第429話 セデス兄さんの力

せっかくやる気になったのだから、セデス兄さんが正気に戻らないうちにと、あれよあれよという間に見学の準備が整えられた。

広い闘技場のような場所で、オレは一番前の特等席に座らせてもらっている。オレの学校にも似たような施設はあるけれど、見回せば設備にかけられている金額が雲泥の差だろうなとよく分かった。特に闘技場は、貴族のご子息ご令嬢たちに危険が及んではいけないとの配慮か、シールドやら何やら手厚く配備されているようだ。


セデス兄さんは準備と説明のために闘技場の方へ降りてしまったけれど、代わりにラスさんがオレのそばに着いてくれている。なんでもセデス兄さんに口を酸っぱくしてそばにいるように言われたそうだ。

「ユータはすぐに攫われたり行方不明になるから気をつけて!……って言われたぞ? 大人しそうに見えるがなぁ」

ひどい言われようにムッと唇を尖らせたけど、心当たりがないでもない。

『ありありのアリだぞ、主!』

『不可抗力なところもあるけどねぇ』

ぺしぺし、ぽふぽふ、と両頬をつつかれる。そうだよ、別にそれはオレのせいじゃないもの、仕方ないよ。

『不可抗力じゃないところもあるけどねぇ』

モモの胡乱げな視線からは、そっと目をそらした。


「ねえ、剣技を見せるってどんな風にするの? 一人でここで剣を振るの?」

「いや、それだとあまり実戦ぽくないだろ? ゴーレム相手に戦ってもらおうと思ってな」

そう言って、ラスさんが抱えていた物を見せてくれた。ただ、金属の大きな兜のようなそれは、見せてもらっても何なんだかサッパリ分からない。

「それ、なあに?」

覗き込むと、正面にあった丸い物がぐるっと動いた。思わずビクッと肩を震わせると、ラスさんが嬉しそうに笑った。

「見たことないか? ないだろう? なんせ俺が開発したゴーレムだからな! 見られることを光栄に思うことだな!」

得意満面なラスさんだけど、これがゴーレム? もっと大きくてカッコイイロボットみたいな姿だと思っていたんだけど。これ、どうやって戦うの?

「お前っ! ガッカリした顔するんじゃねえよ! 見てろよ?」

失望がバッチリ顔に出ていたらしい。鼻息を荒くしたラスさんが何か呟いて兜に手を添えると、大きな兜がぼうっと淡く光った。

ブゥン……ウゥン

「わっ?!」

闘技場の方から、突如小さな物体が飛んで来て首をすくめた。ブンブンと妙な羽音をたてながら、大人の手のひらくらいの物が3つ、周囲を飛び回っていた。なんとも、『物』としか言いようのない不揃いな形の金属に、虫の翅のようなものが生えて羽ばたいている。どことなくドローンを思わせる挙動だ。

「どうだ、すごいだろう? 一度に多数、しかも小型で飛ぶゴーレムなど、見たことないだろう?」

「うん! これ、ラスさんが動かしてるの?」

でもオレ、普通のゴーレムも見たことないけどね。どっちかというと普通のゴーレムを見たかったな。

「そうとも! 簡単な命令だけで、あとはそれぞれが命令に従って動く。ゴーレムとは素晴らしいだろう!」

どうやらラスさんはゴーレムの使い手なんだろうか。でも、剣技を使うんなら……。

「その、このゴーレム壊れちゃわない? セデス兄さん剣技使うんでしょう?」

「……だよなぁ、やっぱ壊れるよなぁ。まあ、そういう戦闘訓練用のゴーレムではあるんだが。普通の訓練で壊れたことはないんだぞ」

ラスさんは愛おしげに不格好なドローンを撫でた。でも、ゴーレムって確か核があって、それを壊したら倒せるって聞いたから……つまりこのドローンも核を壊されたら修理もできないってことじゃないのかな。

「ふふふ、よく気がついたな! それがこの訓練用ゴーレムの特徴だ!! このちっこいのに核はない! これは付属品だからな!」

「あっ! そっか、そこに核があるんだ!」

ラスさんが大事に抱える大きな兜、そこに核があるんだね! 目を輝かせると、先に言うなと不満げな顔をしつつ、頷いてくれた。それならドローンがいくら壊されても修理できるってことだね。

「できれば壊したくはないけどな。あいつの特性は聞いてるから耐性は十分につけてあるが……あと、絶対斬るなとは言ってある。斬ったり大技をかけるならあっちの木偶だ」

なるほど、闘技場には頑丈そうな鎧を着た訓練用のかかしのようなものがいくつも設置してあった。でも……。

「無理じゃないかなぁ」

だって、すっごく大きな魔物が一撃だったよ。セデス兄さんの剣技はカロルス様みたいに遠距離じゃないけど、中距離のものもあったと思う。オレの無情な台詞に、ラスさんがガックリと肩を落とした。


その時、突如黄色い歓声があがって闘技場内がざわめき始めた。

視線を向けると、キラキラと王子様のオーラを振りまきながら出てきたセデス兄さんが、オレにぴたりと目を合わせて手を振った。城内のざわめきがいっそう増したようだ。オレはぎらついた女生徒たちに見つからないよう、ラスさんにくっついて身を潜めた。

「お、準備ができたようだな。お前達も戻っていいぞ、全員、ぬかりなくやれ、あいつだ、あれを撃破しろよ」

ラスさんは兜を撫でながらドローンに話しかけている。傍から見るとゴーレム使いって微妙かも知れない。それと、その命令でいいの? 訓練だよね? 撃破しないでよ?!

『――では、こちら本日特別に剣技を披露していただく、セデス・ロクサレン殿だ。貴重な機会であるから、皆心して学ぶように!』

どこからともなく紹介の声が響いて、セデス兄さんがにっこりと微笑んで会釈した。それだけで場内からは悲鳴のような歓声があがる。なんだか大スターのようで、オレの方がくすぐったくてにやにやしてしまう。

「知らないって幸せなことだよな」

ラスさんの不満そうな呟きは聞こえなかったことにした。


ブゥン……

一通り歓声が収まったところで、ラスさんの小さなゴーレム部隊がセデス兄さんを取り囲んだ。さすが、自慢するだけある。その数は思ったよりも多い。

スッと気配を変えたセデス兄さんが、構えをとって腰を低くした。滅多に見ることのない戦う眼差しに、オレは思わずどくりと鼓動を跳ねさせた。

ざわざわとしていた場内が、セデス兄さんから溢れる気迫に圧倒され始める。

揺れる髪からのぞく緑の瞳からは、普段のセデス兄さんから想像もつかない強い光と、そして、喜びを感じた。


ゥウウン!

隙をうかがうように舞っていたゴーレムたちが、見事な陣形をとって四方から突進した。

思っていたよりも速く鋭い攻撃に、場内が息を呑むのが分かった。

「――ッ」

ヒュッと呼気の音と共に、セデス兄さんが動いた。斬るなと言われているせいだろう、怒濤の波状攻撃を弾きながら、剣技のタイミングをはかっているようだ。流れるような動きに伴って、流れる髪が額へ乱れかかった。


――やっぱり、セデス兄さんはカロルス様の血を引いている。いつの間にか止めていた呼吸に気付いて、オレは意識して大きく息を吸い込んだ。

柔らかく中性的な面差しから時折覗くのは、野性的な肉食獣の顔。のけ反って躱し、剣で弾き、宙を舞う――それは、どう見ても……喜んでいる。笑みさえ浮かべているのじゃないかと思うほどに、伝わってくるのは、戦う喜び。

セデス兄さん、こんな面があったんだ。戦いなんて、好きじゃないと思ってた。好んで剣を振ったりしないと思っていた。

「――ッハ!!」

バチィ!

かかしに切りつけた剣から、一瞬光がほとばしった。ごとり、とかかしの焦げた上半身が落ち、数体のゴーレムがぼとりと落ちた。

フッ、と鋭い呼気と共に半円に振り抜いた剣からは、激しい音と共に雷撃が閃いた。周囲のかかしがゴロゴロと焦げて崩れ落ちる。もちろん、範囲内のゴーレムも。

「……行くよっ」

ふわりと高く飛んで宣言したセデス兄さんに、場内のシールドが一際強くなったようだった。

バチバチバチィ!

地面へ転がったかかしに剣を突き立てた瞬間、セデス兄さんを中心に雷撃が波紋のように広がった。

わずかに届いた雷撃がシールドごと激しく観覧席を揺らし、方々で悲鳴があがった。

「すごい……」

もはや、かかしもゴーレムも残っていない。と、ダン、と地を蹴ったセデス兄さんが、空中で剣を振りかぶった。

「…………」

流れる金髪の隙間から、確かに見えた気がする。カロルス様と同じ、不敵にニヤッと笑う顔。

「えっ……シールド!!」

咄嗟に感じた危険信号に、モモとオレのシールドが場内をカバーした。

カッ――

目もくらむ閃光と共に、ズドン、と足下から崩れるような音と鈍い振動が響いた。ビリビリする感覚に、確実にオレとモモのシールドが活躍していることを感じた。セデス兄さん、場内のシールド突破してるよ?!

もうもうと土煙の舞う中、土や石すら焦げる妙な匂いが鼻をついた。

「ユーター! どう? どう? 格好良かったでしょ~?」

誰もが絶句する中、気の抜けるような声が破壊し尽くされた闘技場に響いた。


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