第431話 ほどよい活躍

「遅いよ~!」

やっと戻って来たセデス兄さんにしがみつくと、ホッと肩の力を抜いた。

「ごめんごめん、ちょっと長引いちゃって。でもユータは何楽しそうなことしてるの?」

「オレは座ってただけだよ。ここに入れられたの」

何も悪い事はしてないと思う。せっかくならと便乗はしたけれど。ただ、ラスさんの授業を見に行けないかも知れない。

「これが俺の授業だぞ? 戦闘の授業は複数で担当しているからな。今日は俺が補佐だ。体験の手続きはしてないが、まあいいだろう。素性は分かっている」


「これって、どのくらいまでやっても大丈夫なの? セデス兄さんくらいならいいの?」

ふんわりと尋ねてみると、ラスさんが妙な顔をした。

「あいつぐらいってどういうことだ……? お前は何ができる? 精一杯やればいいと思うが」

「僕ぐらいのやらかしなら許されるかって聞いてるんだよ。なんとなく僕がダメみたいで腑に落ちないけど、いいんじゃない? だって僕くらいなんでしょ?」

多少なら許されるってことかな。だって王都の人たちはハイレベルな人を間近で見ているから、きっとセデス兄さんたちクラスなら見慣れているんじゃないかな。


「セデスを基準にされると困る! 物を破壊するな、死者を出すな、大けがもダメだ!」

「あ、そのフレーズ懐かしいな」

ラスさん、昔から苦労してたんだね……大丈夫、オレそこまでやらない。のほほんと懐かしむセデス兄さんに目をやって頷いた。

オレ、みんなによく怒られるけど、結構気をつけてる方じゃない? セデス兄さんやカロルス様たちの方がずっとずっと酷かったんじゃない?

『まあね、だからこそ注意されるのかもしれないけどね。どんぐりの背くらべね』

モモが呆れたようにへにゃりと広がった。


「そうは言ってもお前はまだ小さいだろう。できることなど……まさか、もうロクサレンになってるのか?!」

「何だいそれ? ロクサレンになるってどういうこと?」

ああ、なんとなく分かる。もうなってるかもしれないけど、ロクサレンしないようには気をつけるよ!

チラチラとこちらを見る子どもたちの視線が気になって、オレは2人に手を振ってこどもたちの輪に戻った。こちらの作戦は決まったろうか。


「あなた、先生の知り合いだったの?」

「ううん、今日知り合っただけだよ。セデス兄さんが知り合いなの」

「あの素敵な方ね。まるで王族の方みたい……」

ちらっとセデス兄さんを見て頬を染めた少女は、どうやら班のリーダー的なポジションらしい。こほんと咳払いして視線を逸らすと、真剣な目をした。

「えっと、先生が目を掛けてらっしゃるなら、あなたも訓練に参加できる程度の実力はあるってことなの?」

「うん、オレ普段は普通の学校に行ってるの。Eランクの冒険者だよ」

にこっと微笑むと、班のメンバーがざわついた。

「本当かよ……! それならある程度戦力として扱えるってことだよな?!」

「1人と見なせるわけね?! 冒険者はあまり知らないけど、子どもでEランクってまあまあなんじゃないの?」

子どもでEランクは結構すごいんだよ! と言いたいけれど、王都ではそうでもないのかもしれない。貴族学校ではやっぱり冒険者になる人はいないんだな。

思わぬ朗報だったらしく、瞳を輝かせたメンバーが再び相談を始めた。


「防衛の時はあなたが大将、これはもう仕方ないから決定ね。そこが一番マシ……安全よ。あとは攻撃側になった時にどうするかなのよね。後ろの方で隠れていてもらうしかないと思うの。逃げだしたら大幅減点だからね、絶対それだけはしないで」

大丈夫、それはない。後ろに引っ込んでいるだけなら目立たないけど、それだけだとEランク冒険者の沽券に関わる。冒険者代表として、それなりの活躍は必要だ。

「えーと、みんなはどんな風に戦うの? オレは何ができたら役に立つの?」

「俺らは魔法使いがいないからさ、みんな前出て突っ込んで行くしか仕方ないんだ。だから君を守って戦うってことはできないよ」

首をすくめた面々を見るに、みんな近距離戦闘員のようだ。そんな極端な……防衛の時だってそれはそれは困るだろうに。

「じゃあ、オレが魔法使いやるね! でも、攻撃魔法は使いたくないから……守る方だけでもいい?」

どんなに危険が少なくても、実力の定かでない子どもに魔法をぶつけるなんてごめんだ。相手がタクトなら大丈夫だと思えるけど。

「じゃあ……ってあなた、ごっこ遊びじゃないのよ? まあいいわ、後ろにいてくれた方が余計な心配をしなくていいし、それでいいわよ」

やれやれとため息混じりの返答に、にっこり頷いた。ちゃんと許可をもらったからね、これで大丈夫。オレは守備だけの魔法使いに決まり! 攻撃しないならセデス兄さんみたいに目立つことはない!


「交代ー!」

先生の大声に振り返ると、ちょうど前半組のゲームが終わり、オレたち後半組の出番のようだ。やや緊張と諦めの面持ちで、班メンバーが腰を上げた。

見ててね、ちょうどいい活躍をするから。オレはむふっと笑ってセデス兄さんに手を振った。


「――いいか、次に備えて魔力は節約だ。可能な限り余力を残しておくことを考えろ!」

戦闘スペースへ並ぶと、相手チームの声がこちらにまで届いていた。まるでオレたちなんて眼中にないみたいな台詞に、ムッと視線を険しくする。

「気にすることないわ。どう足掻いたって実力差があるものは仕方ないの。個々の差がそんなにあるわけじゃないのよ、だけどこっちは人数も少ないし近接戦闘員しかいないもの、どうしようもないわ」

そうかもしれないけど、半ば諦めたようなこちらの雰囲気も気になる。勝てなくても、せっかくの戦闘訓練だ。痛い思いもするんだもの、実りのあるものにできるといいね。訓練の目的は、決して勝敗や成績だけじゃないはずだ。


今日、勝てたら。この人たちの中で何かが変わるだろうか。

オレはぐっと顔を引き締めて所定の位置についた。

『さてさて、どうなることやら、ね』

――ユータが全員倒してしまえばいいの。魔法を使わなくてもできるの。

ラピスらしい台詞に苦笑しつつ、『やらない』と思っている自分に少し驚いた。随分と、自信がついたものだ。こんな人数相手に戦闘したことなんてないのに。

――ヒューーイ……

ほんのりと笑みを漏らしたとき、鏑矢の合図が空気を切り裂いた。


ドッと土を蹴って、オレの班のメンバーが駆けだした。オレたちが先攻、大将を落としに行かなくてはいけない。ただ、オレは後方支援だからここでいい。

「おいおい、あのちっこいの、座ってるぜ」

「逃げないだけありがたいってもんだ」

ぺたっとその場にしゃがみ込んだオレに、方々から失笑が零れた。


* * * * *


今日こそは、せめて個々の撃破数を上げて点数を稼がないと……勝てなくても、マシな戦いをすればきっと目に留めてくれるお偉方もいるはず!

少女はぐっと剣を握る手に力を込めた。

「やああっ!」

こっちは7……いや6人、相手は10人。でも、私が4人倒せばいいことよ! 萎えそうな気持ちを奮い立たせ、一人目へ斬りかかった。

ガキン、と木剣同士がかち合った瞬間、ふっと相手からの圧力がなくなった。しまった、受け流され――! 慌てて体勢を整えた彼女の目に映ったのは、仰向けに地面にひっくり返った相手の姿。

「「――え?」」

お互いに目を瞬かせたのもつかの間、少女が咄嗟に打ち付けた剣で、相手の防具が黒く染まった。

「こいつっ!」

近い――! 息つく間もなく間近く聞こえた声に、冷たい汗が流れる。踵を返したところで、既に振り下ろされんとする木剣が目に入った。

ガキイィ!

「「えっ?!」」

歯を食いしばった瞬間、突如視界が影った。2人から同時に間の抜けた声が漏れる。まさに少女を討ち取らんとした剣は、瞬きの間に出現した土壁によって阻まれていた。

「な、なんだこれっ?!」

「はあっ!」

土壁に食い込んだ木剣を見てとって、少女は素早く相手を討ち取った。本当に、これは一体……?

「土魔法? 私を守ったの? 誰が――まさか?!」

長い髪を揺らして振り返った大きな瞳には、小さな幼児が映っていた。まるで、砂遊びでもするようにしゃがみ込んだ幼児は、にこっと微笑んで手を振った。




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いつまでなのか分かりませんがAmazonさんでKindle(電子書籍)版もふしら1巻が半額セール中みたいですよ~!

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