているし、木剣で切りつけている。揃いの防具は特種なものらしく、魔法や木剣の当たりが致命傷と判断されれば真っ黒になるようだ。

「魔法をぶつけても平気なものなんだね」

『そうは言っても、初期魔法じゃん。主が魔法使ったら防具ごとお陀仏間違いなしだぜ!』

グッと親指をたててウインクしたねずみに、ゾッと震え上がった。お、オレそんなの絶対嫌だよ?! 魔法をぶつけるのはナシで!

派手な攻防に目を奪われる中、フッと視界が陰った。

「お前、何ちゃっかり参加してんだよ」

「面白そうなことやってるね!」

クスクス笑う声に、オレは振り向きざまに長い足にしがみついた。


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