第421話 情報収集

「――城の精霊じゃろう? 弱っておったの、かつての上級精霊が見る影もない……憐れじゃった」

チル爺の痛ましげな表情に、オレの胸もきゅっと痛んだ。

「そう。オレも会ったの。シャラ、このままだと消えちゃうって……だから、なんとかしたくて! さっきルーにも話を聞いてたの」

「そうじゃの、あのままでは消えてしまうじゃろうな。じゃが、それでも……もしかするとお主より長く存在しているかもしれんのじゃ、お主はそれなら構わんのではないかの?」

チル爺がじっとオレを見た。

そっか。精霊の『もうすぐ』なんてどのくらいか分からない。このままでも、オレより長く生きられるかもしれない。

でも……。

「それでも……このまま消えちゃうのは、ダメだと思うんだ」

オレはゆっくり首を振った。でも、そうだろうか? 消えずにいることが、彼の望み……?


ううん、そうじゃない。

――そっか、そうだね。消えるとか、消えないとか、彼をさいなんでいるのはそこじゃない。

「せめて、みんなに知って欲しい。そこにシャラがいるってこと。できれば、昔、シャラが約束した時のように、お互いに関わりが持てるといいな。だって――」

考え考え、そう言ってにっこり笑った。


「だって、シャラは寂しがりだもの」


チル爺は最後までじっとオレを見つめて聞くと、ひとつ頷いた。

「そうかの。じゃあ、お主にはできることがあるじゃろう」

そうだ、シャラを人々に知ってもらうこと。それはルーにもチル爺にもできない。街の人たちと同じ、人であるオレしかできなくて、オレがすべきことだ。

「でも、オレがいくら街の人に言ってみたって、あんまり効果はないと思うんだ。チル爺は何かいい方法知ってる?」

「精霊を奉っておる地域のことを参考にしたらどうかの? そのシャラが昔どのように人々と関わっておったのか、それも調べれば役立つのではないかの?」

なるほど! 漠然としていたものが、はっきりと形を取り始めた。まずは情報を集めて、実行できることを探していこう!

「チル爺ありがとう!」

「どういたしまして、じゃ」

「いたしましてー!」「もうおわりー?」「かえっちゃう?」

シュンとした妖精トリオに申し訳なく思いつつ、やることは山積みだもの、急がなきゃ。だって、シャラがいつ消えてしまうのかなんて、きっとシャラにしか分からない。もしかすると100年後かもしれないし、明日かも知れない。

「ごめんね、またどうするか決まったら相談に来てもいい?」

「いいよー!」「またおはなしする!」「いっしょにそうだんー!」

くるくる回る妖精トリオに微笑むと、手を振って一旦王都の自室へと戻ってきた。さて、まずはどこから手を着けようか。


「お帰りなさいませっ!」

ノックが聞こえるか聞こえないかの間に、ばーんと扉が開いて飛び上がった。

「た、ただいま……マリーさん」

最近は転移で帰ってきてもお部屋に突撃してきたりしないのに、一体どうしたことだろう。

「マリーは、ユータ様が再び出かけそうな雰囲気を察知致しました」

えっ……えええ?! どうやって?! 確かにこれから情報集めにあちこちへ出かけようかと……

「ユータ様、お外をみて下さい。真っ暗ですね?」

にっこり圧のある笑みに、今日はもう外出できないことを悟った。


「時間がないかもしれないのに……」

立ち去ったマリーさんを見送って、しょんぼりとベッドへ腰掛けると、モモがぱふんとお布団に飛び込んだ。

『どうせ今からできることなんて限られるでしょ? 明日からどう動くか考えておいたらどう?』

『スオーを撫でるといい。落ち着く』

オレは膝の上にてーんと横になった蘇芳にくすりと笑った。確かに、夜中に街に行ったって仕方ない。柔らかな毛並みを撫でつつ、考えを巡らせた。

「街の人に闇雲に聞いても仕方ないよね。まさか王様に聞くわけにはいかないし……オレが話せる王様に近い人って言っても……ガウロ様だと知らなさそうだし。なんとなく」

『チル爺みたいな小さくしぼんだ人は? 熱くてうるさい所にいた人』

シロがぱたぱたと尻尾を振った。小さくしぼんだ……?? あ、もしかして工房のカン爺? 確かに、いくつなのか知らないけれど、ずっと昔から工房にいそうだもんね。でもシロ、その言い方はきっと失礼じゃない?


「ユータ、帰ってんの?」

ノックの音と共に、タクトの顔がのぞいた。

「お城、どうだったの~?」

続いてラキも部屋へと入ってきた。

「うん、お城は大きくて、きれいで、すごくて……」

オレはハッと二人の顔を見つめた。

「――それで、哀しかったの。ねえ、二人はオレに協力してくれる……?」

タクトとラキは、突然の問いかけに顔を見合わせて笑った。

「なんだか分かんねえけど、当たり前だぜ!」

「うん、ユータのやることだもん、協力するよ~?」

オレは、一人でやる必要なかった。仲間がいるもんね、手分けしてやればもっと早くできる。オレたちは3人でベッドに潜り込み、情報共有と作戦会議を始めた。


* * * * *


「カン爺ーー!! ちょっと話があんだよ!」

タクトは工房へ入るなり声を張り上げた。

「なんじゃい、やかましい」

朝も早くから煤にまみれたカン爺が、ごしごしと顔をこすった。

「カン爺、100年ぐらいは生きてるだろ? ちょっと昔のこと知りてえの」

「そんなわけあるかい! 100年なんぞ……100年なんぞ……うむ? 生きておるかもしれんの」

ユータの差し入れサンドウィッチを差し出し、タクトは適当な石の上に腰掛けた。

「でさ、王都の風の精霊って知ってる?」

いそいそと近づいたカン爺が、地べたにあぐらをかいた。

「そらま、知っとるがな。それがなんじゃ?」

「聞かせてくれよ、昔の精霊と、街のこと」

思いの外真剣な瞳に目をまたたかせつつ、カン爺は真っ黒な手でサンドウィッチを掴んだ。


* * * * *


「あのね、海人は精霊を奉ったりする?」

「そうですね、精霊を、というわけではないのですが、我らは海に感謝を捧げますので、奉る、という行為に比較的近いと思いますよ」

「その奉る、ってどんなことをしてるのか聞いてもいい?」

真剣にウナさんと話をしていると、退屈そうに頬杖をついていたナギさんが、尾びれをひらひらと振った。

「ワレも踊るゾ。奉納の舞いだロウ? 今年は誰の番だったカ」

「奉納の舞い……?」

なんのことかと仰ぎ見ると、少し頬を赤くしたウナさんが頷いた。

「そうです、我らは年に一度、海への感謝を捧げる一環として、奉納の舞いを行います。主に王家の姫が順番に担当されることが多いですね。ナギ様の年は毎回熱気が凄くてですね、雄々しく、美しく、神々しく、それはもう大変な騒ぎに……ごほん。奉納の舞いは海人以外でも多く執り行われるものだと思いますよ。精霊を奉る場でもそうではないでしょうか」

なるほど、日本でも奉納の神楽舞いってあったな。もしかして風の精霊を奉る舞いなんかもあるんだろうか。


「ねえ、ルー教えて! 風の奉納舞いってあるの?」

今度はルーの所へ転移して、さっそく尋ねてみた。

「ある」

端的な答えに、勢い込んで大きな体に乗り上げた。

「本当?! どんなの? 教えて!」

「口で言って分かるわけねー! 風と風への感謝を舞いで表現したものだ」

「それじゃ分かんないよ! ルー、踊って?」

まあ無理だろうと思いつつねだってみた。だってルーは人型になれるんだから、舞うことだってできるはずだ。

「踊るわけねー!! あっちの物好きに聞きやがれ!」

あっちの……? 案の定お断りされ、ルーは一声吠えてそっぽを向いた。


「減るものでなし、若いくせになんとさもしいことよ。よいよい、爺の所へ来るが良い、教えてやろうぞ」

さっきの吠え声は、彼を呼んだものだったのか。振り返れば、湖面に小さな人影が立っていた。

「あ! サイア爺?! 風の舞いを知ってるの?」

「知っておるとも、風も火も、土も水もじゃて」

すごい……! さすが、年経た神獣……!! 瞳を輝かせたオレの後ろで、ルーのしっぽがばしん、ばしんと地面を叩く音が聞こえた。

「ほれ、駄々っ子が怒らぬうちじゃ、手を取るがよい」

「うん……ルー、ありがとう! また来るからね!」

オレは駆けだしてサイア爺の小さな手を取った。



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